第7話 精霊は怖いもの

「朗報です!なんと四連休を獲得いたしました!!」


 朝一のバイトを終え帰宅した知花は、バイト先から持ち帰った八月下旬のシフト表を、堂々と掲げていた。

 昼食中だったヒューズとソフィアは、今日のお昼であるロコモコを口にしながら、知花の広げるシフト表を覗き込む。


「あら、本当だわ…知花、いつもお休み二連休までじゃなかった?」

「そうです。うちの店、駅前でいつも混んでるから、普段は二連休が限界です」

「では、何故四連休も?」


 ヒューズは帰宅した知花の分のロコモコをテーブルに置きながら質問した。

 ハンバーグの上に乗る艶やかな半熟の目玉焼きが眩しく、知花は生唾を飲み込んだ。


「なんと!あの!!真面目でケチな太一が!!シフトを変わってくれました!!交換条件付きだけど!!」

「…和泉太一…ですか」


 ヒューズは部屋選びの時のことを思い出したのか、虚無の表情へと変える。


「ちなみに交換条件って何かしら?知花一人に背負わせるのは気が引けるわ」

「え?なんか映画見に行きたいって言われただけだよ?」

「え、い、が…って?」


 言葉をなぞるように発音したソフィアは、こてんと首を可愛らしく傾げた。


「えぇと…暗い部屋で大きなテレビみたいなのを見るの。ラブストーリーとかファンタジーとか…ってファンタジー世界から来た二人には、映画は何を勧めればいんだろう…コメディ?笑いのツボ一緒なのかな…」


 割とどうでも良いようなことを考えていた知花だが、反面、ソフィアは若い男女には許されないような状況を想像したのか、徐々に青褪めていく。


「…暗い部屋…??え、まさか二人っきり!!??ヒューズ…!!ち、知花が危険だわ!!」

「…姫、ロマンス小説の読みすぎです。エクシアルに戻ったら、過激なロマンス小説は年齢制限を設けるよう、提言させて頂きます」


 おかしい。ただの映画の話が規制の話になってしまった。


「何を想像したのかわからないけど、二人っきりじゃないし、交換条件としても軽いから気にしないで?という訳で、旅行に行こうと思います!目的地はパパの別荘です!!プライベートビーチ…とまではいかないけど、歩いてすぐの所に、近所の人しか来ないビーチもあるの!BBQも花火もしよう!!ここじゃなかなか出来ないから、せっかくの夏休みを有効利用します!」


 本当は夏休みらしい夏休みを過ごしていなかった知花が遊びたいのだが、ここぞとばかりに異世界旅行者をもてなすついでに、自分もめいっぱい遊ぶ計画を立てたのであった。


「海…海で一体何をするの?」

「泳ぐんだよ?…もしかして、そっちの世界では泳がない!?」


「そうね」

「そうです」


 久しぶりに可憐な声と淡々とした声が重なる。

 カルチャーショックを受けていた知花に、ヒューズが説明を始めた。


「海には精霊や魔法生物が多いので、遊ぶには少々危険なんです」

「精霊…!?やっぱり可愛かったり、すっごい綺麗だったりするんですよね!?」

「…見た目はともかく、精霊は悪戯で人間を海に引きずり込むので、少々厄介なんですよ。かく言う私も、訓練の着衣水泳で、何度か引きずりこまれました」


 知花の想像する悪戯とは、レベルが段違いであった。

 悪戯で海に引きずり込まれ死んでしまったら、堪ったものではない。


「に、日本の海の場合は、一番の敵はクラゲです!!サメとか滅多に出ないです!!」

「サメなら剣で何とかなりそうですし、クラゲなら引きずり込まれる心配もないですね」


 サメと戦うことはまずないだろうが、安堵した様子のヒューズに、何度も知花は首を縦に振って見せた。

 そして、三人揃っての三日間の初旅行が決定したのであった。

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