ナり損ないヒーろー
佐武ろく
夢と妄想の狭間
「僕は子どもの頃、ヒーローになりたかった」
* * * * *
いつもの喧噪とは違い、悲鳴や
怪人は人々を無差別的に襲い、街を容赦なく破壊していた。
すると逃げ惑う人々の波に呑まれた女性が豪快に転倒してしまう。その傍では少女が不安気な表情を浮かべていた。女性は足をくじいたのか中々、立ち上がれない。その隣で「ママぁ......。ママぁ......」と今にも泣き出しそうな声の少女。
そんな親子に怪人はゆっくりと視線を向けた。
そして獲物に狙いを定めた肉食獣のように、真っすぐ視線を逸らさず1歩1歩近づき始める。
怪人が足を踏み出す度に地面は震え、親子の表情は恐怖に染まっていった。まさに蛇に睨まれた蛙となり身動きひとつ取れない。
だが母親の本能がそうさせたのか女性は少女の方へ顔を向けると声を上げた。
「夏樹! 早く逃げなさい!」
必死に我が子を逃がそうとする母親だったが少女は「だって......」と腕を掴み手を離そうとしない。その間にも怪人は歩を進め、ついには大きな影法師が親子を呑み込む。
そして足を止めた怪人はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべると握り締めた拳を天高く振り上げた。
目を見張り恐怖のせいだろう声も出ない親子の瞳に浮かぶ泪には光すら当たらない。いつの間にか周りからは人々は逃げ去り、衣擦れさえよく聞こえてしまいそうな静けさが異様に親子と怪人を包み込んだ。それはさながら嵐の前の静けさ。
そして血管の浮き出る腕は空を切るように振り下ろされた。
だがその瞬間、滑り込むように現れた影が1つ。
「大丈夫かい?」
「――えっ? ......あっ、はい」
ヒーロースーツに身を包んだ僕は自分の倍はあるであろう拳を軽々と受け止めながら後ろの女性からの返事を聞いていた。
そこへ駆け寄ってきたスーツ姿の男性2人組。
「その人達を安全な場所へ」
余裕綽々な声でそう言うと男性達は「はい」と頼もしい返事をし親子に手を貸した。
背後から親子と男性達が居なくなり、荒れたオフィス街の舞台には僕と怪人だけ。
そして僕が拳を受け止めてから時間が止まってしまったように次の行動を起こさなかった怪人だったが、油断でも突くようにもう片方の手に握った拳を唐突に振り下ろしてきた。
だけど、またしも僕はそれを後ろへ大きく退き軽々と避けてみせた。まるで台本でもあるかのように完璧なタイミングで。
そんな僕と入れ替わるように地面を叩いた拳を中心に深いヒビが広がる。目的を果たせなかった拳が残念そうにゆっくりと持ち上がるとパラパラとコンクリートの破片が落ちていき、その威力を物語っていた。
「小賢しいい。まずはお前から叩き潰してやる」
不機嫌そうな胴間声はテンプレートのような言葉を並べた。
「もうこれ以上、好き勝手はさせない」
それに対し僕もテンプレートのような言葉を返す。
するとその言葉ごと拭き流すような風が怪人との間にガンマンの決闘を思わせる緊張感と静けさを運んできた。その静けさの中、対峙した僕らはただ互いに動かずにじぃっといつ来るか分からないその瞬間を待つ。
そして道路に乗り捨てられていた1台の車(すっかり炎上してしまっている)が耳を劈く爆発音を辺りへ響かせた。
沈黙が吹き飛ばされたのを合図に僕と怪人が同時に動き出す。真正面から衝突しすぐに激しい攻防が繰り広げられた。僕の小さな拳が怪人の堅固な体にめり込み、コンクリの地面にヒビを入れるような拳を僕の細い腕が盾となり受け止める。殴っては防ぎ殴っては防ぎを繰り返し、ダメージはそこまでは入っていないように見えるもやや僕が優勢のまま戦況は進んだ。
だけど僕の拳が相手の頬を捉えると怪人はその腕を逃がさんと言わんばかりに鷲掴みにする。そしてそのまま僕の体は玩具のように軽々と付近のビルへ投げ飛ばされた。野次馬の人々がその影を一瞬捉えられるかぐらいの速度でビル壁へ背から激突した僕を上がった白煙が包み込み隠す。
僕はすぐさま体勢を立て直しその煙が晴れるより先に怪人へ反撃を開始した。白煙に紛れながら壁を蹴りロケットのように怪人へ突っ込む。推進力の助けも借りた一撃は怪人を地面へ這いつくばらせるには十分な威力だった。
しかし口元から血を滴らせながら起き上がった怪人はダメージこそあったもののまだ余裕が残っている。
そして怪人は拳を握った右手を振り上げると先程とは比べ物にならない程に力を込めた。それは腕の筋肉が膨張するほど。
だけが僕は一切焦ることなく、しかも避けようともせず振り下ろされた拳を正面から受けた。胸を貫く衝撃。あまりの威力に後ろに滑り押される体。でも怪人の腕は伸び切り、僕はその一撃をしっかりと受け止めていた。
顔を上げて怪人を見上げマスクの下でニヤリと笑みを浮かべる。そして離れる前に怪人の手首を両手で
戦いの終りを知らせるような静けさの中、僕は黒煙を上げ燃える炎を見つめていた。ただじっと。
すると燃え盛る業火の中から怪人が姿を現した。所々に付いた焦げ跡、流れる血。まだ戦えそうな怪人は車から降りると僕の前までゆっくりと足を進めた。
