第824話 白森考察

 皆さんが色々と俺や俺の作ったものなどについての質問を投げ掛けてくる中、何も言わずに少し遠くから俺を見ていたビィクティアムさんが神典の話を持ち出す。


「タクトは『人々の降り立った白き森の大地』が、シュリィイーレの白森だと考えたことはないか?」


 ビィクティアムさんは『タクトは』と俺個人の考えを聞く振りをして、ニファレントではどう神典を捉えていたか、ニファレントにあった神典にその文言があり『起源が同じか』を聞き出そうとしているのだろう。

 ならば、俺としては『俺の意見はニファレントの神典とは関係ない』と注釈を入れねばなるまい。


「これは飽くまで俺の個人的な見解と『皇国の神典』についての意見です」


 ニファレントについては何ひとつ、肯定も否定もしてはいけない。

 主語は絶対に『俺個人であること』で、内容については『皇国の神典の解釈であって他の何処にも関わりがあるとは言わない』ことだ。


「神典にあった『白き森の大地』は、シュリィイーレの白森ではない、と感じます」

「なぜ? 白い木々が立ち並んでいたのに?」

「ビィクティアムさんもご存じの通り、あの白森は『安全な場所』ではない。角狼つのおおかみのような魔獣が巣を作り徘徊していたあの森は、清浄とは言えない場所です。なのに、神々が人々を導きますか? そんなことはないと俺は思います」


「人々が来た時には『その白い森は清浄だった』かもしれないだろう?」

「おそらくそれはありませんね。現在、角狼の姿が全く見えなくなった白森は、あの白い木々が消えて徐々に『多様な草木の茂る森』になりつつあります。つまり、シュリィイーレの白森に関して言えばあそこは『汚染された大地の森』だった。今、それが生き返りつつある姿が全く違う『緑豊かな森』なのですから、神々が人々に対して『安らかなる場所』と仰有った『白き森』とは別の場所です」


