第2話 女警吏
あと一人、リオンは耳を澄まして薄暗い街の空気に意識を溶かす。
路地を堂々と駆ける複数の足音に紛れて、息を殺すように、けれども必死に逃れようとする足音が一つ、こちらに向かって来る。
すると耳に付けられた小型無線機が反応を示した。
『シフォンバーク、そちらに最後の一人が向かった。確保』
「了解」
微かに雑音が混ざる音の中に自分に向けられた指示に返事を返す。
そしてターゲットがリオンの守る路地を抜けようと姿を現した。
そうはさせない。
タンっと地面と靴の踵がぶつかる音が響く。
「ひっい」
リオンの姿を前にしたターゲット、白い仮面をつけた人物は建物の屋上から降り立ったリオンに分かりやすく怯んだ。
「な、何だ、お前ら!」
これからの自分に起こる事を予感しているのか、その声はみっともなく震えている。
「それはこっちの台詞」
リオンはちらりと仮面の人物の靴を見た。
男だな。
リオンの足よりもずっと大きい靴を見れば相手が女性でないことはすぐに分かる。
鼻から上を隠すタイプの仮面をつけていても男性的な声は隠せていない。
仮面をつけている人物は声や体格から男に間違いなさそうだ。
「不法侵入、器物破損、放火、窃盗に傷害、誘拐に監禁……これだけの罪から簡単に解放されると思うなよ」
リオンに睨まれて後退る男は声を荒げて言った。
「違う! 俺はただ頼まれただけだ! 誘われたんだよ、少しスリルのある遊びのつもりで……」
「その遊び心でどれだけの人の人生が狂い、命が脅かされたか分かってるの?」
男の無責任な言い訳には腹立たしさしか感じない。
こんな輩のせいでどれだけの人達の心に傷が付いたのかも露とも知らず。
これ以上相手をする気にもなれない。
そんなことを言っているうちに仲間の足音が聞えてきた。
次第に近くなる音に男も気付いた様だ。
「見苦しい言い訳は専門の警吏が聞いてくれるからあとはそっちに話してくれる?」
「くそっ! 俺は風の魔術が使えるんだ! どけ!」
男が叫ぶと同時に放たれた凶器は風の刃だ。
複数の風の刃がリオンを目がけて襲い掛かる。
「それが何?」
そんな照準の定まっていない攻撃が私に当たるはずないのに。
こんな脆弱な風刃はそよ風と大して変わらない。そして目の前の男はここまで逃亡する際に相当体力を消費している。
「知っている事は全部吐いてもらうから」
「ぐあっ」
放たれた攻撃を避け、男の背後に回り込んで腕を捻り上げ、呻き声を上げているうちにすかさず手錠を掛けた。
「リオン、無事か?」
同期のオズマーが中央警吏を引き連れて駆けつけてくれた。
「大人しくしろ!」
「ご協力感謝します!」
中央警吏が男を押さえつけると男はじろりとリオンを睨んだ。
「くそっ! 女の分際で! この俺にこんな事をして許されると思ってんのか! それも、女の分際で!」
この俺って誰だよ、お前。
リオンは爪先を振り上げて男の仮面を剥ぎ取った。
剥ぎ取った仮面がカランっと音を立てて地面に転がり落ちる。
スカートのプリーツが静かに揺れた。
「お、おい、リオン……」
オズマーが何か物言いたげな表情をしているがリオンは構わない。
「見たことないし、知らないな」
これといって特徴のない顔だ。眉だけは濃くて目立つ気がする。
「お前こそ、女の腹から出てきた分際でデカい口叩くなよ」
強い口調で言い放たれた言葉に男の目から感情が消えた。
「リオン、中央警吏が引いてる」
そして気付くと側にいたオズマー以外の中央警吏も遠巻きにリオンを見ていた。
「別に構わない。それより早くこの男を連行してもらえますか?」
リオンの声に中央警吏達が強引に男を立たせて連行していく。
『シフォンバーク、報告は?』
リオンの耳に付けられた無線機から報告を催促する嫌味な声が聞こえた。
オズマーも同様に無線機を付けているので同じ声を聞いている。
頷くオズマーにリオンは襟もとに付けられたマイクを引き寄せた。
「最後のターゲット確保。中央警吏に連行。テルード、シフォンバーク戻ります」
『了解、任務完了、全隊本部集合』
雑音の混ざる任務完了の合図にリオンは肩を落として息をついた。
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