僕だけのアドベンチャー

龍鳥

僕だけのアドベンチャー

 僕の人生は、いつも何かが足りなかった。

お金、地位、名誉、友人。全てを持っていない人物の人生など、退屈と言う言葉しかない。もし、僕が明日死んだらきっと後悔しながら、息を引き取るだろう。


 だから僕は、思いっきり旅に出た。



 「気持ちいい風だああ」



 マイカーである日産の車を窓を開けながら走らせて、もう4時間。高速道路には乗らず、下道をずっと走っている。目的などない、地図も頼っていない。帰り道が分からない真っずくな道路を、僕は走り続けている。


 仕事は長い有給を取っている。他の誰かが苦労して、僕の分の仕事をしているかと思うと知ったことではない。この旅で、僕が生きている人生の意味を見つけてみせる。



 「あの山に入って、旅館でも探して泊まるか」



 平日の昼間だから、車の交通量は比較的少ないが、それでも僕の視線に入る人間は鬱陶しかった。荒れ果てた景色もない、狭い国だからこそ閑散としない風景に飽き飽きしていた所だ。なにより、山の形が気に入ったのだ。なにせ富士山に似て、頂上にはまだ雪が残り、綺麗な三角地をしているからだ。


 山に入って中間部の辺りにきた僕は、ひたすら宿を探した。しかし、民家どころか周りは雑樹林だらけの森の中。あてずっぽうで来たのが裏目に出たが、これもまた旅の楽しみだと思い、僕は気ままに探す。


 ふと、夜になる手前の夕方。山の高さ7合くらいだろうか、一軒の宿らしき家が見えた。山の中にある建築にしては、かなり新しい。塗装されたばかりの白い色に、電灯の照明がギラギラと光っている。道路もコンクリート工事を終えた綺麗な黒色で、土石で凸凹していた山道とは違う。ここら一帯の空間がどこから移動したような、そんな真新しさを感じた。



 「これは期待できそうだ」



 だが、僕は怪しさよりも好奇心の方が上回っていた。長旅の疲れを休みたいという気持ちもあり、車を駐車場らしき場所で宿に着いた。


 そして、宿の出入り口に来たら思わぬ人物が面会してきたのだった。



 「いらっしゃいませ」


 「えっ、子供?女将さんとかは?」



 なんと、小さな子供が和装をした格好で出迎えてくれたのだ。玄関は、両目に黒い斑点を描いた巨大な達磨と、熊らしき等身大の彫刻が両側にある。さらには、天井には昔ながらの裸電球、それに小学生ぐらいの女の子。僕の期待は予想以上に良い意味で超えた。ここは曰く付きの物件に違いない。



 「ささっ、こちらへ」



 僕が失礼な台詞を言ったにもかかわらず、身長140㎝くらいの女将さんらしき子は、顔色一つ変えずに、部屋を案内してくれた。だが、一応は確認のために彼女がどういう人物か聞いてみた。



 「あの、女将さんと呼んでよろしいでしょうか」


 「ええ、そうですよ」


 「ここでは、1人で切り盛りしているのですか」


 「はい、そうです」



 驚いた。こんなにも小さな体で、旅館を1人で営業しているなんて立派だ。僕は想い荷物を持つ両手に抱えながら部屋に行くまで、旅館の内装を観察する。床はワックスが磨かれてるような、光沢のある木材。引き戸から見える庭の景色は、見事な景観をした庭園があった。まるで異世界、その一言に尽きる。



 「こちらの部屋でございます」


 

 しかし、女将さんが案内してくれた部屋はなんと、一番の奥の部屋であった。部屋の中を覗いたら、窓もない壁に覆われた牢屋のような場所。しかもドアを閉めれば、庭の景色も見れず完全なる密閉になってしまう。さらにはテレビも、座布団も、腰をかける椅子もない。新築の物件に、ここだけ物が置かれていないのはおかしい。



