ヴィアレット家物語 執事とメイド達との話

Yuna=Atari=Vialette

Night of chrysanthemum 菊の日の夜

 9月9日、重陽の節句。

 3月の雛祭り、7月の七夕に比べ近代の日本ではあまり目立つ節句では無くなってしまったが、宮中では中国より伝来して以来非常に縁起の良い日とされている。別名は「菊の日」とも言われ、本来9月は旧暦の10月であり、菊の最も美しく咲き誇る時期にあたる。菊は「仙境に咲く霊薬」として、邪気を払い長寿の効能があると信じられ、菊を浮かべた酒を飲んだり、または湯に浮かべたりしてその芳しい香りを楽しんだと言われている。また宮中では菊の着せ綿といい、菊の花に真綿を被せ宴が開催される朝に菊の香りと露を含んだ真綿を使用し、顔や体を拭いて無病息災を祈ったという。

「それはそうと、今日私誕生日なんですよね」

 朝の仕事を終えた執事やメイドたちが集まる9日の昼頃。シルヴィアは霧島やグスタフ、ジャン達SPの面々と昼食を摂りながら唐突に口を開いた。

「え、そうなん」

「おめでとうございます」

 霧島とジャンが昼食を食べ進める手を止めてお祝いの言葉を述べた。

「おめでとう。そういえば青雪も今日が誕生日だったね」

 グスタフは思い出すように一瞬上を見上げると、今度は下をちらりと見つめた。相変わらず青雪はほとんどの時間を地下の金庫で過ごしている。

「ありがとうございます。まぁ実のところ、正確な誕生日かは分からないんですよね。あくまで戸籍上はというだけで」

 シルヴィアは小さくため息を吐きながら答えたが、その顔には概ね満足といった様子でいつもより表情が和らいでいる。

「そういえば結局霧島さんの誕生日もできませんでしたね」

 ジャンの言葉に霧島が飄々とした態度で、手にしたフォークを弄んでいた。

「あの日はちょうど出張だったからなー。出先で一人寂しくあんパン食ってたわ」

「悲しすぎませんかそれ」

 霧島の悲しい告白にシルヴィアがやや引きながら答えた。

「まぁまぁ。今日の夕飯は菊の節句のためにご馳走が揃っていますから、合同で誕生日会でも致しましょう。ケーキも今から言えば作ってもらえるかもしれません」

 ジャンの提案に3人は頷いて再び食事を始めた。


 リーンリーン

 9月に入ってからの夜は、これまでの暑さが嘘だったかのように快適で涼しく、あれだけけたたましく鳴いていた蝉に代わって鈴虫の音が響いていた。

「随分と過ごしやすくなったわねぇ」

 夕食を供するためにロビーへと降りてきたゆなが廊下を歩きながら鈴虫の声に耳を傾けながら言った。

「今年は暑さが続かなくてよかったね。ゆなは熱いのに弱いから」

 ゆずるがゆなの手を引きながら答えた。

「お兄様は意外と平気よね。私も運動した方がいいのかしら」

「弓は最近していないの?」

 ゆなは藪をつついてしまったようで、口元に手を当てて曖昧な笑顔を見せた。

「さぁ、どうかしらね。それにしても良い香りね」

 明らかに話をはぐらかされたことにゆずるは小さくため息を吐いたが、ロビーの前まで来ると、確かに芳しい香りが微かに漂ってくる。双子の姿を見てすぐにメイドの棗が駆け寄り申し訳なさそうに頭を下げた。

「これはお嬢様、お坊ちゃま。申し訳ありません。すぐにお呼びに伺うところでしたのに」

「いいのよ。ちょっと渡したいモノがあって先に降りて来ちゃっただけ」

「左様でしたか。まだ少しお時間を頂きますが、先にお席で菊酒をいかがでしょう」

「そうね。あ、あとシルヴィアと青雪と霧島を呼んでもらえるかしら」

 「承知いたしました」と棗は答えると、双子を席へと案内し3人を呼びに離れた。双子は菊の花弁を浮かべたガラスの酒器を傾けながら、すでに飾り付け終えた部屋を見渡していた。壁や設えられた間仕切りには茱萸嚢しゅゆのうや飾り玉が吊されており、他には壁やテーブルに竹製の一輪挿しや花器が添えられ、いつもは落ち着いてシックな雰囲気のするロビーに明るい黄色の花がポツポツと外灯が光るように咲いていた。

