第9話 真夏の天使【他サイトでカラーイラスト掲載中)
「ち、知花!!何だその恰好は!?」
荷物を運び終えた三人は、水着に着替えるために各部屋へと戻っていた。
先に着替え終えたのは、当然ヒューズだ。
大人しくリビングのカウチに座って、女性陣を待っていたのだが、次に現れた知花の水着姿に驚愕の声をあげた。
冷静な彼には珍しい反応に、知花は両手を広げ自分の姿を見せる。
「ただの水泳用の服ですよ。男の人は半ズボンみたいなので済みますが、女の子はこういうの着ないと、海に入れないんです。日本の海水だと、ベトベトになるんですよ」
知花の着ていた水着はホルターネックタイプのビキニだ。
胸下から布がクロスし、後ろで結ぶのが可愛くて、ソフィアの水着を選ぶ時にちゃっかり自分も買ってしまったのだ。
「へへ!今年の新作なんですよー!後ろ可愛いでしょう?」
くるりと振り返ると、結んでいないチョコブラウンの長い髪を手で持ち上げ、うなじから背中のラインを堂々とヒューズに見せる。
まだ日焼けの痕がない、白く滑らかな肌にヒューズはたじろいだ後、生唾を飲み込んだ。
「っ~~!ま、まさか、姫も…!」
ふと重要なことを思い出し、その顔色を赤から青へと変化させた時、丁度扉が開いた。
「知花!ヒューズ!!見て!!」
白いワンピースの水着を着たソフィアが、バレリーナのように軽やかなステップを踏み飛び込んできた。
チェックが厳しいであろう胸とお尻はフリルを重ね隠しているが、わき腹部分にはレースアップが施され、華奢なソフィアをより細く、繊細に見せるデザインだ。
その可憐で愛らしい姿に、知花は目を輝かせ拝んだが、その隣で表情を曇らせるのがこの男だ。
「…脚…」
「…ヒューズ、文句は聞くから、褒める位は先になさい」
ピシャリと叱りつけてくるソフィアにヒューズは頭を抱えた。
一応水着としては、比較的露出が少な目なのだが、やはりアウトなようだ。
「…すみません…どちらかというと、私の水着の方が、露出面積としては一般的なんですよね…」
知花はもう一度ヒューズに自分の姿を見せた。
胸の深い谷間まで覗けるトップス、隠すものなどないお腹、そして、お尻のラインがはっきりわかるボトム。
横目でそれを見たヒューズは顔面を両手で押さえ、大きく溜め息を吐いた。
「…まぁ、幸いなのは、今から行く浜辺はナンパ目的の若い男性とか居ないので…それで許してください」
他に人が居たとしても、夏休みに祖父母の家に遊びに来た、ちびっこ家族だけだ。
別荘地と言えど、中心街からも離れているし海水浴場も多い。
「…知花は今までそういうのを着て、その…若い男がいるような海へ遊びに行ったことはあるのか?」
「え?今年は海自体がここが初ですけど、大体いつも友達と海には遊びに行ってましたね?…やっぱり人は多いので、海で遊ぶよりもナンパしに来る人も居ますけど…」
知花が予想だにしてなかった質問に素直に答えると「…そうか…」と呟いたヒューズが頭をもたげた。
「…知花、気にしなくていいわよ。やきもち妬いてるだけだから」
「え!?水着選びは恥ずかしいかと思って誘わなかったんだけど、ヒューズさんも一緒が良かった!?」
「…えぇ…そういうことにしておいてあげて。ヒューズ、もう行くわよ。そのままキノコでも生やす気?」
辛辣な言葉で喝を入れられ、ヨロヨロと動き出したヒューズは、クーラーボックスやパラソルを担ぐ。
知花とソフィアは別荘の倉庫に仕舞われていた、大きめの浮き輪を持つと外へと飛び出した。
五分ほど歩くと地元の人が住んでいる家が数軒建っているのが見え、その奥には小さめの海水浴場がある。
先客もいるが、やはり家族連れが二グループいるだけだ。
ソフィアは真っ先に海へと駆け寄り、満ち引きを繰り返すその海に目を輝かせた。
「本当に、ほぼ貸切ですね…」
持ってきたクーラーボックスや他の荷物を浜辺へと置き、知花はその中からシートを広げる。
「いいでしょう?私、ここに小さい頃から来てるんです。あ、ヒューズさん、そこにパラソル挿してもらっていいですか?終わったら一緒に海へ…」
「いえ、私はここで見張りをしています」
「え。泳がなくていいですか…?精霊は居ませんが…?」
じっと覗き込むヘーゼル色の目から、ぎこちなく顔が逸れていく。
「……そういう理由ではない」
「…わ、わかりました??」
知花はシートが風に飛ばされぬよう荷物を配置すると、ヒューズに手を振り、海辺でヤドカリに夢中なソフィアの元へと駆けていく。
ヒューズはパラソルの日陰になるように、シートの上へ腰を下ろすと、彼らしくなく後ろへ手を付くようにだらしなく座った。
彼の視線の先では、ソフィアと知花が浮き輪を使って、楽し気に海に浮かんでいる。
(これは…まずいかもしれない…)
知花が笑うたびに、ヒューズの心は落ち着かなかった。
ふつふつと自分の中に湧き上がってくる欲望を感じていたからだ。
くらくらするような感覚に陥るのは、乗り物酔いが後を引いているせいだと思いたい。
(彼女を見なければ良いだけだ…)
それなのに
そう考えれば考える程、エメラルドグリーンの瞳は、彼女の姿を追ってしまっていた。
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