第19話 元カレと友達と②
高槻颯太と遭遇した一週間後、いつのようにバイトへやって来た知花が、バックヤードで荷物を片付けている時だった。
同じ時間帯にシフトが入っていた、二つ上の先輩が慌てた様子で同じくバックヤードへと入ってくる。
「松原先輩?どうかしたんですか?」
「しっ!」
先輩は知花の声を制止し、ぴたりと扉に張り付いたままマジックミラー越しに店内の様子を窺っていた。
「…知花ちゃん、あの茶髪の爽やかイケメン君とどういう関係?」
一体誰のことを言っているのかと、知花もマジックミラーを覗き込む。
そこに居たのは太一と話す颯太だ。
注文したであろうドリンクは既にカウンターに置かれているのに、それを手にとることもなく太一と話し込んでいる。
「……元カレです」
「あー…あれ、ヤバいでしょ?大丈夫?あの太一ですら、追い払うのに苦労してる」
接客業ゆえ客が引き起こすトラブルはつきものだ。
特に厄介な客に関しては、店長が出る前に太一が上手く話を付けてくれるのだが、今日の人物はそうはいかないだろう。
「さっき、横を通ってちらっと聞いたけど、知花ちゃんのこと聞いてた。二日前も店に来てたし、完全に狙われてるよ」
稀ではあるが客に好意を寄せらせることもある為、復縁を迫りに来たと思われているようだ。
知花はざわつきだした胸を抑えつけながら、もう一度二人の様子を見つめた。
(…けど、高槻先輩はそれだけの人じゃない…下手をしたら、太一が…また太一が…)
頭をよぎったのは、高校生の頃の記憶。
放課後、ある不祥事が原因で、入っていたバスケ部も突然活動休止にされた知花は、鞄を置いたまま教室から居なくなった太一を探していた。
別に一緒に帰る約束をしていた訳でもない。
太一の様子に変わったところなど無かった。
けれど、何故だか妙な胸騒ぎを感じ、知花は走り出していた。
校内を走り回り太陽が半分以上沈んだ頃、ようやく見つけた太一は部室の裏手に蹲るように居た。
今も鮮明に覚えている、あの痣だらけの姿。
目に近い頬の辺りも蒼く変色し、口の端は切れ、鼻血の拭った痕すら残っていた。
『太一…何で、そんな怪我…』
『知花、高槻先輩が別れてくれるって。これで…もう、大丈夫だから』
そう笑った太一が何をしたのか、その一瞬で知花は理解した。
そして、それが誰のためなのかも。
(私のせいだ…)
そう悟った時、必死に知花は太一に謝った。
手入れもされていない部室近くの草むらに、制服が土で汚れることも厭わずに、膝をついて必死に謝った。
あの時太一に暴力をふるったのは、知花と付き合っていた高槻颯太だ。
人の好さそうな顔をして、裏で人に言えないようなことをしていることを、知花は付き合ってから知った。
そして気付いた時にはもう手遅れだった。
別れようとしても、知花がどんなに避けても、颯太はしつこく付き纏った。
やがて、颯太が仕掛けたある事件がきっかけで、知花の周りの人間関係は見事に壊れ、唯一、変わらずに友人で居続けてくれた太一ですら、傷付ける結果になってしまった。
『…女の子達のことと、俺を殴ったことを餌に交渉した。もう手出ししないって言質とったから』
優しく笑う太一の前で、散々泣いたあの日。
思い出す度に、胸が抉られるように痛い。
(あんなのは、もう耐えられない…)
「あ、やっと帰ってった…」
松原先輩の声にハッと頭を上げた知花だが、マジックミラーの先には既に颯太の姿は無かった。
だがカウンターの前に立つ太一の姿は、酷く疲れているように映る。
(…そもそも平気で人を傷つける人が、約束を守るわけないんだ)
松原先輩が盗み聞ぎした内容と、太一が疲弊している様子から、知花に対しての厄介ごとであることは間違いない。
(だったら、私は私を使う)
あの日から知花は考え方を変えた。
使えるものは全て使うと。
(……もう、太一に迷惑はかけない)
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