第543話 書き方教室初日

 午前中にしては多い人出で、受付近くとエントランスの方まで自警団のおじさん達が居ないかを見に行った。

 おっ、ラッキー!

 ビィクティアムさんとテルウェスト司祭がいるぞ!

 そして自警団は……エイドリングスさんだ。


 あれ、ドルーエクス医師組合長も……?

 あーー、そうか、南東地区の方々の健診が今日から始まるからもう既に何人かいらしているのかも!

 貴系傍流の方達だもんなぁ、様子見にお偉いさんが集まっていても不思議じゃないよね。


 ドルーエクス医師にお声がけをしたら、健診はまだ始まらないというのでちょっとだけ皆様にお集まりいただき……トップ会談。

 おおおーー、凄い面子だーー。


 空いている講義室で、掻い摘んで昨夜の状況を説明し、今後もそういう子供達を夜間受け入れるつもりであることと、どのような対応ができるかだけをお話しした。

 ビィクティアムさんは少し苦い顔をするが、そういう子供達がいることは知っていたようだ。


「……やはり、我々の把握している数以上にいるかもしれないな」

「ああ……ガキ共の周りの大人がまったく何もしていないならまだマシだが……暴力的なやつだっていないとは限らん」

 そういう子供は、ここに居たがるだろう、とエイドリングスさんも理解は示してくれた。

「教会すら……避難場所にならないのですね……」

 テルウェスト司祭はちょっと哀しそうだが、そもそも『大人が怖い』と思っていたら絶対に大人しかいない場所には行きたがらないということは解ります、と言った。


「子供だけで集まって何か問題が起きることも考えられるが、儂らが下手に入らん方がいいのかもしれんなぁ……タクト、その方陣での対応ってのは、おまえさんの負担にはならんのだろうな?」


