第3話 フィネアの街

「うわあああああ!!?」


唐突な浮遊感と猛烈な風圧を体に感じながら、見渡す限りの樹海に向かって落下して行く。

耳元で風が煩い。


高度何メートルだ?青い空、遠くにちらりと見える銀色の反射、いや、そんな観察してる場合じゃない、もう木々が目前に迫って来て――――!!


「―――――!!!」


思わずぎゅうっと目を瞑った。

けど、思っていたような衝撃がいつまで経っても来ない。

恐る恐る目を開けると、俺は丸い膜のような物に包まれて、地上から数メートルの位置に浮かんでいた。


――――スキル『絶対防御』。そう頭に浮かぶ。


どうやら、スキルのおかげで無傷で済んだらしい。膜がゆっくり消えると、俺の体もゆっくり地面に近付いて、まったく衝撃もなく降り立つことが出来た。

でもまだ心臓がドキドキしている。


「――――クソ!あいつ!何の説明もなしにいきなり落としやがって!」


俺は収まらない怒りで地面を蹴飛ばそうとして自分が裸のままな事に気付き、慌てて『無限収納』から管理神がサービスしておく、と言っていた服を取り出して着た。


何という事もない、普通の白いシャツとベージュのチノパンみたいな服だ。

自分の体をチェックしてみるが、生前と全く変わらないように見えた。


周りの森からは、時折鳥のさえずりが聞こえるだけで、とりあえず身の危険はなさそうだ。この世界の金もある。

他の転移者って奴を探すにしても、まず情報を集めなきゃならないだろう。


悔しいがあいつの言う通り、スキルの使い方は意識を向けると自然に浮かんで来た。


「はぁ…仕方ない、やるか」


俺は溜息を付いて気持ちを切り替えると、スキル『探索』を使って、街のある位置を調べた。


ここから右手の方向にしばらく行った辺りにあるようだ。今度は『転移』を使ってそこに移動する。本来は知った場所に移動するためのスキルだが、『探索』や地図で位置を確認出来れば、跳べるようになるみたいだ。


あっという間に俺は、ラノベだとかゲームによく出てくるような、石造りの中世風の街の前に居た。


「……」


悪い夢が続いているような気分で街の中へ入る。


一応ホストとして仕事をしていたから、流行りは押えていた。

今の俺の状況は、まさに『異世界転移』というヤツだろう。

クソみたいなスキルだが、一応チートと呼べるようなスキルも手にした。


俺自身は異世界転移?チート?こんな事になっても全く嬉しくも楽しくもないし、あの管理神とかいう奴にも憤りしか感じないが、後輩のリョーマなら喜んだかもしれない。


何しろあいつはこの手の話が大好きだったからな…


バックヤードで会うたび、流行のラノベの話をしていた人懐っこい姿が脳裏に過ぎって、ほんの少しだけ気持ちが和んだ。


とにかく情報だ。


俺は店がたくさん並んでいて、賑わっていそうな路地を歩き出した。

まるで東南アジアの、屋台がたくさん集まっている通りのような雰囲気だ。

時間は昼頃だろうか。

甘辛い匂いや香辛料の匂いのたちこめる路地が、現地の人間でごった返している。


…確かに。


あの管理神が言ったように、俺のような黒髪黒目の人間は居ない。皆、西洋人ぽい顔立ちで、髪の色も金、銀、茶、緑、赤、青と物凄くカラフルだ。


なるべく目立たないようにしていたが、無理な話だった。

やっぱり、この世界にはいないという俺の髪色が目立つのだろう。

さっきから物凄く見られている。


ああ、鬱陶しいな…

だが仕方ない、注目を集めているのならそれを利用させて貰う。


いかにも現地のおばさんという風情の、賑やかそうな店主の屋台の前で俺は立ち止まって、

微笑みながら尋ねた。


「こんにちは。美味しそうですね、これ、どうやって食べるんですか?」


ずっとやっていたから、人と接する時には自然にこんな風になってしまう。

体に染みついた営業用の仮面。

どっちみち、短い間しか共に過ごさない相手には、これで充分なのだ。


「あら、お兄さん!やっぱりどこか他所から来たのかい?」


おばさんは目を輝かせている。やっぱり俺に興味津々で仕方なかったようだ。


「ああ、そうなんです。ここには僕みたいな人は居ないんですね。初めて来るので、何も分からないんです。色々教えて貰えるとすごく助かります」


そう言って笑みを作ると、おばさんは堰を切ったように色々話し出した。


最初は、この街はフィネアの街と言って王都の南にある小さい街だとか、特産物がピールという果物で今の時期がちょうど旬だとかいう話ばかりだったから、魔王の事に水を向けてみたら、やっと役立ちそうな話になった。


