第6話 ドレスは戦闘服②
「お待たせしました」
店の外で二人を待っていたヒューズは、知花の抱えた幾つもの紙袋を受け取ると、恭しく頭を下げた。
「羽曳野殿、助かりました。私では姫の服を選ぶ自信がなかったので…」
「いえいえ!そんなに畏まらなくても…!それに、美少女は何を着ても可愛いし、似合ってしまうので、寧ろヒューズさんの合格が貰えるかが心配です」
「知花のセンスは素晴らしかったわ。それに比べてヒューズが女性に贈り物をしてるところを、私は一度も見たことが無いのよね…」
呆れたような口ぶりから、姫様は遠回しに彼のセンスは信用できないと仰られているようだ。
そして彼女の言うことが事実なのか、ヒューズはいつもより硬い表情で、冷や汗を浮かべていた。
意外過ぎる事実だがイケメン故、一方的に貰うばかりだったり、女性への贈り物のハードルも上がったりする弊害があるのかもしれない。
「…ごほん。…では気を取り直して次は、ヒューズさんの服を身に行きましょうか」
「知花の好きな服を選んでね。何着でも着せるといいわ」
「えぇ!?イケメンを好きなように着替えさせられるとか、何てご褒美ですか!?」
「…手加減して貰えると助かる…」
その後スイッチの入った知花に、十回以上着替えさせられたヒューズは、騎士団の訓練による疲労度を、遥かに超えた状態で帰宅する羽目になった。
***
夕食を終え、お風呂から上がった知花がリビングに戻ると、そこにはヒューズの膝で眠るソフィアがいた。
「あ、寝ちゃってる。何か上に掛けるもの取ってきますね」
「頼む」
知花はソフィアの部屋から、買ったばかりのタオルケットを持ち出し、二人の元へと戻るとそっとソフィアに掛けた。
「羽曳野殿…今日はありがとう」
「どういたしまして。あんなに人のコーディネート考えるの初めてだったから、私も楽しかったです。」
知花は眠るソフィアの隣へと座り、彼女を起こさないように小声でヒューズに尋ねた。
「あの…ヒューズさんって、ソフィアちゃんにずっと仕えてるんですか?」
「えぇ。私の主な護衛はカイト王太子殿下ですが、殿下とは乳兄弟なので、姫がお生まれになった頃より、お仕えしています」
「な、長い…!!」
気がつけばヒューズは、ソフィアの頭をずっと撫で続けていた。
「…もう、妹みたいなものです。だから今回の護衛任務も、陛下と殿下直々に命じられたのです。…そういえば、羽曳野殿にも妹と弟がおられるとか」
「あ、はい!!双子なんですけど、二人とも可愛いんですよねぇ!今は海外暮らしなので、滅多に会えないですけど、一緒に暮らしてた頃はいつも一緒でしたよ!」
「羽曳野殿の面倒見の良さはそこでしたか」
「えへへ…最近は反抗期の弟に『お節介』って怒られますけど…って、ヒューズさん、私のことは知花って呼んでもらっていいですよ?」
その言葉に、ソフィアを撫で続けていた手がピタリと止まる。
「いや…しかし…」
「あ。もしかして、下の名前で呼ぶのって失礼だったりしましたか…?つい、ヒューズさんって呼んでしまいましたが…」
異世界の命名規則もこの世界とは違うだろう。
気が付かぬうちに、失礼な呼び方をしていたかもしれないと、今更ながら知花は反省した。
「いや、そんなことはない…では…知花…さんと」
「…ヒューズさんの方が大分年上なのに、変じゃないですか?」
「……では」
知花は期待に胸を膨らませ、大きなヘーゼル色の瞳をヒューズに向ける。
「…知花…と」
「はい!!」
少し照れた様子のヒューズだったが、知花は大満足だ。
またこれで一つ彼と仲良くなった気がする。
知花はヒューズの膝の上で寝息を立てる、ソフィアの髪をそっと撫でた。
「…知花、一つ頼みがある」
「何でしょう?」
ヒューズは先程とは違う、少し思いつめたような表情をしていた。
どう告げようか迷っているのか、視線が暫く彷徨ったあと、姿勢を正した彼が告げる。
「姫はこの一年が終わるとヴェスタという敵国に嫁ぐことが決まっている。少々、厄介な相手でな、停戦を条件に王太子妃として姫を要求してきた」
その瞬間、知花の脳裏に浮かんだのは『人質』の二文字だ。
けれど口に出せるものではなく、知花はただその言葉を飲み込むしかなかった。
「無論、陛下も他の者達も反対したのだが、姫自ら婚姻を望まれた。『そのために自分はいる』と。姫はこの日本で暮らす一年を『自分の我儘』だというが、私はそうは思わない。これから先、何十年と味方のいない国で、不自由な生活を強いられる彼女の大事な時間だと思っている」
買い物の際中、彼女がふと見せたあの表情の合点がいった。
(あぁ…そうか…だから、あの時、ソフィアちゃんはドレスのことを『戦闘服』だと言ったのか…)
彼女にとって、ドレスを纏う時は一国の姫として戦っているのだ。
だからこそ、普通の女の子が着る服を喜んでいたのかもしれない。
『エクシアル国のお姫様』ではなく一人の『ソフィア』として知花が選んだ服を。
「だからこそ貴女には、姫の世話係だけではなく、一人の友人になって貰えたらと思っている」
「友人…ですか?」
不安気にヒューズを見上げると、新緑の瞳がその不安を取り去る様に優しく微笑んだ。
「立場上、仕方がないかもしれないが、この子には年の近い友人がいない。きっとこの先…、結婚しても軟禁状態に近くなる。当然、友人を作るのは難しいだろう。だから…君のような子がなってくれると嬉しい」
「…私じゃ力不足じゃないですか…?」
「そんなことはない。あんなに楽しそうに笑っている姫を見たのは久しぶりだ。きっと知花がころころと表情を変えて、かわ…ンンッ!!」
珍しく揚々と話すヒューズだったが、突然慌て出し何故かその口を手で塞いでいた。
「どうしたんですか??」
心配そうに覗き込む知花に対し、ヒューズは難しい表情のまま俯いていたが、その目尻は微かに赤みを帯びている。
「いや…何でもない。…とにかく、表情豊かな貴女に釣られているように思える。どうか、そのまま貴女らしく、姫に接してくれると有難い…」
「そんな…私は大層なものじゃないですけど…!へへ、それでも嬉しいです!!明るいのだけは取柄なので、ソフィアちゃんをこの一年、めいっぱい笑わせていきますよ!」
まるで花が綻ぶような笑顔を見せる知花のことを、ヒューズはただ眩しそうに見つめていた。
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