第19話 魔王再戦

びゅうう、と激しい冷気が吹き付けて来る。まあ『常時魔力バリア展開』で殆ど何も感じはしないのだが。


「うわー、相変わらず物凄い吹雪だなあ。魔王ってやっぱり生き物じゃないんだろうな。こんなとこで何も食わず生きてられるんだもんな」


俺の隣でヒューゴが言う。


吹雪の向こうに薄っすら見える魔王は、相変わらず全く動かない。その姿を見ると、前回の手痛い敗北を思い出し、恐れが湧き上がって来る気がしたが、あの時から俺も少しは変われたんだ。ぐっと腹に力を入れて、踏ん張る。


俺はスキルをチェックした。ヒューゴからコピーした『火属性魔術スキル フレアサーヴァント』も『スキル マジックブラスター』も限界値を突破して、表示の色が青から金色に変わっている。『絶対防御』もだ。


これで倒せるだろうか。出来なければ、また他の男とセックスしなきゃいけないんだからな、何としてでもここで終わりにしたい。


俺は何度か深呼吸をすると、ヒューゴに向き直った。


「魔王は攻撃したやつに反撃して来るんだよな?俺がやるから、ヒューゴはちょっと離れた所に居てくれ」


「ああそうだな。分かった、俺はユキトのサポートに徹するよ」


ヒューゴが離れるのを見送った俺は、意を決して初めての攻撃スキルを発動した。

まずは、『フレアサーヴァント』からだ。


スキル発動を念じると、目の前に龍のような姿形の劫火が出現する。が、前にヒューゴの発動させたそれとは色が違って、今目の前に現れたそれは蒼い色をしていた。


俺は緊張で少し震える手を前に出し、魔王にそれをぶつけようと意図した。途端、蒼い焔の龍は一直線に魔王に激突、爆発する。


「くっ!」


耳を塞ぎたくなるような轟音と空気を震わせる衝撃が襲ってくるが、俺はすぐさま『マジックブラスター』の方も発動させた。反撃の隙も無いくらい一気に畳み掛けてやる。


目の前に銀色のロケットランチャーのような物が顕れ、おいおい、何かのゲームかよ、と思いながら俺はそれの引き金を引いた。現実の銃ではあり得ないが、反動もなくエネルギーの塊のような物が発射されて、まだ爆炎に包まれている魔王に着弾すると同時に、爆発する。


ビリビリと大気が震えた。


「や、やったか!?」


ヒューゴがフラグのようなセリフを言い放って、内心その言葉に汗をかくが、少しはダメージが入ったのかは気になる。


『遠見』スキルを使って爆炎の向こうの魔王を確かめると、体表が少し削れていた。抉られた表面は黒くなっているが、血の通った生き物のような感じはなく、無機物みたいだ。


「おっ!?俺の時よりダメージ食らってるぜ!ユキトもっと畳み掛けろ!」

「分かってる」


ヒューゴの言葉に、またフレアサーヴァントを発動させる。が、魔王も大人しく削られてくれるつもりは無いようで、ここでやっと反撃の黒い光線が飛んで来た。


反応が遅れ、また貫かれる…と思ったが、光線は俺に当たる前に逸れ、俺の真横を不自然に流れて行った。


やった!絶対防御が効いてる!


「すげえ!俺も加勢するな!」


様子を見ていたヒューゴもスキルを発動し、俺達は二人で攻撃を続けた…が。


「ら、埒が明かない…」


スキル発動に魔力とか体力なんかは関係ないという話だったが、何度もスキルを使っていると、どうにも集中力が続かなくなって来ていた。やはり精神的な疲労はどうにもならないらしい。


