第4話 エクシリアからの転移者ヒューゴ
「ここがジルヴィアって所か…」
俺は目の前に広がる青い海と、海に沿って広がる港町を眺めていた。
今立っている丘にも海風が吹き付けて来ていて、潮の匂いを運んでいる。空を見ればウミネコみたいな白い鳥が沢山飛んでいた。
陳腐な感想だけど、黒い服を着て箒に乗った女の子が住んでいそうな街だ。
「はは、馬鹿みたいだ」
らしくない事を考えた自分に、笑ってしまった。
まあ、死んだと思ったのにいきなりこんな事になって、普通な精神状態じゃない事は確かだ。
とにかく街の中へ転移する。
広場みたいな所に着いた。
街の雰囲気は、やっぱり海辺の街のせいかフィネアとは少し違って、カラッとして明るかったし、気候も少し暖かいようだ。そこらに居る人間も露出の多い服装で、魔王の影響なんて全くないかのように、皆明るい顔をしていた。
同じ国なのに、場所が違うとずいぶん雰囲気が変わるものなんだな。
生きてた頃、海外旅行なんて興味もなくて行った事もなかったけど、旅行ばっかり行ってる奴の気持ちが、ほんの少しだけ分かる気がした。
さて、どこから探すかな。
と思って周囲を見回していたら、目の前の教会みたいな建物の扉が開いて、大勢の神官らしい人間に囲まれた背の高い男が出て来た。
途端、広場にいた奴らがキャーだのヒャーだの甲高い声を上げてどよめく。
「―――至高神エオルに遣わされた―――」
「―――あれが、勇者様!」
「素敵ねー!」
などという声が聞こえてくる。
至高神エオルに遣わされたって、あれが転移者の一人か?
まさか、こんなにすぐに見付かるなんて。
じっと観察するが、緩くウェーブの掛かった赤い髪に緑の目の、いかにも陽キャって感じの男だった。22の俺より年上に見える。
確かに整った見た目をしていて、若い女達が熱っぽい目で見つめるのも頷けた。
その赤い髪の男は笑いながら、周りの神官達に何か話している。
――――よし。
俺はつかつかとそっちに歩み寄ると、神官達を押しのけるようにしてその男の目の前に立った。
急に現れた俺を、そいつはびっくりしたように目を真ん丸にして見ている。
「あの、あなたも異世界からの転移者ですか?僕も転移者で、さっきここに来た所なんです」
単刀直入にそう言うと、
「ええええ!」
赤髪の男は大きな声を上げ、俺の両肩をがしっと掴んで揺さぶって来た。
何て力だ。頭がクラクラする。
「あんたも転移者なのか!?俺、同じ転移者に初めて会った!あ、俺ヒューゴってんだ!よろしくな!」
「…僕は桜庭幸人って言います。ユキト、って呼んでください。どこかでゆっくり詳しい話が出来ると嬉しいんですけど」
尚も俺を揺さぶろうとするヒューゴの両手を、さりげなく外しながらそう言うと。
ヒューゴは我に返ったように「あ、そうだよな!」と後ろを振り返り、神官の一人に「神殿の部屋使っていい?」と許可を取っていた。
「いいって!ほら、こっち来いよ!俺、半年前にここに来たんだ!転移者、ここじゃ俺一人だったからめちゃくちゃ嬉しいぜ!」
「へえ、半年前に」
こいつ、テンション高いな。見た目通りにうるさい。
内心辟易しながら相槌を打ち、一緒に神殿の建物の中に入ると、ヒューゴが先に立って奥へ案内してくれた。
「ほら、ここなら静かだしゆっくり話せるぞ!」
「そうですね」
重厚な扉を開けて中に入ると、音が響かない事に気付く。防音室とか、何か音が漏れないように細工してある部屋のようだ。
「ヒューゴさんは、どんな世界からどういう経緯でこの世界に来たんですか?」
ソファに座ると俺は早速話を始めた。
「あー、それな。なんかここに連れて来られた人達って、みんな死の間際だったって話だけど俺もそれ。俺の世界はエクシリアっていうんだけど、ラプターって奴らと戦っててな。俺は奴らの基地に侵入して、ある作戦を実行中にミスしちまってなー。致命傷を負ったんだ。んで、もう終わりだなって思ったら真っ白な空間に居て―――」
ヒューゴが語ったのは、俺と同じような体験だった。
違うのは、ヒューゴは攻撃系のスキルをいくつも貰った事だ。相性の良かった炎系の魔術スキルと無属性のマジックブラスター(魔銃)というスキルを得たらしい。
ヒューゴの居たエクシリアは中世ファンタジー世界ではなく、近未来SF世界という感じだった。銃があり、魔法はなく、防御機能の付いたスーツを着て戦い、空を飛んだり海に潜る乗り物もある。
地球とそう変わらない文明レベルだと感じた。地球でも紛争地帯はあるしな。
「まあ、俺のはそんな感じだな。ユキトはどんな世界から来たんだ?」
話し終わったヒューゴが、ふうと息をついてソファの背もたれに体重を預ける。
「僕は地球っていう星…世界の日本って国からです。ちょっと、事故で死にそうになって、あとはヒューゴさんと同じ感じです」
同じ転移者とは言っても初対面の相手だ。俺は詳しい話は省いた。
「へえー。そのチキュウ?ニホンってどんな世界なんだ?」
