第7話 ニホンからの転移者サクラバ・ユキト② sideヒューゴ・ヴェルスター

俺を真っ直ぐ見ながらつかつか歩いて来るそいつを見て、俺はぽかんとしてしまった。


なぜなら、そいつが俺の世界でも、ここでも、見た事が無いような容貌をしていたから。


体格的には男だろう。背も俺ほどじゃないけど高い。でも顔が中性的っていうのか、ちょっと女っぽい感じで、凄い整ってる。おまけに髪と目の色が黒い。こんな色は初めて見た。


でもその色がそいつにすごく似合っているように思った。


俺が目を離せずにいると、そいつは言った。


「あの、あなたも異世界からの転移者ですか?僕も転移者で、さっきここに来た所なんです」


「ええええ!!」


俺はテンションがぶち上って、思わずその黒髪の男の肩を掴んで叫んでしまった。


だって、嬉しい。そりゃ話には聞いてたけど、実際まだ他の転移者には会った事が無かったし、同じ境遇にいるやつなんだ。きっと色々話も出来るだろう。


そいつはサクラバ・ユキトと名乗った。変わった響きの名前だ。さすが異世界から来た、って感じがする。


年は俺より年下かな。俺の世界では16が成人と見做されて戦いに駆り出されるようになるが、それは越えていそうだ。17,8才ってところか。


ゆっくり話がしたい、というユキトに賛成した俺は、神官長に会談用の部屋を借りる事にして、ユキトを案内した。


俺は興奮して終始テンションが高かったが、ユキトは年齢の割には落ち着いて、物静かな感じだった。


色々話していると、ユキトは俺の世界、エクシリアに興味があるようだった。


「ラプターって何なんですか?」

聞かれたので、


「俺達みたいな人種ルティンと外見は似てるが、他の世界から侵略して来た奴らだ。好戦的で油断できねえ相手だよ。もう100年以上戦いは続いてる」


と答えると、へえと目を丸くしていた。


ユキトは他にも色々尋ねて来た。エクシリアではどう戦うのか、移動する乗り物はあるのか、どんな人が暮らしているのか。


俺にとっては戦争ばっかりの辛い場所だが、知らない奴から見れば新鮮に映るのかもしれない。


逆に俺がユキトの世界の事を尋ねると、ユキトはそこがすごく平和な世界で、自分も戦ったりした経験が無い、と言った。


エクシリアにあるような技術も、ほぼあるようだ。自然も豊かだと言っていた。


俺のエクシリアとそう変わらない文明レベルなのに、平和だなんて、そりゃ天国だろう。うわあ、行ってみたいな。そう言うとユキトは笑って、僕の世界に来たら、ヒューゴさんはモテますよ、モデルや芸能人並みに美形だし、なんて事を言った。


それって何だ?と聞いたら、どうも、大勢の人達の前で歌ったり踊ったり話したりするだけで、人に喜ばれるなんて職業があるらしい。そしてそういう職業の人間は皆、容姿が整っているそうだ。


エクシリアじゃそんな仕事はないし、男女共にどれだけ戦えるか、強い精神を持っているかが魅力の基準だから、俺は自分の顔が美形だとか、見た目でモテるだとか考えた事も無かった。


誰かと恋愛関係になった事もない。性欲の方は定期的に発散はしていたけど、特定の相手はおらず、適当に見繕っていた。


つくづく、ユキトの世界は平和なんだな、と思った。だから、魔王倒したらホントに行ってみたいな、と言ったら、ユキトに、魔王は倒せそうか?って聞かれて、ぐ、っと言葉に詰まってしまった。


でもここでユキトと出会ったのも、転機だろう。二人でなら倒せるかもしれない。


だから正直に言った。

めちゃくちゃつええって。ボロ負けしたって。


ユキトは意外に冷静に受け止めていた。いやずっとこいつは冷静だ。エクシリアの話を聞いていた時には多少、年齢相応の顔もしていたが、最初からずっと顔色が変わらない。


平和な世界で平和に生きてて、いきなりこんな事に巻き込まれて、こんなに冷静で居られるもんなんだろうか。俺には分からない。平和な世界なんて、生まれてから一度も経験してないしな。


だから、ユキトは元々胆が座ってるタイプなのかなと思って、魔王の事を詳しく聞きたがるユキトに俺は言ったんだ。


「ちょっと、行って見てみるか?その方が早いだろ。どうせ俺らどんなダメージ受けても死にはしないんだし」


「え?あ、ああ…そうですね」


軽く答えるから、それならまあ、大丈夫かと思って、俺はすぐユキトを連れて転移した。

でもそれは大きな間違いだった。



俺はユキトが虚勢を張ってるのに気付けなかった。俺の方が年上なのに、戦いの場での経験も長いのに。


魔王がいつものように反撃の黒い光線を放って来た時、ユキトは反応が遅れた。


戦い慣れしてないから仕方ない。だから俺は自分の腕が犠牲になる事は承知で、ユキトを突き飛ばした。

多少痛いが、どうせすぐ生えてくるしな。


けど、俺に突き飛ばされたユキトは、消し飛んだ俺の腕を見て真っ青になっていた。

そしてよろよろと腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。


あ、これはまずいな。


そう思って、ユキトを連れてすぐに転移した。その数秒にまた黒い光線を喰らっちまったが、まあ痛いがどうせ死なない。


ユキトも喰らってたが、やっぱり死ぬ事はない。でも、声もなく目の光が失せて気絶しちまった。


「あ、おい!ユキト!?大丈夫か!?」


転移して来た、神殿の会談部屋の床に伸びてるユキトに俺は慌てて声を掛けたが、気絶してるんだから返事があるわけない。


俺は急いで神殿の客室にユキトを連れて行って、ベッドに寝かせた。服は穴が開いてダメになってたから、いつも良くしてくれてる神殿の小間使いの子、ルイに頼んで、服を持って来て貰って着替えさせた。