「魔王が出現してから、王都の北方は気候も変わっちゃってねえ。1年中ものすごい雪で、みんな往生してるらしいよ?」

「そうそう、これじゃ生きて行けないってんで、王様が兵士を派遣したものの全滅してさ。今までに魔王に挑んで帰って来なかった者の数は1000を越えたらしいよ」

「ここらはまだ大丈夫だけどこれ以上魔王の脅威が広がるようなら、うちも避難するつもりだよ」


話している内に、他の屋台の店主まで加わって来て口々に話をし始めたから、この一角が凄い人だかりになった。


「この世界に他の世界から転移して来た人達がいるって聞いたんですが」


そう聞くと、別の屋台の店主の男が興奮したように言った。


「そうなんだよ!信じられねえけど、至高神エオルに遣わされたらしいよな。今の所3人いるらしいぜ!」


至高神エオルってあの管理神の事じゃないだろうな。あんなのでも、この世界の人達にとっては神か。まあ、どうでもいい事だが。


「今どこに居るかご存じですか?」


「俺、知ってるぞ!」

また、別の店の店主。


詳しく聞くと、このフィネアの街から西の方にある街ケレス、遠い東にあるジルヴィアに居る事は分かっているらしい。後の一人は不明だとの事だ。


2人の居場所が分かっただけマシか。俺は地図を売っている場所も聞いた。正確な場所が分かれば転移で行けるからな。


人が集まり過ぎた。さっさと退散しよう。

俺は最初のおばさんの屋台でピールという果物を2つ買って礼を言うと、その場を急いで離れた。


♢♢♢


地図を買って、街の中心スポットらしい噴水の縁に座って位置関係を確認する。


今いる街フィネアは、地図で見るとちょうど真ん中から下半分くらいの所にあり、少し上にこの世界の中心都市だという王都レオグランスがある。魔王がいるのはそのずっと上の北の荒廃した土地らしい。


さっき聞いた転移者のいる場所を確認すると、ケレスって方は割と近かった。フィネアの左隣、人差し指1本分くらい離れた所だ。ジルヴィアは右の端の方にあり、この世界の移動方法だと半月は掛かるそうだ。まあ転移ならどっちにしろすぐだけどな。


俺はちょっと空腹を感じて、さっき買ったピールの皮を剥くと、中身を取り出して口に入れた。


死んでいいって思ってたのに、いざ生きてると腹も減る。

(さもしいな、俺)

自嘲気味にふっと鼻で笑った。


ピールは蜜柑みたいな見掛けで皮もそんな感じで剥ける。けど中身は林檎みたいな見た目で、味はマンゴーっぽいという、色々複雑な果物だった。


…意外と、美味いけど。

また地図に目を落としながら、聞いた情報を整理する。


魔王が出現したのは2年前で、出現場所から徐々に気候が荒れて来て、今じゃ北の土地は年中雪に閉ざされて踏み込むのも命がけらしい。今のところ魔王はそこから動いてないみたいだ。

魔王がどんな姿をしているのかは、分からない。

というのも、魔王と対峙して帰って来た人間がいないからだそうだ。


「…あれだけスキルを大サービスで貰った転移者がもう3人もいるのに、まだ魔王が倒せてないって、相当強いって事なのか?」


それとも、転移者がここに来たのは最近なのか?

その辺の事、詳しく聞いてなかった。


最悪なのは、転移者3人でも敵わないほど魔王が強くて倒せていない場合だ。


おいおい、大丈夫なんだろうな。倒せなきゃ俺ら、ずっとここから出られないんだぞ…


「まあ、とりあえず会って話、するか。…遠い方から」


スキルコピーの件は今は考えたくない。とにかく会ってから考えよう。


俺は転移を発動してジルヴィアに移動した。

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