第30話 叔父との対面
翌日、ジェイス・ケラー弁護士が何者かに襲撃された事件が新聞に掲載され、様々な憶測が呟かれることとなった。
大貴族の顧問弁護士を務めていながら、彼の事務所は庶民派で市民達の訴えを汲み取り、尽力してくれる情に厚い弁護士が多く所属している。それもジェイスの人柄が優秀で優しい弁護士達を集めたと言っても過言ではない。
所属する弁護士達を始め、ジェイスを知る者達は心を痛めていた。
リオンは非番なので私服で寮を出た。
クラシカルなネイビーカラーのワンピースに動きやすい靴、目立ちたくないので帽子を被る。
「いたっ」
リオンは痛みが走った部位に視線を落とす。
昨日、金のジョーカーに噛まれた右手の薬指に服の繊維が引っ掛かって痛かったようだ。
「赤じゃなくて紫になってる……」
白い指は歯型がつき、薄い皮膚が一部分剥けて、内出血を起こしている。
正直かなり痛かった。
何の恨みがあるのだろうか、かなり強く噛みつかれたようである。
絆創膏を貼って歯型を隠し、未だに痛む指を擦った。
昨晩も訪れた場所に再びやって来た。
市民に混ざりながら事件のあった弁護士事務所の前に手向けの花を再び添えた。
昨晩よりも大きな花束を作ってもらい、既に置かれていた花達の横に並べる。
並べられた大量の花がどれだけ多くの人が彼を慕っていたのかを教えてくれた。
私のせいだ。
私と関わったばかりに彼は命を奪われてしまった。
後悔と自責の念がリオンを苛む。
必ず、犯人を見つけなければ。
今まで自分とシオンを見守り、支えてくれた彼に出来る唯一のことかもしれない。
リオンは下唇を噛み閉め、拳を強く握り締めた。
「君、本当に言うこと聞かないね。だから噛まれるんだよ」
耳元で声がして、反射的に振り返る。
ぱさっと地面に帽子が落ち、声を掛けて来た人物が帽子を拾って埃を払ってくれた。
そこにいたのは制服姿のケリードである。
「な……何で貴方がここにいるのよ」
この場所も、この事件も中央警吏の管轄だったはずだ。
しかし、その場にいたのはケリードだけではなく、アルフレッドや先輩隊員の姿もある。
しかし、驚くのはそれだけではない。
そこには叔父であるアルバート・コーナードの姿もある。
どうして? 叔父様は管理職で現場にはほとんど出てこないのに……。
「被害者はスチュアート家に関わりの深い人物だからね。女王陛下の命令でこの事件は王宮警吏と中央警吏の合同捜査になったよ。君には嬉しい話じゃない?」
リオンの心を見透かしたように、ケリードは聞いてもいないのに話してくれた。
その言葉に何て返せば正解なのか分からない。
しかし、ケリードとの今までの会話からリオンはスチュアート家の人間であるとバレている。
これを素直に認めるか、否か、リオンは迷っていた。
しかも、昨晩会った金のジョーカーも何故かリオンの正体に気付いている。
彼は銀のピエロがリオン・シフォンバークであるリオン・スチュアートだということにも気付いていた。
他にも気になる発言を残している。
彼は一体、何者なのだろうか。
目の前のケリードも何故、自分の正体に気付いているのか、とにかく気になることが多すぎる。
「今日の捜査の進展は次会った時にでも教えてあげる。だから今日はもう帰るんだ」
そう言ってケリードは拾った帽子をリオンの頭のふわりと乗せる。
そしてぐっと前が見えなくなるぐらい深く被せた。
「ちょっ、ちょっと! 前が見えないじゃない!」
「うるさいよ。ほら、さっさと帰って」
急に狭まった視界に抗議する。
帽子を深く被せられてもはや足元しか見えていない。
ケリードの手を退けて帽子を直すと、不機嫌そうな顔がある。
「貴方こそ、仕事に戻りなさいよ」
リオンは道行く女性達の視線がケリードに向けられていることに気付いた。
背が高いので目立つというのもあるが、やはり彼の整った容姿と知的な雰囲気に視線を奪われるのだ。
