第44話 幼かったあの日③

 お茶会以降、リオンとは度々顔を合わせることになった。

 

「リドお兄様!」


 自分の姿を見止めるなり、駆けて来るリオンの愛らしさにケリードは堪らない気持ちを募らせていった。

 自分に向けられる視線も、伸ばされる小さな手も、名前を呼ぶ声も、花のような笑顔も全てが愛おしい。



 最初はただ、『何となく気になる』程度の淡い感情が『誰よりも近くにいたい』という強い欲求に濃さを変えるのに時間は掛からなかった。


 何でも誰かに譲ることに全く抵抗がなく、すぐに諦め、手放すことに慣れていた自分の中で何かが変わった。


 絶対に選ばれたい――――――。



「リドお兄様」


 自分を慕う小さな手が伸びて来る。

 伸ばされた小さなその手を優しく、けれども放さないように強く握り締めた。

 

 こうして手を伸ばすのは自分だけであって欲しい。

 親し気に微笑みかけるのは自分だけであって欲しい。


 これからも、その笑顔を向けるのは自分だけで、頼りにするのも自分だけであって欲しい。


 自分をもっと求めて欲しくて仕方がなかった。


「お兄様……あのね……」


「何?」


 夏の日差しを遮るように緑の茂った木の下。

 そこにあるベンチに並んで腰を降ろし、リオンは口を開いた。


「リドお兄様……大きくなったら…………大きくなったらリオンと結婚してくれる…………?」


 突然のプロポーズにケリードは面食らう。

 モジモジと恥ずかしそうに顔を赤らめ、何を言うのかと思いきや。


 結婚というのが何か理解しているのか、いないのか、分からないが、本人は至って真剣なようでその美しい瞳をじっとケリードに向けてくる。


 五歳児の結婚に対する認識なんて、『ただ、何となく好き』な相手と一緒にいれる、ぐらいなものではなかろうか。


 その『ただ、何となく好き』な相手も複数人いることも少なくないし、リオンくらいの年齢の女子なら『あの子とも、あの子とも結婚する! みんなで一緒にくらしたい!』なんてとんでもない発言をする子もいるのだ。


 およそ、『結婚』を正しく認識しているとは思えない。


 それなのに、こんなにも気持ちが舞い上がるのは何故なのか。

 

 胸が高鳴り、同時に息が出来なくなるような幸福な苦しさ。


 彼女に求められている喜びで心が震える。


「…………本当に僕がいいの?」


 ケリードは意地の悪い言い方で訊ねる。


「はい!」


 リオンの即答にケリードは安堵する。

 ここで『うーん…………やっぱり、止めときます』とか言われようものなら地面に沈みたくなっていた。


「本当に? 他にも素敵な男の子がいるんじゃない?」


「リドお兄様よりも素敵な男の子はいません。男の子はみんな意地悪だし…………」


 その発言は聞き捨てならない。

 スチュアート家の娘に意地悪をするクソガキはどこのどいつだ。


 ケリードは無意識に名前も知らない男児に殺意を飛ばす。


「それに、リオンが話しかけても何も話してくれないし…………」


 リオンは悲しそうに項垂れる。

 

 それはリオンが可愛すぎて緊張しているからでは?

 

 そんな風に思えなくもないが、同じ年頃の男児をは上手くコミュニケーションが取れないらしい。


 それを知り、ケリードは胸を撫で下ろす。

 

「でも、お兄様はリオンとおしゃべりしてくれるし、とっても優しいもの。それに、ピアノも上手…………。リオン、お兄様のピアノがとても好きなの。結婚したら、毎日お兄様がピアノを弾く姿が見れるでしょ?」



 

「僕のピアノが好きなの?」


「うーん……少し違うような……ピアノを弾くお兄様が好き? うーん、お兄様の弾くピアノ……?」


 気持ちを一生懸命言葉にしようとするが苦戦する。

 そんな姿も愛らしくて仕方がない。


「でも……ピアノがなくてもお兄様が好きだし…………」


「そう。なら、どっちでもいいよ」 


 毎日弾くとは限らないが、リオンが望むならやぶさかではない。


「お兄様、リオンと結婚してくれる……?」


 リオンは上目遣いでケリードを見つめた。

 

「僕は一夫多妻制もその逆も認めないよ?」


「一夫……あぁ! 奥さんが沢山いるお家のことですね! その逆……ということは、リオンが沢山旦那さんをもらうってことですか……?」


「君は可愛いから。他にも君と結婚したい男がいるかもしれないし」


「私はお兄様一筋です! お兄様以外の人にプロポーズされてもお断りします」


「僕、寂しがり屋なんだ。ずっと僕を好きでいてくれないと嫌だよ?」


「それは心配ありません! リオンは死ぬまで……いいえ、例え不死鳥になってもお兄様を愛しています」


 スチュアート家では家人が亡くなると不死鳥に生まれ変わると言われている。

 だからスチュアートは死ぬことはない、と先祖代々から言い伝えられているのだ。


「これで不安はないでしょう? ですから、ケリード・ホースマン様!」


 リオンは椅子から立ち上がり、一層声を張り上げ、ケリードに向き合った。

 ケリードはその声の大きさと必死さに驚きながらも釘付けになる。


「どうか、私と結婚して下さい!」


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