第878.5話 ブラック(?)・ワークス
「省院長、今朝聖教会に届けた申請……もう回答が届きました……」
「あら、珍しいわね。あの『議論好き』さん達が、こんなに早く結論を出してくださるなんて」
「各公邸の町の教会で神像を撮影して、それが聖教会の聖画になるんですよ。議論するまでもなく、皆さん全員一致で賛成でしょう」
「まぁ、家門の加護神ですものねぇ。あら、なんだか撮影の順番を教えて欲しいなんて書いてあるわね」
「神像を綺麗にしたいのでしょうかね?」
「聖堂全部じゃないですかね。でもいいんじゃないですか? 古い教会が多いですから、これを機会にちゃんと点検して修繕もできるでしょう」
「そうですねー。古い教会でも歴史がどうのとか伝統がどうのとか理由を付けて、なかなか修繕申請などしない司祭が多かったですからねぇ」
「あら、そうなの?」
「ええ、結構あちこちに予算の確認とか、修理費用の試算を出したりしなくちゃならないし、王都まで何度か赴いての申請も必要があるじゃないですか。そういうのを面倒がって、自分のいる間は【強化魔法】とか【耐性魔法】の付与をする程度で誤魔化そうとする方々も多いんですよ」
「そうそう……僕の祖母が暮らしていた町の教会でも、そんな司祭や神官ばかりだと嘆いてましたね。算術が得意な司祭や神官がいる教会ですと、そんなこともないみたいですけど」
「いや、算術だけでもダメだと思うよ。事務仕事を嫌がらない神官や神務士がいないとね」
「教会関係者に俗っぽい欲望がないのはいいことだと思うけど、そういうのも困るわね」
「ですが、今回の『聖画』として一番先にシュリィイーレ教会に掲げられるのが『迎祠の儀』を迎えたばかりのラステーレ教会ですから、その真新しくて美しい聖神三位像に負けてはいられぬと聖神司祭様方はかなり強く洗浄や修復に乗り出されるはずです。教会施設管理統括院のキリエステス院長もお喜びなのでは?」
「そうね……うちも叔父様が張り切っていらっしゃると思うし」
「そういえば、カタエレリエラのサクセリエル教会とルージリア教会から『教会内撮影許可』を求める申請が既にあったと、キリエステス卿から伺ったのです。こちらに撮影機貸与の連絡が来ていないかと……」
「流石に素早いわね、あのふたり。きっとタクトさんのお友達が訪れる予定だと話していたから、彼が『撮影』できるように準備しているのかもしれないわね」
「省院長ーー」
「あら、何かしら?」
「今……新規の承認依頼……預かって参りました……」
「また、なのね。タクトさん、もう少しのんびりしてくださらないかしら」
「それが……ちょっと不思議なものまでございまして。これです」
「『俗語辞典』作製……?」
「皇国語ではなく、他国の言葉のようです。マイウリア……と言うか、ミューラとアーメルサス、ヘストール語まであります」
(これ……どうやら、何かあったのかもしれないわね……確認しておかなくちゃ。セラフィラント? いえ、ウァラクかしら?)
「それと、ティエルロードから『一般家屋用魔法付与と魔法石板による同所での複合付与』……は?」
「な、何よ、それっ? 同じ場所で違う付与魔法を……石板で?」
「できるんですか? 同所だと……あ、白属性との組み合わせですか。それなら可能ですよね」
「【耐性魔法】と【強化魔法】と【洗浄魔法】【浄化魔法】は、当然のように組み込まれて付与されているみたいだけど……それじゃないわね」
「……四つだけでもかなりの高難度ですよ?」
「それ以外を『石板』で……ってことですか?」
「既に魔法が展開している場所で、いくら別方式だといってもできるものなんですか?」
『……それらの魔法付与の施された室内を『湯場』として使用するために、石板への魔法付与と方陣を用い以下の魔法を同所にて同時に発動、展開が行われる……』
「【制水魔法】と【風制魔法】を使いながら『清浄の方陣』と『湧泉の方陣』も発動させているという石板……」
「待ってっ! それだけでも変っ! どうして、ふたつの魔法とふたつの方陣が同じ石板で一緒に動くのっ?」
「えっと……タクト様の言によりますと……『石板には表と裏があるから』……だそうです」
「どうやら、置き場所が狭いので『違う性質の石を貼り合わせてそれぞれに付与している』みたいです」
「そんなことをして……どうやって魔力を保持して放出魔法を支えてるのよ……」
「『貼り合わせる中央に磁力のある金属を埋め込み、その磁界の向きで出力の方向を……』すみませんっ、読んでてもさっぱり解りませんんんっ!」
「あ、こっちの水を湯にする石板の方は解りやすいですよっ!」
『【水流魔法】と『
「……どこが、解りやすいの?」
「申し訳ございません、気のせいでした」
「付与ではなくて方陣を使ったということは……これって、何度も繰り返し起動できる……ということですか?」
「その通りね。今までの神具も確かにそういうものはあったけど、ティエルロードの報告書には『一箇所に触れただけでその全てが稼働し、その部屋から退出するとすぐに【清浄魔法】が発動されて浄化が終わったら自動的に魔法が終了する』と書かれているわ。普通なら『付与された魔法は魔石の魔力供給が切れる』か、止めたいのであれば『魔石を外してしまう』という操作が必要になる。だけど『ただ部屋を出ただけで魔法が止まる』なんて……あり得ないのよ」
「つまり、魔力検知をしていて、その部屋から『指定した魔力が感知できなくなったら発動が止む魔法』を付与した部屋……ですよね?」
「それって、越領時に使用されている鑑定板とか、国境検問での識別版並みの魔力検知精度じゃないですか!」
「そんなものを……一般家屋で利用……しかも『湯場』で……」
「「「「……」」」」
「……止めましょう」
「「「え?」」」
「そういう『なんでこんなことができるのか!』と驚愕することには意味がないわ。タクトさんはできてしまうのよ! だったら、できるという事実に驚くのではなく、どうやったらこの魔法技術を他に応用したり、他の者が使える魔道具に落とし込めるかを考えるべきだわ!」
「「「は、はいっ!」」」
「……あのぅ……」
「今度は何っ!」
「レイエルス神司祭から……先ほど渡し忘れてしまったので……と。タクト様の母君様がお作りになった、
「それは、大歓迎だわ。そうね、焦ってもしょうがないわね。まずは、お茶にして落ち着きましょうか」
「「「「はいっ!」」」」
((((これを食べ終わったら……また休む暇なしかも……ゆっくりといただこう))))
(……かんほさいか……って何かしら? あら……美味し。そうだわ、そろそろタクトさんにお渡しする『報酬』……各領地で手配されているはずだわ。届いたらまた、とんでもないものができあがって来てしまうかもっ!)
「さっ、皆さんっ! ぐずくずできませんわっ! 取りかかりますよっ!」
「「「「……はいぃ……」」」」
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