レンズ越しに見えるアイスブルーの瞳は不機嫌そうに細められているが、それでもどこか色っぽくて女であればついつい視線で負ってしまう魅力がある。
流石エセ王子。
見知らぬ女の子達が色めきだっているのを見てリオンは感心半分、呆れ半分で称賛したくなる。
「おや、そこにいるのはシフォンバークか?」
「え、リオン?」
突然声が掛けられ、ケリードがちっと小さく舌打ちした。
歩み寄って来たのは入隊以来、口を利いたことのないアルバートと同期のアルフレッドだ。先輩警吏も何事かと続々と姿を現した。
「お疲れ様です」
リオンが敬礼するとアルバートは穏やかな表情で頷いた。
「君もジェイス弁護士と知り合いだったのかな?」
「いえ…………市民の皆さんからとても好かれていたと聞きました。近くに用事がありましたので花だけでも、と思いまして」
アルバートの言葉を否定しながらも、心苦しくて胸が痛む。
あれだけスチュアート家に尽くしてくれた恩人との関りを否定することに罪悪感を覚える。
だが、知り合いだと答えたところで、突き詰めた質問をされれば上手く躱せる自信がない。
罪悪感に苛まれてリオンの表情は暗くなる。
「そうか……私は彼とは古い知り合いでね……本当に痛ましいよ」
アルバートの声も沈んでいる。
スチュアート家にいた頃からの知り合いだという。
きっと彼も心を痛めているに違いないわ。
リオンはアルバートの気持ちに同調して、ジェイスについて話したいと思ったが、それは出来ないのでぐっと堪える。
「中央と王宮警吏の合同捜査だ。君の力も必要だろう。よろしく頼むよ」
「はい」
アルバートはそれだけ言い残すとクルリと踵を返し、建物の中に入っていく。
「リオン、その指どうしたんだ?」
暗い雰囲気を断ち切り、明るい声を発するのはアルフレッドだ。
「こ、これは…………少し切れたの。書類で」
リオンは絆創膏の貼られた指を慌てて隠し、嘘をつく。
敵に噛まれたなんて絶対言えない。
「あれ地味に痛いよな。早く治ると良いな」
「そうね。ありがとう」
アルフレッドの言葉にリオンは素直にお礼を言う。
本当に、なんでアルフレッドはこんな嫌味眼鏡と仲が良いのかしら。
ケリードに視線を向けると楽しそうに目を細めてリオンを見ていた。
「……何?」
リオンの言葉にケリードは眉を顰めた。
「……別に」
別に、っていう顔じゃない。
何かあるのだ。あの顔はそういう顔だ。
リオンは確信するが、問い詰めたところで彼が答えるとは限らない。
「なぁ、リオン。今度の休み一緒にで……」
「行くよ、アルフレッド」
アルフレッドが何か言っている途中でケリードがアルフレッドの首根っこを掴んで引き、歩き出した。
「ぐえっ、まで! ぐびが……!」
呻き声を上げるアルフレッドを引き摺りながらケリードはこちらにちらりと視線を向ける。
黒縁眼鏡のレンズ越しにあるアイスブルーの瞳と視線がぶつかるが、すぐに顔を背けて逸らされてしまう。
ケリードとアルフレッドを追って慌てて他の先輩警吏も建物の中に姿を消した。
見張りの警吏だけを残してみんなが建物の中に入ったところを見ると今日の調査はこれから始まるらしい。
リオンは踵を返して建物から離れる。
『君、本当に言うこと聞かないね。だから噛まれるんだよ』
ケリードの言葉が蘇る。
どうして私が噛まれたことを知っているの?
彼はリオンに意味深な発言を繰り返している。
そしてどことなく、金のジョーカーと声や喋り方が似ているのだ。
「もしかして……」
リオンは建物の方を振り返る。
中にいるケリードの姿を見ることは出来ない。
もしこの推測が当たっていれば、彼と対等に話が出来るかもしれない。
リオンはそう思い、心を決めた。
いつまでも進展がないのは嫌。
もう私には時間がないのだから。
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