 ドルーエクス医師の心配には、方陣については俺とは切り離されたものだから問題ないと伝える。

 そのことは他の人達にも随分と確認をとられた……俺、信用なさ過ぎ。

「昼間はそれとなく儂等で見まわれるし、衛兵隊員も居るから大人は手出しできんだろう。夜は、大人は入れんのだったな?」

 俺が頷くともしもの時はどうするのですか、とテルウェスト司祭に質問された。


「その場にいる誰かが『非常呼び出し』を使ってくれれば、俺が『青い千年筆』をお渡しした方々だけは、その呼び出し位置へ飛べます」

 コールが入った場合だけ繋がる目標方陣がセットされているので、俺が信頼している予め登録された人達だけが飛べるようになっているのだ。


 衛兵隊では司令部にコールが入るので、その時に行くことのできる人を選別して飛んでもらえるようにワンクッションあるが。

 自警団ではエッツィーロさんとエイドリングスさん他数名、医師の方々はドルーエクス医師とファリエルさん……など、ご本人の承諾を既にいただいている方々だ。

 ここで、ビィクティアムさんからクレームが入った。


「なんで俺のものが青じゃないんだ」

「そりゃ、いきなりビィクティアムさんが現れたら子供達だって吃驚するし、なにより、衛兵隊でお願いしているのは、子供の扱いに慣れていらっしゃる方々だけです」

 いくら長官殿でも、子供達を怖がらせちゃう可能性がある威圧感バリバリの方は駄目でしょ。

 お子さんと一緒に過ごして、子供の扱いが上手くなったらお願いしますねー。

 あ、ちょっとむくれた。

 エイドリングスさんに慰められているビィクティアムさんとか、新鮮な画だ……


 夜間に入った子供達の場所確認には、一階のエントランスホール受付に置いてある『利用者入退場確認用プレート』が使える。

 診察が必要な子が居れば、今回から健診で使ってもらう『仮設診療ブース』もすぐに組み立てていただける。


「それと、万一の時のために必要そうな方陣札は全部用意してありますから」

 治癒、回復、浄化、解毒の他に、状態を確認するための鑑定系も取りそろえてございますよ。

「ここにある方陣札は使用場所を遊文館内に限定することで、使用魔力量節約や効果持続時間の引き上げをしてあります」


 ぶっちゃけ、この中以外ではあまり役に立たない。

 ないとは思うが持ち出されると困るので、いろいろ限定した方がいいとラドーレクさんに言われたのだ。

 ビィクティアムさんもドルーエクス医師もテルウェスト司祭も頷いているので、ナイス判断だったらしい。


 そして『まだ遊文館に登録していない子供達』には、訪問登録をお願いすることにした。

 親とか大人はどうでもいいが、シュリィイーレの子供達全員に『避難場所』の認識をしておいてもらいたいから。

 衛兵隊と自警団の皆様、よろしくお願いいたします。

 ……昨夜の面倒見の良いあいつ、そういう子供を連れ出して登録させてやってくれないかな……


 一応皆様方に報告と対応のお話が終わったところで、会議は終了……俺は今日の午後の準備のために一旦帰宅。

 と思ったのだが、テルウェスト司祭に止められた。

 なんと、先日テルウェスト家門から前・古代文字の本を三百冊ほど預けられたのだそうだ。


「越領門で何度となく運ばされました……」

「それは……お疲れ様でした」

 アシュレイル様に言われて、逆らえなかったんだろうなぁ。

 まだまだご本家には千二百弱残っているらしいので、そちらは春になってから……ということで、前・古代文字の分だけ手で運んでくださったらしい。

 後日取りに伺います……ありがとうございまーーす!

 というお約束をして、おうちに戻りました。


 午後に第一回を開催する、書き方教室の教材と資料の確認だ。

 それと……お昼ご飯。

 しっかり、空腹が確認できるようになってきた。

 本日はチキン南蛮ー! おーいしーー!

 家族三人で同じような満足顔だ。

 俺、チキン南蛮はモモ肉派かもしれない。

 胸肉もいいんだけどねー。


 食堂の営業は、氷結隧道ができあがるまではお休みである。

 母さんは楽しげに、保存食にするチキンカツと付け合わせのさっぱり味のポテトサラダを作っている。

 何気にうち自販機スペースに目標方陣を置いている人が何人かいるので、ちょこちょこ売れているのだ。

 でも、目標方陣を置くのは、ひとり暮らしの人か、離乳食が必要な方々だけにしてもらっている。


 そして父さんは、今は簡易調理魔具で回鍋肉擬きのイノブタと甘藍キャベツの辛味噌炒めを覚えようとしているみたいだ。

 あ、いい香りー。

 美味しいのができそうだな……きっと今日の夕食に出て来るだろう。

 楽しみにしていようっと!



 さぁて、お腹もいっぱいですから、第一回書き方教室一般公開、はじめましょーか!


 今回だけは教室の外からでも見てもらうことができるようになっている。

 子供達がどんなことを習うのか、一緒に来ている親御さん達も気になるだろうしね。

 だが、大人たちは教室の中には入れない。子供達だけ、だ。

 あ、でも硝子の壁は開けておいてあげよう。

 聞こえないと意味がないもんな。

 可動式なので、ちょいと上に収納しましょうか。


「……なんか……多い」

 教室に入って思わず呟いてしまった。

 手習い所に行くくらいの子供達だけだと高を括っていたのだが、ちっこいお子様達から明らかに適性年齢ちょっと前くらいの人達まで……椅子と机が足りてないぞ?


 あれれ?

 カリグラフィーとか書道とかって……こんなにぱっつんぱっつんに人が入るものだったか?

 一番大きな部屋だから、四十人は座れるはずなのに、立っている子もいるぞ。

 ちょっと感動的……おっと、取り敢えず……始めよう、か?


 では……最初は現代文字について。

 千年筆で書く場合の綺麗に書ける書き順やバランスの取り方は、俺がこの世界に来てからずっと考えて作り上げた。

 書体は最も読みやすい『楷書体かいしょたい』にあたるものと、ちょっと崩したイタリック体的な筆記体といっていい『斜書体しゃしょたい』を綺麗に書けるように覚えていく。

 これができると、ほぼ全ての『現代文字』の本が読みやすくなる。


 特に現代文字でも五千五百年から三千五百年くらい前のものになると斜書体で書いている筆者が多いので、魔法書の古いものが読みたい人には必須となるだろう。

 その頃の流行だったんだろうね、斜書体が。


 だが楷書体は古代文字を覚えるためには、必ず正確に書けた方がいい。

 古代文字と現代文字の違いが解り、前・古代文字とも判別が付けやすくなるだけでなく、前・古代文字時代は斜書体が殆どなくてきちきちに詰めた縦長の楷書体風『長書体ちょうしょたい』が多くなるからだ。