「……南の森で色々と見つけてきたというものは……その甦った森の産物か?」

「はい。その通りです。これは『一度魔獣に荒らされ死にかけた大地であっても取り戻せる』ということだと思っています」


 にっと口角を上げるビィクティアムさんに、狙い通りに論点を誘導できたのだな、と少し安堵する。

 そう、今回のサミットで全員に最も関心を持って欲しいのは、遺棄地に囲まれているという現状に皇国として何をどう守っていくか考えるということだ。

 そうした意識のある領地は少なく、危機意識として持っていたとしても行動している領地は更に少ない。


 周りに遺棄地が多いという危険性と、それに対する恐怖を正しくコントロールして、絶対防衛と遺棄地への対策を怠らないためには『温度差』があり過ぎてはいけないのだ。

 臣民達ならばのほほんとしてて構わないしそうであって欲しいと思うだろうが、貴族がそれではお話にならないのである。


 その証拠に、ほら……厳しい顔つきなのは、セラフィラントとウァラクの四人だけだ。

 他の領地の方々にとってはどうあっても『対岸の火事』感が拭えず、他人事とまでは思っていなくても危機感は薄いのだろう。

 だが、その中からふたり、一拍遅れて少しばかり表情が引き締まった方々が俺に尋ねてきた。


「一度穢れたとしても大地には間違いなく神々の加護があり、その中で植物の種は大地が甦るのを待ち続けているということですか?」

「俺はそう思っています、オフィア様」

「遺棄地は……神々の見捨てた場所ではないのか?」

「神々は大地を見捨てたりしませんよ、バトラム様。大地とは、主神そのものなのですから」


 ルシェルスのおふたりも、昔から他国との交渉が多い領地だから無視できない問題とは思っているだろう。

 かなり前だとリバレーラも他国とのやりとりは多かったみたいだけど、五代前に起きた『事件』で領地内の立て直しに集中せざるを得なくなった。


 そのため、港から魔導船が消え、近年まで全くと言っていいほど他国との行き来の記録がない。

 だから余計に『陰からのみの支援』しかできなかったんだろうなぁ。


 今でもリヴェラリム卿やナルセーエラ卿が、感情をあまり表に出さないポーカーフェイスが得意なのも、表立って行動しないのもそのせいだろうね。

 黙って訊いていらっしゃるのも、何処の領地で意識が希薄かを探っておいでなのだろうな。


 そうか……してみるとナルセーエラ卿が賢魔器具統括管理省院の省院長になってくださったのは、なかなか凄いことなのかもしれない。

 おっと、思考が逸れてしまった。


「タクトさんは、遺棄地はいつか元に戻るとお思いですの?」

「そうですね、フィオレナ様。ゆっくりとではありますが、大地は甦っていくと考えています。大地には、それを助ける小さい生き物たちも沢山いますからね」


 カタエレリエラのおふたりとコレイルの方々の表情が少しほっとしたようになった。

 いつか元に戻るなら、皇国がどうこう考える必要なんてないだろう……という気持ちがぎったのかもしれない。

 あ、オフィア様がチラッと彼らに視線を……『楽天的ね』とでも言いたそうだなぁ。


「タクト、火薬が使われた場合もか?」


 ヘストレスティア統合時に旧ジョイダールのことが記載された皇国の資料では、火薬使用の形跡はなさそうな歴史だった。

 だが……西側は条件が違うと確認させておきたいのだろうな、ビィクティアムさんは。


 俺は使用されなかった場合より時はかかると思われるが、少しはマシになるだろう……と言う程度に留めた。

 火薬を分解できる粘菌くん達が、遺棄地でどれほど活躍してくれるかなんて解らないしね。

 その間に魔獣達の増減がどうなるかなんて、今までそんな場所が殆どなかったんだから、予想なんて立てられない。


 本当のところは、再生を早められそうな魔法もその方法も頭にはある。

 だが、それは彼ら大貴族達のやるべきことではない。

 むしろ、できるとしたら俺だろう。


 他国の大地に皇国貴族の魔法は……おそらく殆ど効果がない。

 名前と血統と魔法が大地と結びついているからこそ、貴族達の魔法は強く大きく持続性がある。

 しかしそれらの魔法は一切『他国の大地とは結ばれていない』のだ。


 おそらく……他国の大地に対して有効と言えるのは、現時点では『皇国語に起因しない神約文字』の使える俺の魔法と『他国の血統を持ち【方陣魔法】の使える』ガイエスだけだろう。

 その『他国の血統』とは言っても、あいつは『純血』ではない。

 いや、だからこそ血統由来の魔法がなくて、余分な魔力に引っ張られず【方陣魔法】が使えているんだとは思うんだけどね。


 上皇陛下が使ってでさえ【方陣魔法】が弱いとか、方陣が役に立たないなんて風評があったのはきっと『それより強い血統魔法』があったからだと思う。

 皇国人には『無意識に発動する魔法』というものが、少なからず存在する。

 だから、それがもしも血統魔法だったらそれ以下の魔法に対して魔力流脈レベルで影響してしまうのは当然で、方陣という『人の作った魔法』は確実にダメージをくらうだろう。


 方陣による魔法はおそらく、血統による魔法を持たない人々の方が正しく発動できる者だと思う。

 キリエステス家門はきっと、増えていく魔力の低い移民達でも使える魔法を編み出すために、方陣の研究をし続けている家門だろうね。


 俺が血統魔法に引っ張られずに方陣を使えているのは、神斎術がベースの『祭陣』などだからだと思われる。

 神斎術だなんて……言わないけどね、絶対。

 いや、方陣に使う『文字』というパーツを操っている血統魔法……だからかな?

 でも【文字魔法】が血統由来かどうかなんて、きっとそうだよって言われているだけで確定じゃないんだよなぁ。


「遺棄地の再生……そんなこと、思ってもいませんでしたね」

「ああ、儂もだ、ヴァイダム殿。タクト殿、白森の復活というのは……原因が解っておいでなのか?」


「おそらく、ですけど『星青の境域』復活の恩恵かなーと思っているんですよ、ガシェイス様。ウァラクに境域が戻ったことで、ヴェガレイード山脈からの魔瘴素も減ったと思いますし。後は大峡谷の裂け目が大きく崩れて元ガウリエスタと距離ができたでしょう? そのせいもあって大地に流れ込む魔瘴素が少なくなったんで……」


「その魔瘴素と魔効素のこと、詳しく解るか?」


 ビィクティアムさんの待ってましたと言わんばかりの、食い気味の問いかけに笑顔で答える。

 皆様『生命の書』は、しっかりとお読みくださっているようだ。

 では、研究発表といたしましょうか。


 それではー、皆様にちょちょいと魔法をかけさせていただいてよろしいでしょうかー?

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