「お嬢様、お坊ちゃま!お呼びですかー!」

 そんな静かな雰囲気を一変させるような声がロビーに響いた。見ればシルヴィアがまるでマラソンでもしてきたように息を切らせながら、ゆなとゆずるの席へと歩いてきている。その後ろには青雪も着いてきているが、無理矢理に手を引っ張られて引きずられているようだった。

「あら、霧島は一緒じゃ無いのね」

 ゆなは二人しか来ていないことに気づいたが、

「もう来てるぜ」

 いつの間にか霧島は向かいにある空いたテーブルに席に着いて椅子をシーソーのようにして寛いでいた。

「貴方たちは相変わらずね」

 ゆなは個性の強い執事とメイド達の振る舞いにやれやれと遠い目をした。3人はようやくゆなとゆずるのテーブルの傍に揃った。

 「まぁいいわ」とゆなが言って兄に目配せをすると、ゆずるは懐の内ポケットから3つの小さな袋を取り出した。紫のベルベットの生地でできた巾着袋で、ゆなはそれを受け取ると3人の前に差し出した。

「手慰み程度だけど、作ってみたわ。良かったら受け取ってちょうだい」

 ゆなの言葉に、3人は少し戸惑った様子を見せたが、すぐに我に返って袋を受け取った。

「シルヴィアと青雪は今日誕生日でしょう。霧島はこの前渡そうと思ったけど屋敷にいなかったからね」

 袋の中には、それぞれ歯車の部品や石をあしらった髪留めやラペルピンが入っていた。細工と言うには拙いが、宝石が煌びやかに輝いており、なかなかに高価な物だと分かる。霧島と青雪は珍しくしおらしい様子でお礼の言葉を述べた。

「ありがとうございますお嬢様、お坊ちゃま」

「あんがとなー」

 しかし、一人シルヴィアだけは何も言わず俯いてじっと髪留めを見つめていた。

「どうしたのシルヴィア。黙っていてはお嬢様とお坊ちゃまにしつれ・・」

 様子のおかしいシルヴィアに傍にいた棗が肩を叩くと、

「ようぅっしゃああああああ!!!!!」

 シルヴィアは高く両手を挙げて膝をつくと、どこかの監督の撮った戦争映画のワンシーンのような姿で雄叫びをあげた。

「大事に致します!お嬢様お坊ちゃま!!」

 シルヴィアは見たことの無い満面の笑みで髪留めを胸に抱いて喜んだ。ゆなとゆずるは一瞬面食らってしまったが、そこまで喜んで貰えたのだと分かると満更でもないといった様子で席に着き直した。

「さて、そろそろいい時間だし、夕食にしましょうか」

 ゆながそういうと、準備をしていた執事とメイド達がぞろぞろと料理を運んできた。なかには3人のためのケーキも用意されていた。

「今日は豪華な食事だね」「ホントに」と双子が言うと、つつと棗が二人の傍に立った。

「あー、こほん。お嬢様、お坊ちゃま」

 変な咳払いをしつつ、棗はもじもじと手遊びをしながら言った

「実は私も再来月に誕生日でございまして・・。いえ、決してお嬢様とお坊ちゃまのお手を煩わせるつもりは一切ございませんが・・。その・・」

「覚えてるわ。棗もプレゼントがあるから待ってなさい」

 ゆなは旬の料理に舌鼓を打ちながら、笑ってそう答えた。棗は礼の言葉を述べるとその場を離れたが、るんるん気分といった様子で小さくスキップをしていた。

 その後も、何かと執事やメイド達が二人のそばに立っては、「実は私も・・」「実は・・」と不振な動きをするのだった。

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