「中々、やるな。だがそれもここまでだ」
依然と勝利を確信した怪人は片足を1歩引き片腕を構えた。それに反応し後方の車を包み込んでいた炎が、怪人へ吸い寄せられ始める。右腕を重点的に体全体に纏わり、炎が撫でる度、怪人の皮膚には幾つもの亀裂が出来ていった。そこから顔を覗かせていたのは内側で煮えたぎるマグマ。
あっという間に怪人は炎を纏い内側でマグマを煮えたぎらせた。
だけどそれに対し僕は臆することはなくむしろこっちも拳を構えた。太陽がその強大な力を分け与えてくれているように僕を正義の光が包み込む。
それを見た怪人は声を上げ豪快に笑った。
「これで終わりだ」
既に勝ち誇った表情を浮かべていた怪人から自信に満ちた声が響くと僕は強く拳を握った。
そして示し合わせたかのように同時に動き出す。最後の一撃に強い想いと願いを込めて。
鏡映させたかのように同じタイミングで動き出し、同じタイミングで拳を突き出す僕と怪人。光と炎を宿した拳同士は正面から小細工無しにぶつかり合った。その大きさと相反し均衡する力。炎と光は綺麗に分かたれ交わることは無かった。
だけどそれもそう長くは続かず徐々に僕の拳と光が怪人を押し始める。
そして、僕の光は炎を呑み込み、僕の拳は怪人の顔を捉えた。怪人は地獄へ送り返されるようにあの車まで飛んでいきフロントガラスを突き破った。確認するような静けさが数秒流れた後、戦いを見守っていた警官と野次馬達の歓声が一気に沸き上がる。まるで世界的アーティストのコンサートのような大歓声だった。
僕は大騒ぎする彼らの方を向き達成感と満足感に満ち溢れていた。それがボランティア同然のヒーローの報酬。
すると突如、僕の後方から反時計回りに世界の景色が変化し始めた。あっという間に景色は大通りのスクランブル交差点へ。僕の姿もヒーロースーツから一転。両腕にはタトゥー(何やら呪文のような謎の言語がぎっしり)が彫られており何故か上半身は裸(しかも既に戦闘の痕が付いている)。一応言っておくがもちろん下は穿いている。
そして例の如く車は疎か人も周りにはおらず距離を取った安全な場所でスタジアムのようにぐるりと野次馬が囲んでいる(もちろんその前には警官がいる)。
僕はそれをざっと確認すると第六感とでもいうのか視線を感じ上空へ顔を向けた。そこには黒雲を背景にし、ボロボロのローブを身に纏った人かも疑わしい存在が浮遊していた。はためくローブの中はこの世の悪を集積したように深い闇。そしてフードの中には双眸らしき光が2つだけ灯っており、それが手なのか手袋も独りでに浮いている。
ローブと光以外はなにもないが、それから僕に対しての敵意は痛い程に感じた。
すると2つの手袋がローブの前で何かを包み込むように合わさった。その様子を訝しげに見ていると手袋は開きながら離れ始める。手袋の陰から姿を現したのはフードの中同様に深淵の如く深い闇の球体。手袋が離れるにつれその大きさを増していく。
そしてそれはとても巨大で禍々しくなり太陽フレアのように黒竜が姿を現してはその闇の中へ消えていっていた。
だけどこの世の全てを呑み込み闇に染め上げてしまいそうなその球体を目の前にしても僕に不安はない。ただローブから視線を逸らさずその様を見ていたが、球体が巨大化し終えると僕も同様に両手を包み込むように合わせた。
そしてあの手袋を真似るように両手を離せばそこには黒紫の小さな球体が浮遊していて、僕の離れる手に合わせ巨大化していく。ローブのモノとは似て非なる色合いの球体からは黒紫の雷が迸っていた。
自信の表れか僕の準備が整うまでじっと空から見下ろしていたローブの手袋は、僕の球体が同じぐらい巨大化してからやっと動き始めた。僕とローブの創り出した2つの球体はゆっくりそれぞれの元を離れると引かれ合うように互いの方へ向かっていく。
そして正面からぶつかり合った。その瞬間、その2つは激しさを増した。荒れ狂う黒竜と雷。それはこの世の終わりのような光景だった。
だがそれでも球体は止まらず互いの方へ押し付けられるように進んでいく。それに伴い徐々に混じり合う2つの球体と雷に黒竜。
そして反応し激しく一体化していく2つの球体だったが、ついに耐えきれなくなったのかその2つは同時に爆発し、辺りに眩い光と強い風が一気に広がった。その目くらまし程度の短い光が消えるとボロボロになったローブは地面へと真っ逆さま。一直線に落ちていった。フードの中の光は微弱で地面に近づくほど消失へと向かっている。
そして音もなくローブは地面へ落ち、一瞬で燃え滓のようになると風に吹かれ空へ舞い上がっていった。それを追い見上げた空の黒雲には隙間ができ、そこからまるで僕の勝利を祝福するように光が差した。同時に周りにいた人々が自国の勝利に沸き立つスポーツ観客のように大歓声を上げる。
晴れゆく黒雲から顔を覗かせる蒼穹の下、暖かな陽光と大歓声を浴びながら僕は達成感と満足感に浸っていた。
* * * * *
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