やっぱりヒューゴも別の世界の事は興味あるらしい。目を輝かせて聞いてくる。
「基本的には、さっき聞いたヒューゴさんの世界と似てると思います。乗り物も、銃とかも似た感じですし、戦争もしてる国もありますし…でも殆どが平和な世界で、僕はその中でも特に平和な国で生活していました。だからヒューゴさんみたいに何かと戦ったりした事はありません」
「へえー!俺のと似た世界かあ!でもその年…ユキトって成人してるんだよな?で、戦った経験が無いなんて、俺の世界じゃ考えられないから、やっぱりそっちは凄く平和なんだなあ!へ~、行ってみたいな!」
興味津々で子供のようにはしゃぐヒューゴに、俺は思わずふ、と笑った。
「僕の世界に来たら、きっとヒューゴさんは物凄くモテますよ。モデルとか芸能人になれそうなほど美形だし」
「モデル?芸能人?」
俺がどういうものか説明するとヒューゴは、あはは、と笑った。
「俺、そういうの絶対向いてねえわ!なんかヘマしそうだしな」
いや、ヒューゴの場合、逆にそれがウケて人気出そうだ。そう言ったが、無理無理!と笑われた。
「でも俺、ホントにユキトの世界行ってみたいな。魔王倒したら自由にしてくれるって話だもんな。ユキトもそう聞いただろ?」
「あ、はい。そうです。そういえばヒューゴさん、魔王は倒せそうですか?僕は今日来たばかりでまだ魔王の事詳しく知らないんで、教えて貰えると助かります」
俺がそう言うとヒューゴは頭をがりがり掻いて、気まずそうな顔になった。
「あ~~魔王ね、うん…」
何か嫌な予感がするな。
「いやね、行くのは行ったんだよ。魔王の居るところ。めっちゃくちゃ寒くて、ありゃ生身の普通の人間が足を踏み入れたら即、凍死するな。でも俺はスキルのおかげで大丈夫だったけど、その魔王がさ…」
ヒューゴはそこで一旦言葉を区切ると、真顔になって俺に言った。
「めちゃくちゃつええんだわ。無理。勝てねえ。つぅか、ボロ負けした」
予想通りというか。やっぱり強いのか。管理神の奴が攻撃系のスキル無しじゃ絶対無理と言ってたしな。でもそのスキルを持ってるヒューゴですら、ボロ負けか…
「え、じゃあどうやって帰って来たんですか?戦闘中でも転移使えるんですか?」
俺が尋ねると、ヒューゴは首筋をさすりながら目を閉じた。
「転移は使える。俺ら、あの管理神ってやつに不死身にされてるだろ。だから致命傷負っても即座に回復するし、万一、転移を使う暇もなく、細胞の欠片一つ残さず消滅させられたとしても、気が付いたら魔王のとこに行く前の街に、五体満足で復活してるんだよ。だからボロ負けしても何度でもまた戦いを挑めるんだ。体の方は、って話だけど」
…何だそれ。何てバッドエンドループだ。分かってたけど、死んで終わりにする事も出来ないのか、くそ…
俺は内心歯噛みした。
「ということは、もうヒューゴさんは何度も魔王に戦いを挑んで、負けて、体も消滅した事があるって事なんですね?」
「まー、そういうこと。さすがに10回超えると、ちょっと心の方が疲れて来たっていうか。だから最近は少し挑戦するの休んでたっていうかー」
はあ、とヒューゴはため息を付いたあと、俺を見て微笑んだ。
「そういう時にユキトが来てくれたんだ。一人だと全然ダメだったけど、二人いれば勝てるかもしれないよな」
俺は真っ直ぐなヒューゴの目に応える事が出来ず、視線を彷徨わせてしまう。
「そう、ですね。けど、僕、管理神にスキルを貰う時にちょっと色々あって、攻撃系のスキル全然持ってないんです」
「――――え?」
ヒューゴの笑みが消えて、ぽかんと間抜けな顔になる。
「ま、まさか!だって攻撃系のスキルが無いと絶対勝てないって言われなかったか?それなのに、何もなしでここに放り込まれたのか!?いくら何でもあいつ、鬼畜過ぎじゃねえか!やっぱりとんだ糞野郎だ!」
管理神とのやり取りを思い出したのか、立ち上がって怒り出すヒューゴ。あいつって誰にでもあんな風だったんだな、やっぱり。
「えーと。全く何もない訳じゃないんです。防御系のスキルは充実してますし、攻撃に使えるスキルも一応――――あります」
男に中出しされてスキルをコピーするなんていう、とんでもないゴミスキルがな。
ああ、言いたくない。
「あ、そうなのか?じゃあ、大丈夫か?あー…なんだ、びっくりした」
ヒューゴは戸惑っていたが、落ち着いたようでソファに座り直した。
「そ、それより、魔王ってそんなに強いんですか?」
「あー…そうだな。まず、ヤツにはなぜか俺の
そんなにか。だからなのか?
「魔王ってどんな姿なんです?」
「うーん、そうだな…」
ヒューゴは何か考えているようだったが、俺をちらっと見てこう言った。
「ちょっと、行って見てみるか?その方が早いだろ。どうせ俺らどんなダメージ受けても死にはしないんだし」
「え?あ、ああ…そうですね」
この時軽い気持ちでそう言った事を、俺はあとで後悔する羽目になった。
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