その時によく見てみたが、体に別状はない。さっきの光線で開いた穴もすぐ塞がったし、心臓も動いている。俺の体も同じくだ。


だが、さっきの様子を見るに、やっぱり平和に生きて来たユキトには衝撃的だったんだろう。自分の体に穴が開くなんて事は。


俺は元々戦いの中で生きて来たし、仲間が凄惨に死んで行く姿なんて慣れっこになっていた。ここでもすっかり慣れて、自分の体がどれだけ千切れようが、穴が開こうが、痛い事は痛いが、大したことじゃないと思っていた。


でもユキトの様子を見て、そういうのは、やっぱり普通じゃないんだなと改めて認識した。


俺にとっては当たり前で大した事は無くて、軽い気持ちでやってた事は、ユキトみたいな平和に生きて来た人間にとっては、青褪めて腰が抜けて気絶しちまうような、とんでもない事だったんだと。


ああ、なんで俺はそんな事を全然考えもしなかったんだ。

少し想像すれば分かったかもしれないのに。


軽い気持ちで、ユキトを魔王の所になんて連れて行って、あんな恐ろしい目に遭わせてしまった。


目を覚ましそうにないユキトに俺は強い罪悪感を感じて、見ていられなくなって、着替えてくる、と一緒に付いていてくれたルイに言って、部屋を出た。


神官長が与えてくれた、自分の部屋で着替え終わると、ルイがドアをノックしてユキトが意識を取り戻したと教えてくれて、俺はダッシュでユキトの所に戻った。


ドアを開けるとユキトがベッドの中でもぞもぞしていたから、脅かさないように、歩いて傍まで行った。ああ、ユキト、ほんとに悪かった。


「ごめん!!」

すぐに、謝罪する。


「…ヒューゴさん?」


掠れた声を出すユキトの体が、見て分かるくらい小刻みに震えていて、俺は青褪めた。


やっぱり、怖かったんだ。


気絶する位なんだから、相当ショックだっただろうとは思ったが、今もまだ震えるくらい恐怖を感じたのか。


それは、俺があんな事をしなければ、感じる必要のなかった恐怖だ。

俺が、ユキトに不用意に恐怖を植え付けてしまった。


「――――――!」


申し訳なさと罪悪感で、思わずユキトの震える体をきつく抱き締めてしまった。

少しでも安心して欲しくて、震えを止めてやりたくて。


「え?ちょっ」

ユキトが狼狽して少し力を入れて抵抗して来たが、俺は構わず抱き締め続けた。


そしてとにかくずっと謝った。許して欲しいとかそんな事は思ってなかった。


気が済むならいくらでも殴って貰って良かったし、煮るでも焼くでも好きなようにして貰って良かった。

とにかく、ごめん、と言い続けた。ほんとに悪かった。俺が、全部悪い。


そしたら、しばらくしてユキトの体の抵抗が抜けて来て、ユキトが抱き締める事を許してくれたのが分かった。


なんかちょっと嬉しくなってしまった。


泣きそうなのと、嬉しいのと何だか良く分からない感情が混じって、ますます力が入ってしまったかもしれない。


さすがにユキトも苦しかったらしく、もう大丈夫だから離してくれ、ちょっと苦しいと言われてやっと我に返って、慌ててまた謝った。


ユキトの体の震えは止まったけど、最初に会った時みたいな冷静な態度はどこかに行って、その顔は苦しそうに歪んでいた。


「ほんとに、僕は大丈夫です。それに、行くって言ったのは僕ですからね。それなのにあんな風に気を失ったりして、今もこんな風に…自分が情けなくて恥ずかしいです」


そう言うユキトの顔は、自分を責めて、悔しさを必死に押し殺そうとしているやつの顔だった。年相応の、俺がエクシリアでもよく見て来た顔だ。


感情が読めなかったユキトの心を少し見せて貰えたようで、俺は何だか嬉しくも感じていた。


「ユキト、そんなに自分を責めんなよ」


思わず、年下の仲間や経験の浅い後輩を慰めていた時のように、俺はユキトの頭に手を置いて撫でていた。


「…え」


「戦いも経験した事ない、ずっと平和に暮らしてたやつが、いきなりあんな目に遭わされて、平然としてる方がおかしいぜ。俺だって、16で初めて戦場に出た時は全身がずっと震えっぱなしだったんだ。おまけに吐いた。戦闘が終わった後だって、全身がガチガチで銃の引き金から指が離れなかった。誰だって、最初はそんなもんだよ。そんなに恥じ入る必要なんてないぜ」


俺の恥ずかしい過去の話をして、慰める。そう。誰だって最初は情けないもんだ。恥ずかしい事だって山ほどしでかす。でもそうやって経験を積んで強くなっていけばいいんだ。


そう思って、優しくユキトの頭を撫でていたら、ふいにユキトが恥ずかしそうに言った。


「…あの、もういいですよ。落ち着きましたから…僕もいい大人ですし」


年下扱いされて嫌だったか?

俺が18なら立派な大人だよな、子供扱いしちまったって謝ったら、ユキトは驚いた顔をした。


「…いや、俺、22才だけど…」


それを聞いた俺も愕然とした。

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