おまけに魔王の奴、せっかくダメージを与えても、あっという間に回復しやがる。


ヒューゴと二人で連続で攻撃して、やっと1/3位、魔王の身体を削れたと思ったら、すぐに元通りになった時にはかなり気力が削られた。


「わっ、やば!」


ヒューゴが魔王から発射される黒い光線を避けて、俺の後ろに退避して来た。一応俺の絶対防御は、黒い光線を通さなくはなった。


だけど、時間が経てば経つほど、その黒い光線が放たれる間隔が短くなって来て、今や全方位から俺達めがけてそれが襲って来ている。


前回出来なかったから魔王を鑑定したんだが、この黒い光線は『ダークレイ』という無属性の攻撃らしい。そしてHPとかMPの表示は無く、状態が表示されているだけだった。


俺が攻撃を仕掛ける前は『スリープモード』、ダメージを与え始めてからは『活動モード』、ダークレイをやたらに放っている今が『狂乱モード』。


「ユキト!一旦転移しよう!こいつがこんなんなったら、この後、極大の光線を放ってくる!それが当たったら体消滅するからな!」


「…分かった」


スキルでの攻撃も防御も、打つ手が無くなって来ていたから、俺はヒューゴに同意して転移を発動した。




「…はあーっ!疲れたなあ!」


神殿のいつもの部屋に戻ってくると、ヒューゴはそのまま床に仰向けに転がる。


俺も床にへたり込む。

疲れた。何度もスキルを発動すると、精神力がゴリゴリ削られる。HPやMPみたいな物が無くても、やっぱり無限に使えるものじゃないんだって、今回のでよく分かった。


「魔王のやつ、しぶとすぎだろ!今回は大分ダメージ喰らわせてやれたってのに、あんだけやっても即回復されちゃあな…まあ、前よりは手応えはあったけど、やっぱ俺らだけじゃ厳しいか…」


寝転がったままヒューゴが言う。


俺もそれは思っていた。ああ…やっぱり他の転移者の手も借りないとだめか。気は進まないけど…仕方ない。


「…行くか。居場所が分かってる転移者の所に。確か、ケレスって街だったと思う」


「ユキト…お前、無理すんなよ。嫌だったら、その、我慢する事ないんだからな」

ヒューゴが寝返りを打って、俺の方へ身体を向ける。


「無理はしないよ。我慢もするつもりはない。でもまずは会うくらい会ってみないとな」


俺はそう言ってちょっと笑った。


「何も会ってすぐ、セックスするわけじゃないんだし」


「…俺、複雑だ。なんか胸がモヤモヤする…こんなの感じた事ないけど、嫌なもんだな、これ」


ヒューゴが胸の辺りをぐっと掴んで、しかめっ面をしていた。


それを見ていると俺も胸がきゅっと痛む気がして、ヒューゴの傍に行くと、上から覆いかぶさるように手を付いて顔を覗き込んだ。


「なんて言ったらいいか分からないけど…俺とヒューゴの繋がりは、何があっても切れないから。…俺が他の転移者と体で繋がりはしても、お前とは心でもずっと繋がってく、って俺は思ってるから」


「ユキト―――」


俺を見上げるヒューゴの緑の目を見つめながら、俺は自分からそうしたいと思って、ヒューゴに口付けた。

不安そうな顔を見たら、安心させてやりたくなったんだ。


そのまま深く口付けて、ヒューゴの両手が俺の背中に回って、しばらくそのままくっ付いていた。俺の鼓動とヒューゴの鼓動が一つに合わさって溶けていくような、そんな感じがして、俺は胸が満たされる思いだった。


「―――ユキト」


しばらくしてヒューゴが呟く。


「俺も、お前が誰とどうなろうと、お前の事ずっと好きだからな。ずっと一緒にいる、それは何があっても変わらないから、安心しろよ」


「うん…分かってるヒューゴ」


「それと…」


「うん」


「…ごめん、勃った」


「…知ってるよ」


俺は体を起こすと、ヒューゴに跨ったまま笑った。全く、もう。けど、まあいいかな、って思って、今度は舌を絡めた、情欲を煽るようなキスをした。


「ん…」


ヒューゴも情熱的に舌を絡めて来てお互いの唾液が混じり合い、口の端から滴り落ちる。


一旦唇を離すと、ヒューゴの手が俺の体を撫でまわして、上のシャツを剥ぎ取った。


「はあ、エロ」


そうして上半身を起こすと、俺の背中を抱いて位置を入れ替え、俺を床に押し付ける。

そしてまた唇を貪って―――


突然、バアン!とドアが開いた。


―――え?


「大丈夫ですか!?魔王の所から帰って来られたんですよね!?」


開け放されたドアの向こうにいる、ルイと神官達数人と。俺達の目が合った。


「―――え、え?ええええ!?」


途端、真っ赤になったルイが顔を覆い隠して、狼狽えた神官達の顔も赤く染まっている。


もう、何の弁解も誤魔化しも出来ないな。半裸の俺に覆い被さって激しく口付けするヒューゴの姿なんて見られてしまっては。

俺はどこか冷静にそう考えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る