371話 the betrayer





 マリアとシエスタ、そしてアベルはオルロウ・エクサール邸までやって来ていた。


 アベルとマギーは守護都市を降りて商業都市に入ったところでシエスタとマリアに出会い、互いの情報を共有することでルヴィアがエルシール家の破滅の起点に、このエクサール家を利用しようとしていると確信を持った。

 そして早ければ今日にもラウドが乗り込むと踏んで、先回りしに来たのだ。

 尚、マギーは危ない目に合わせたくないし、危ない事をしでかしそうなので置いてきた。


「マリア、わかっているとは思うけれど、武力に頼るのは最後の手段よ。

 私たちが戦闘を起こせばラウド様が武力を行使する大義名分が立ってしまいます。

 あくまで穏便に話を聞き、犯罪の証拠を頂いておきましょう」


 シエスタにそう言われて、マリアは肩をすくめた。

 護衛である彼女は本来の得物である斧槍ではなく、室内での対人戦を見越して長剣を腰に佩いている。

 長剣はどこの道場でも教わる基本の武器であることからマリアも基礎は習っているし、不得手な武具でもなかった。

 もっとも想定される相手がハンター崩れである事から、剣を抜くとすれば見せしめが必要な時で、シエスタがセージのために動いていることを考えればその展開は起きないだろうと思っていた。


「そう上手くいきますかね」


 とは言え、マリアにはどうにもシエスタが楽観的に動いているように見えてしまって、そんな疑いの言葉を口にしてしまう。


「いきますよ、きっと」


 そう答えるシエスタには自信があった。

 それは自らの交渉術であればどうにかできると思ってではない。


 これまで調べてきた情報に加えてアベルの政庁都市の話、そしてミルク代表から渡された資料を見て、ルヴィアの狙いに確信を持っていたからだ。

 彼女は、あの・・ラウドが確実に犯罪の証拠を見付けられるよう手を打っているはずだ。

 ならばシエスタがそれを見つけるのは決して難しい事ではなく、そして先に手に入れれば色々とやりやすくなる。


 ルヴィアは正しく信仰を持っているようだが、それでもやはりセージの側にいるシエスタと比べればその行いはセージの願いから外れているところもある。

 シエスタはルヴィアの意思を尊重し、セージの願いを叶え、そしてセージに信仰を集めるために最善を尽くすつもりだった。

 そのつもりでオルロウ邸に来た。


 半ば犯罪者の巣窟となっていることを鑑みれば、荒事も起こりえる。

 だからマリアには相手を刺激しすぎない程度の武装をしてもらった。

 それはあくまで保険で、ルヴィアの準備を利用すればすんなりとエルシール家が関与する犯罪の証拠を持って帰れるはずだった。



 そのはずだった。



 ******



 門番を務める柄の悪い私設騎士に取次ぎを頼みしばらくすると、同じく柄の悪い私設騎士が悪い人相をより一層悪くしてシエスタたちを睨みつけながら、実に悪そうな足取りで何人もやって来た。


 マリアはとりあえず威圧の魔力を放った。守護都市の戦士が訪れていることを知らせる意味で、あえて目の前の相手だけに範囲を限定せずに屋敷まで届かせた。

 離れた屋敷であれば魔力を感じる程度で済むが、目の前の柄の悪い私設騎士たち(保有魔力等級はハンター中級相当)は至近距離でその大きな魔力に晒されたためとっても怯えた。

 マリアは鼻を鳴らして嘲った。


「訪問客への対応を学ぶべきでしょうね」

「はい、すいません――じゃねえ、テメエら何の用出来やがった。舐めた態度取ってるとタダじゃおかねえぞ」


 マリアは再度、威圧の魔力を放った。

 あとついでに一発殴った。

 チンピラ私設騎士の頭が一つ、地面に埋まった。

 少し待ってみたが、チンピラ私設騎士は気を失ったようなので、窒息しないようマリアは頭を引っこ抜いてあげた。


「で、どうもてなしてくれるんですか?」


 鋭い目つきでそう言ったマリアに対しチンピラ私設騎士たちは及び腰になるも、どうにか心を奮い立たせて給料分の仕事をしようとする。


「こ、こんなことしてタダで済むと思っているのか」


 マリアはため息を吐いて、軽く手招きをする。それが意味するところは単純で、文句があるならかかってこいだ。


「だから、どう済ませてくれるんですか」


 挑発的な笑顔に対し、チンピラ私設騎士たちはいっせいに後ずさった。

 それを見て、シエスタが話を進めるために声をかける。


「何か、勘違いをされていませんか?

