第31話 決意
「急にスタスタ歩いていくと思ったら……」
「うるさいよ」
ニヤニヤと揶揄い口調で話しかけてくるのはアルフレッドだ。
ジェイス・ケラーの殺害現場から本日の捜査を切り上げて王宮に戻って来た。
今は報告書と捜査資料の整理をしている。
「誰かに見られる前に追い返そうとしたんだろ。分かってるぞ」
「本当にうるさいね。仕事してよ」
冷ややかな視線を送っても付き合いの長いアルフレッドには効果がない。
こういう時は無視するに限る。
「お前が唯一、人間らしくなる瞬間だよな」
それは一体、どういう意味なのか。
ケリードは苛立ちを滲ませながら作業を続ける。
王宮に戻ってからというもの、気の抜けた警吏の口から出てくるのが『シフォンバークの私服が可愛かった』と、これだけ。
呆れて溜息も出ない。
だから無能だと言われるんだよ。
仕事しろ。
ケリードは白い花束を持ち、祈るように立つリオンの姿を思い出す。
落ち着いたクラシカル色味のワンピースは神秘的な彼女によく似合っていた。まるで教会のシスターか何かかと思うほど洗礼された雰囲気で目を引いた。
何となく、人に見せるのが惜しいと思った。
人に見られたくなくて彼女が欲しいと思いそうな情報だけ与えてさっさと帰そうと思ったのに、結局彼女の姿に気付いた奴らの噂の的になっている。
ふうっとケリードは小さく息をつく。
そう言えば、彼女。今日は否定しなかったな。
この前までは自分とスチュアートの関係を否定していたリオンだが、今日は否定せずに何かを迷っている風な仕草を見せた。
恐らく、自分を信じて良いのか、迷っているのだろう。
彼女には時間がない。それに一番頼りにしていた人物は亡くなってしまった。
大きな支えを失ったリオンに手を貸して信用を得るには今しかない。
まるで人の弱みに付け込む悪党のようだが仕方がない。
彼女との溝を埋めるにはそれが一番効率的な方法だ。
ふと、彼女の指に巻かれた絆創膏を思い出す。
絆創膏を貼らなきゃならないほどしっかり痕がついたか、かなり痛むのかは分からないが、アルフレッドに指摘されて慌てて指を隠すリオンを思い出しケリードは口元を緩める。
男に噛まれたなんて、言えるわけないよね。
そう考えると堪らない気持ちが込み上げてくる。
次はどこに噛みついてあげようかな。
そんな風に考えていると目の前に報告書が置かれる。
「確認してくれ。大丈夫なら提出してくる」
アルフレッドから報告書を受け取り、目を通す。
「問題ないね」
「んじゃ、行ってくる」
「よろしく」
ケリードはアルフレッドに書類を渡す。
そしてアルフレッドがそっと耳打ちした。
「お前の睨んだ通り、あの男は怪しい」
真剣な声色でそれだけ告げると晴れやかな顔で部屋を出て行く。
「やっぱりね」
ケリードは子供ながらにそれしか考えられなかった。
子供でも想像できることなのに、十分な捜査がされないまま、捜査は遂に打ち切られてしまった。
怒りと悔しさが胸の中で渦巻き、身体に自然と力が入る。
落ち着け、今は昔とは違うんだから。
あの頃は何も出来ない子供だった。
でも今は違う。
後悔はもうしたくない。
ケリードは双眸を閉じて深く呼吸をして憤りの炎を鎮める。
瞼の裏に移るのは幼い少女の姿だ。
美しい金色の髪、ルビーのような赤い瞳がこちらを振り向く。
天使のような愛らしい笑顔を向けて自分の方に駆けてきて、抱き着いてくる。
抱きしめようとすれば少女の姿は炎に変わり、消えてしまう。
気分の悪くなるこの夢を何度見たか分からない。
もう絶対にそうはならない。
ケリードはそう決心し、深く心に刻み込んだ。
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