2話 シスコンではありません紳士です

 




 最近、妹からのDVに悩まされている。

 私をみれば喜々としてよって来て体当たり、あまつさえ何度となく手を上げてくるのだ。

 食事の時には自分の食事が終わっていないのに、私のところにやって来て強奪しようとする始末。

 さらに酷いのは言葉のDVだ。何度となく私を『セーニ、セーニ』と呼ぶのだ。もう、可愛いなぁ。


 間違えました。妹は人の名前を間違えて、笑うのだ。

 屈託無く、無垢な幼児のように。ええ、もうそれは可愛くて――、では無く、人の名前を間違え、笑いものにするなんてとても酷いと思うのだ。


「セルビアは本当にセージが好きね」


 姉さんがそう言って笑った。

 まあ冗談はこれくらいにしておこう。



 セージとして産まれてからおおよそ2年が経った。いわゆる誕生パーティー的な事はしていないので、あくまでだいたい2年といったところだ。

 ちなみに、誕生日を祝う習慣が無いのではなく、貧乏だから年越しの際に家族全員をまとめて祝うのである。世知辛い。

 大人になったらこの孤児院には恩返しの意味でも仕送りをしよう。

 なおそれを知ったきっかけは、お昼に預かっている子供が誕生日パーティーの自慢話をして次兄さんと喧嘩になったことだ。

 自慢話はウザイけど、喧嘩は良くないよ、次兄さん。


 さてある程度歩き回れるようになって、片言ながら言葉も覚えて、家族構成も把握できてきた。

 二年も経ってと思われるかもしれないが、最初の一年は意識が飛び飛びだったし、家族が自分の名前をちゃんと教えてくれる機会が無かったのだ。


 喋れるようになってからは、かわるがわるやって来て、名前を言わせようとするのだから困った。

 そしてそれを見た妹のDVにも困った。

 妹は姫気質なので、いつも自分がチヤホヤされてないと機嫌が悪いのである。困った妹姫だ。


 さてそれでは家族紹介といこう。

 まずは私ことセイジェンド・ブレイドホーム、愛称はセージだ。

 魔力量は順調に伸び次兄さんを超えて、現在の目標は長男の兄さんだ。

 ちなみにブレイドホームは孤児院の名前であり、私たち拾われっ子のファミリーネームだ。


 次は妹のセルビアンネ・ブレイドホーム、愛称はセルビアだ。

 私と一緒に拾われたので他の家族からは血の繋がった兄妹と思われているが、確か違うはず。目と髪の色も違うし。

 本当はどっちが先に産まれたかわからないけど、私は妹と呼び続ける。


 次は次兄さん、家族の中の次男だから次兄つぐにいさん。

 4つ上の6歳で名前はカイン・ブレイドホーム。愛称もカイン。家では主に掃除当番。洗い物と、預かっている子供の子守もたまにやる。

 気が強く喧嘩っ早いのが妹に悪影響を与えそうでちょっと心配してる。


 次は姉さん。長女で、6つ上の8歳。名前はマーガレット・ブレイドホームで愛称はマギー。

 この孤児院の最初の子供で、親父殿に最初に拾われたらしい。

 料理に洗濯に子守にと、働き過ぎの八歳児。魔法が使えるので、魔力量も多い。


 次は兄さん。長男で、7つ上の9歳。名前はアベル・ブレイドホームで愛称もアベル。

 姉さんより年上だが、拾われたのは後。魔力量は姉さんよりいくらか低くて、家事も子守もあんまりやらない。

 日中は親父殿と一緒に、庭の奥で魔力をうねらせている。


 最後は親父殿。年齢は知らない。多分、三十半ば。

 名前はジオレイン・ベルーガー。ファミリーネームが一人だけ違う。理由は知らないし愛称も知らない。

 そんでもって魔力量もよくわからない。

 何というか、私や兄弟たちと違って濃縮されているし、あんまり漏れていない。

 表面的に見れば姉さんのざっと十倍以上だけど、濃縮された奥の方が良く見えない。それに濃縮と表現した状態が予想通りなら、百倍に届くんじゃ無いだろうか。

 ただ、右足のふくらはぎから下の魔力は、なんだか歪んでいる……。普段はそうと見せないが、足に障害があるらしい。

 日中は基本的に庭の奥にこもっている。たまに書斎にもこもっている。子守の方はほとんど姉さん任せで、合間に顔を出すだけだ。


 家族構成は以上。

 五人兄弟に父親が一人の六人家族だ。

 母親はいない。親父殿には良い人もいないようだ。

 姉さんが母親役をやろうとしているが彼女もどうしたって幼い女の子なので、妹や次兄さんに振り回されているのが現実だ。

 そしてよく私のところに愚痴をこぼしにやってくる。

 まあ私も、中身は大人なのだ。愚痴ぐらいならいくらでも聞いてあげられる。



 さて次いで近況報告だが、庭の奥には未だ行けていない。

 一人で立って歩けるようになってから、妹と違い転げて泣いたり、柱にぶつかって泣いたり、段差に落っこちて泣いたりすることが無かったので、とりあえず特定の部屋から出ない限りは自由行動が許された。