 実践に入る前に、どうしてその字体を覚えていた方がいいのかを知っておいた方が、取り組む姿勢が変わる。

 いきなり見本を差し出されて同じように書け、だけでは、楽しくもないし意味も解らない。


 そして俺は書道でも『自分の書いた文字に朱で上から書かれる』のが、大嫌いだった。

 それなら、正しいものを別の紙に書いて重ねてくれって思っていた。

 だから、俺は子供達が書いたものを『否定しない』。

 ただ、こうしたらもっと綺麗に見えるよっていうものを、隣か別の紙に書いて渡す。

 書いた文字はその時の記録だ。

 捨ててもいいけど、俺は取っておきたい方だから別の何かで消してしまいたくないんだ。


 ウァラクから沢山提供されている樅樹紙のノートは、通ってくれる子供達に無償で差し上げる。

 今回渡すのは『練習帳』で、楷書体と斜書体の文字が薄ーいグレーで書かれていてなぞって練習できるページを作ってある。


 これに練習してどんどん字が綺麗になって、めちゃくちゃ使える方陣を描いてくれ。

 そうして、魔法を沢山獲得してくれ。

 なんでもできる、何にでもなれる、自分でいくらでも道を選ぶことのできる、そんな風に思えるようになって欲しい。

 この世界での美しい文字は、そのきっかけと助けになるはずだ。


 その後は、机がある子達だけになってしまうが幾つかの文字の書き方を練習。

 まずは、文字を書く上で大切なことと、筆記具の持ち方や姿勢。

 最初は窮屈だと感じても、これを覚えているのといないのとでは文字の書き上がりが変わってくる。


 習字の『永』みたいに、これを練習したら文字を綺麗に書く要素が詰まっているってのがあったらよかったんだが、残念ながらそんな都合のいいものはなかった。

 なので、何文字かを組み合わせた単語で練習していくことにする。

 そして文字数を増やして、バランスの取り方が覚えられたら……実践の『方陣』作図だ。


 だが、方陣が描けるようになるには、文字が上手く書けるだけでは足りない。

 論理的に組み立て加えるもの、省くものを、そして図形の正しい書き方を数学的に理解しなくてはいいものは描けない。

 方陣魔法師のように『なんとなく閃く』なんてことは、知識と計算力が備わっていない者にはおそらくあり得ないから理論が要る。

 反復練習と図形組み立ての基礎知識は、必ずすべての魔法に必要になる。


『使える』程度なら描けて当たり前、シュリィイーレの子供達の描く方陣は『基本』となり『最高峰』と言われるようになったら……素敵だ。

 辿り着くべき先だけを示して、今回は方陣までは描かないけどね。

 なんとか一回目が終わり、子供達はノートを抱きしめて教室を出る。

 ……何人が、第二回に来てくれるかなぁ……


「タクトさんっ、今日と同じやつ、またやるのよねっ?」

 アルテナちゃんは……出遅れたらしくて座れなかった組だ。

「何度かやるよ。次は二日後の同じ時間だよ」

「じゃあ、早く来なくちゃ!」


 いやいや、ちゃんとお昼は食べて欲しいんだけどな?

 俺がそう言ったら、食べて来たら座れなかったんだもん! と何人ものお子様達に抗議されてしまった。

 ……ご、ごめん、俺の見積もりが甘くて……えっと、じゃあ、整理券制にしようか!


「今日、座れなかった子達だけ、優先的に座れる券を渡すよ。それを持ってきてくれたら、座れるんだからゆっくりお昼を食べてから来られるだろう?」

「解ったわ……ちゃんと、食べてから来るわ」


 よかった。

 それじゃあ、座席予約券を……うおっ! 突然に列ができたぞ!

 そうか、うちの『実演販売』で、列を作ることに慣れているのか……なんて良い子達だ。


 だが、二回目の座席券を配り終わっても、まだ並んでいる……

 当初この『第一回』と同じ内容は、二日後と四日後に一回ずつ繰り返すだけの予定だった。

 だがどう見てもそれじゃ足りなそうだ。

 急遽、二回目と同日でもう一回増やすことにして三回目の指定券。

 あれれ……まだ?

 じゃ、翌日にもう一回……あれ、まだ?


 ……結局、第一回と同じ内容のものを六回、やることになった。



 本当に『第二回』の方も来てくれるよね?

 ねっ?

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