 「どういうことですか、何もない部屋じゃないですか」


 「まあ、そこにお座りください」



 僕は女将さんの言う通りに、荷物を置いて何もない部屋に唯一ある、畳の上に座った。



 「お客様は、ここへ何しにこられたのですか」


 「なにって、決まってるじゃないですか。泊まりに来たのですよ」


 「いいえ、お客様には本当の目的があるはずです」


 「何を言っているんですか。そんなことより、早く温泉に入らせてください」


 「温泉など、ありませんよ」


 「はぁああ!?」



 思わず、女将さんの方へ見て目を疑った。嘘をついているようには見えない。宿なのに温泉がない?馬鹿げている。さっきまでの高評価は全て裏目になった。



 「すみません、宿じゃないなら帰ります」



 なんだ、ここは宿じゃなかったのか。そうガッカリした僕は女将さんを後にして、ドアに手をかけようとしたが。



 「一晩、泊まってください。お代はいりませんので、さあ」



 値段が無料だと…?耳を疑った。そう言って女将さんは部屋を後にして、僕を置き去りにした。つくづく、僕の中にあるモヤモヤとした感情が増すばかりだ。



 「タダで泊まれるなら…まあ、いいか」



 幸いにも、念の為に買っておいた携帯用の食料もある。それよりも、ずっと運転していた僕の体は悲鳴を上げているので、早く休まなければならない。そう思うと、ここを仮眠スペースとして考えるのも悪くないと思い、僕は荷物を置くことにした。



 『お客様には、本当の目的があるはずです』



 女将さんが言った、あの言葉が引っ掛かる。何故、あんな捨て台詞を残したのか気になるが、腹ごしらえをした僕にとっては瞼が重くなるのに、そう時間がかからなかった。今は寝よう、バックを枕代わりにして僕は目を閉じた。




***




 僕は今日も、締め切りに追われる毎日だ。机に向かって椅子に座り、一歩たりとも姿勢を動かさない。パソコンのキーボードを闇雲に打ち続け、画面にある文字は黒色の一文字と染まっていく。



 「もうすぐクライマックスだ」



 考える構想は、ここに全てぶつける。僕の人生に悔いはない。スポーツと同じだ。創作とは、謂わば自分との戦いだ。僕が僕であるために書き続ける。この両手の十指がなければ、死と同罪だ。描いている物語はそう…僕の大好きな。




***




 「うわああっ!!」



 どっと、汗をかきながら僕は目を覚ました。一体、あの夢は何だったんだろうか。僕が寝起きした時、横隣にいつの間にか女将さんが正座をしていた。



 「い、いたんですか…」


 「今、夢をみましたよね?」



 女将さんの目が、細くなる。まるで目の前にいる獲物を、じっくり観察すようにだ。女将さんの言葉で、少し空気が霧のような匂いがしてきた。

 なんなんだこれは、一体どうなってるんだ。この部屋の空間自体は広さがないものの、徐々に圧縮されているような感覚になる。



 「女将さん、あなたは一体。僕になにをしようと」


 「その質問には、お答えできません。ただ、貴方がここへ泊りに来た以上に求める者は1つ」



 やはり、タダよりも怖い言葉がないとは本当らしい。目的は金か、それとも地位か、名誉か。ああ、僕の人生はこんな辺鄙な宿で終わるんだなと、安直な考えを巡らせていた。



 「貴方の夢を、頂きますよ」


 「僕の夢、ですか?」



 女将さんから返ってきた言葉は意外だった。夢、とは僕が作家となって成功をしていたことなのか。確かに、作家になるという夢は小さい頃から願っていた。けど、社会人になるつれに自由時間が少なくなり、書く作業も結局は面倒だと心の中で押し付けてやめてしまった。なんだ、安い物じゃないか。



 「いいですよ、それで宿に泊まれるなら」


 「あら、随分とあっさりと」


 「なにせ、叶わない夢ですしね」



 …待てよ。確かに、叶わない夢だ。今の自分の年齢は30代手前。家庭も持たず、ただ使命を持たず仕事に費やす毎日だ。そんな人生に何の意味があるというのだ。これから素敵な出会いを求めて、運命の女性と結婚して子供を産んで、一軒家を買ってローンを組んで、将来の子供のために家計を組んで働いて、それから…。



 ……僕の人生、何も成し遂げてないじゃないか。



 「…やっぱり、帰ります」


 「あら?私はタダで泊まってもいいと言っていますのに」


 「ここにいる理由と、この旅の目的の意味が判明したので。これから家に帰りますね」


 「待ってください。貴方が夢を見た内容が分かりませんが、きっと険しく長い道なのは確かです。それでもいいのですか?」



 女将さんの説明口調が少し苛ついたが、僕は荷物を纏めて部屋から出た。陽はすっかりと落ち、真夜中の山の中。駐車場に止めてある車にエンジンをかけ、夜の運転は怖いがスピードを落として運転しようと心掛ける。


 バックミラーを見て、山奥にあった不思議な宿を見る。見ると、玄関口で女将さんが手を振っていた。サヨナラの挨拶を言わずに出たのに、律儀な人だ。



 これから先、僕の帰る道は長く長く暗い道だろう。それでも、帰らなければならない。そう、これは僕の意思で帰るんだ。明日の日の出が、出る前に。

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