 私は守護都市の役人として、高名なオルロウ様にお話を聞かせて頂きたいと申し出ているのです。

 こちらの青年は将来名家を興し、その当主となるアベル・ブレイドホームです。

 顔を合わせ、話をすることは決して双方にとって不利益を生むことではないはずですが」

「な、なんだと……」


 マリアからキツイ一発を貰ったリーダー格のチンピラ私設騎士が、よろめきながら起き上がって門番役を睨んだ。

 シエスタの予想通り、彼らは相手にする価値もない客だと思い込んでいたようだ。

 だがそこから先の展開は予想を裏切るものだった。


「ブレイドホームだ。来たぞ。客人を呼べ‼」


 リーダーがそう叫ぶと、慌てた様子でチンピラ私設騎士の一人が懐から笛を取り出し大きく鳴らした。

 マリアは二人を後ろに庇って、何が起きるのかと警戒をした。



 笛に呼ばれて現れたのはある意味では予想外で、シエスタにとっては最悪を想起させる相手だった。



「よっ、元気そうですね。

 まさかあんた等が来るとは思ってませんでしたぜ」



 気安くそう声をかけてきた人物は、スノウの懐刀とも呼ばれる上級の戦士だ。

 運が悪くてもせいぜい守護都市元中級を相手取ると考えていたマリアは、気を引き締める。

 戦いになれば間違いなくシエスタやアベルを巻き込んでしまう。それは避けなければならないと。


「久しぶりですね、ベルモット。あなたがここにいるという事は、スノウがまた何か仕込んでいるという事でしょうか」

「……うん? ああ、なるほどなるほど。

 こりゃあしくじっちまいましたな。

 どうやらあんた等は何も知らなかったらしい。

 まったく、困ったもんですぜ。

 こっちは最低限の仕事だけしていたいってのに、頭の足りん連中と組むと余計な労働を増やされちまう」

「……質問には答える気が無い、という事でしょうか?」


 マリアがそう言うと、ベルモットは肩をすくめて見せた。

 そんな彼を、シエスタが厳しい眼差しで睨んで問いかける。


「裏切ったのですね」


 誰を、あるいは何を。

 問うことはなく、シエスタは断言した。

 ベルモットは破顔した。


「そういう事でさあ。

 ああ、でも少し違いますぜ。

 俺は元々こっち側なんでね。

 裏切ったんじゃなくて、騙すのを止めたってだけですぜ」

「どういう事ですか、シエスタ」


 マリアが問い、それに応える声を遮ってベルモットが高らかに宣言する。


「ご褒美に答えてあげましょうよ。

 俺の本当の名前はベルゼモード。

 いと尊き現世の神に仕える十二柱の魔王が一柱。

 ああつまりは、帝国の間者ってやつでさあ」


 ベルモット改め、ベルゼモードはそう言ってその身の魔力を解き放った。

 さあ戦おう、お前たちを生かして帰しはしないと、放たれるその魔力かんじょうが告げていた。



 ******



 マリアの魔力が吹き荒れて間もなく、大きな笛の音が鳴り響いた。

 それと同時に部屋の扉が蹴破られて、一人の戦士が飛び込んでくる。

 戦士は真っ直ぐにルヴィアに向かい、割って入ろうとしたカインやセルビアをものともせず彼女を抱え上げると、部屋の壁を蹴破って外へと続く大きな道を開いた。


「逃げますよ。お前らもついて来い」


 戦士――ルヴィアの護衛を務めていたハーマインがそう叫んで駆け出す。

 何が何やらわからないが、わからなくても駆けだすべきだとカインとセルビアがその後を追った。


 ハーマインは外にいた警備二人を蹴り飛ばすと、その手に持っていた武器をちらりと見てカインとセルビアに叫ぶ。


「拾っておけ」


 二人はその通りにした。

 その間もハーマインは走り続けており、武器を拾った分、一歩だけ遅れる。

 ハーマインが向かっているのは屋敷の外、少しでも早く門にいるマリアと合流しようとする彼の背中を見て、カインとセルビアは彼を信用できると判断した。



 そんなハーマインが足を止める。



 望んで止まったのではない、それ以上進めば危ないと判断して止まらざるを得なかった。


「おいテメエ、舐めた真似してくれてんじゃねえか」


 ハーマインの行く手を遮ったのはライムだった。

 ハーマインは抱えていたルヴィアを下ろし、腰の剣を抜く。


「はっ、なんだよ。お前みたいな老いぼれが俺とやろうってのかよ。

 身の程弁えろよ、今すぐに這いつくばって許しを請えば俺の気も変わるかもしれねえぞ」

「冗談だろ。ここでこの子らを見殺しにしたら、それこそ俺はお終いだ。お前と違って、死神も魔人も甘くないからな」


 ライムのこめかみに大きな血管が浮かび上がる。

 そしてハーマインに続いて、ルヴィアが声を発する。


「そんな事を言っては可哀想よ。だってそちらの方は私の息子が怖くて逃げだして、ずっと隠れていたんだから」

「……殺す」


 ライムの本気の殺意をそよ風のように受け流して、ルヴィアは後ろにいる二人の子供に口の動きだけを見せて思いを伝える。

 逃げなさい、と。

 カインとセルビアはハーマインの隣に立ってライムに向き合った。


「セージに勝てもしない小物が、でかい顔してんじゃねえよ」

「あんたみたいな雑魚、私一人でも十分なんだから」


 ハーマインとルヴィアは頭を抱えたくなった。



 かくして、戦闘が始まる。




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