 庭にもたまに出れるが、その時は見張り付きだ。おのれ。


 他に注意をそらして撒いてやろうかと思わないでは無いが、それをやると後が面倒だ。

 それに妹と次兄さんに続いて、私までが姉さんの心労になるのは気が引ける。本当に働きすぎている8歳児なのだ、姉さんは。



 しかし、暇だ。

 そう、暇なのだ。



 毎日毎日、飽きもせず魔力を鍛え、体を動かしているが、刺激がない。

 庭の奥を見たいのは、好奇心が飢えているからだ。

 自分が歩き回れる範囲にある本は児童書ばかりで、数も少ない。

 この世界の文字がわからないうちはなかなか楽しかったが、読めるようになってしまうと途端につまらなくなった。


 家事を手伝おうにも、2歳児では身長が圧倒的に足りていない。せいぜい取り込んだ洗濯物を畳むくらいだが、手足が短いので難儀している。

 ちなみに自発的にやったそれを見て、姉さんが泣き出した。そして次兄さんを叱り出した。


 何度か洗濯物を畳むのを手伝っていると、姉さんは次第に私に家事を教え始めた。

 教えると言っても、実際に私に何かをさせるわけではない。

 ただ私を横に置き、『これはこうで〜』と、要領を得ない説明を楽しげにしているだけだ。

 ……病んでないよね、姉さん。


 いや、ちょっと疲れているだけだろう。8歳児が家事に子育てにと、追われているんだ。酔っ払いの戯言に付き合うキャバ嬢の心持ちで受け止めよう。

 うんうんと、話を聞き流しながら、姉さんを見つめてニコニコ笑っておく。



 さて、姉さんの家事指導ごっこに付き合うのには、姉さんのストレス解消以外にも理由がある。

 それは料理だ。料理は基本的に親父殿と姉さんが作っている。

 その料理には、魔法を使うのだ。もちろんゲームやアニメに出てくるような物騒な魔法は使わない。ほぼ火を起こすか水を出すの二択だけだ。

 光熱費いらずのエコだと思ったが、火を持続させるのに薪や炭を使うし、水も洗い物には使えるが飲み水としては使えず、下水料も発生する。


 その料理に、参加したいのだ。

 もちろん魔法が見たいからというのもあるが、それと同時に出来れば料理の質を向上させたいというのもある。


 ……親父殿と姉さんが作る料理は、塩味オンリーなのだ。


 この紛争地域のような都市ではこの味付けが当然なのかと思っていたが、ご近所さんに頂いたシチューは普通にクリーミーだった。

 バター香る味わいに、私は不覚にも涙した。

 ちなみにそのご近所さんは、次兄さんと喧嘩した子の家。

 次の日からその子がきていないので、差し入れの目的は嫌味だったと思います。

 その子のお母さん、すっごい見下した目をしていたし。



 ******



 そんな訳で、食の向上と魔法習得を目指して、キッチンに入った。


「セージか、出ていけ」


 そして親父殿に叩き出された。ちくしょう。

 姉さん、開けてよと、思いを込めてドアを叩く。強くは叩かない。

 しかし中にいる人間にはしっかり聞こえるように音を立てる。

 何度も何度も。

 同じトーンではなく、精々物悲しく聞こえるよう徐々に力を弱め、最後に一度トンっと、拗ねたような音を立てて、あとは待つ。


「セージぃ……」


 思惑通り、姉さんが釣れた。涙目だった。


「ごめんねぇ、ごめんねぇ」


 半泣きになった姉さんに手を引かれて、キッチンへの侵入に成功した。


「いや、だめだぞ」


 親父殿がそう言った。しかし声が震えていた。

 私は知っているのだ。

 親父殿は誰より姉さんに甘いのだと。


「マギー、前に言ったはずだぞ。セージは普通じゃあない。もし料理中の魔法を見て、真似をするようになったらどうする?」


 親父殿の言葉に、姉さんは不満そうに涙を堪えて睨み返していた。

 親父殿も魔力感知ができる。

 それによって、私が魔力を鍛えていることを知っているし、その魔力量が二歳児を超えているのにも気づいている。

 私自身が一般的な水準を知らないのでどの程度異常なのかは知らないが、毎日飽きもせず自発的に魔力を鍛える私は酷く気持ちの悪い子供だろう。

 そう思っていた。

 だが、どうやらそうではなかったようだ。


「セージは大丈夫だもん。頭いいし、優しいから大丈夫だもん。それに、私がずっと一緒にいるから、事故なんておきないもん」

「優しかろうが頭が良かろうが、セージはまだ生まれたばかりのガキだ。

 それに魔力の扱いにのめり込んでいる。

 いつかは教えるが、まだダメだ。聞き分けろ」


 いつもは姉さんに甘い親父殿が、頭ごなしに叱っている。

 私は泣き出す一歩手前の姐さんの手を引いた。

 なにと、声に出さず私を向く姉さん。


「ごめんぁしゃい。まほーは、いいです。おりょーりだへ、みてもいいでうか?」


 未だに発音ベタな自分が情けないが、意味は伝わった。


「セージっ! ねえお父さん、それならいいでしょ。どうせ火をつけるのは最初だけだし、洗い物の水は先に出しておけばいいんだから」

「むう、まあそれなら構わんが……」


 姉さんの勢いに押されて、親父殿は頷いた。


「では、準備するから出ておけ」


 姉さんに手を引かれて、私はキッチンを後にする。別に一人でも出れるのだが、姉さんがそうしたそうにしていたので、抵抗しない。


「えへへ〜、セージはお姉ちゃんが大好きだね〜」


 え?

 いや、良いんだけど、ブラコンの姉さんに言われると、何だかモヤっとするよ?



 ******



 結論を言うと、食の改善は私には無理だった。だって調味料、塩しかないんだもの。貧乏が憎い。

 あと姉さんがべったり私にくっつくようになって、妹と次兄さんの機嫌が悪い。

 そして妹、DVが冗談じゃなくなってきている。

 大人になってからのことを考えると、早めに矯正した方がいいんだろうか。

 でも嫌われたくないしなぁ……




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