第503話 魔法講座初級編

 それから、三日後の母さんの誕生日が過ぎて父さんの誕生日の五日前、教会からヨシュルス神官が書簡を持っていらっしゃった。

 ……初めて見る神務士さんと一緒に。

 アトネストさんの他にいる、ふたりのうちのひとりだろう。

 シュレミスと名乗ったその人は、ガウリエスタからの帰化民でリバレーラのトエルク在籍だという。


 おや、トエルクといえば、干し葡萄を作ってくれている町のひとつじゃないか。

 今年もいいできだって聞いているから、春になって入ってくるのが楽しみですよ。

 彼は俺が一等位魔法師だということを知っててくれたようで、もの凄く尊敬モードである。


 どうやら、トエルクの魔法師に家族の病気を【治癒魔法】で治してもらったことがあるのだそうだ。

 うん、うん、優秀な魔法師さんがいて良かったよね!

【隠蔽魔法】があるからその治癒が使える魔法師の本当の姿は解らないから、すべての魔法師に感謝している……と言う。

 なんて素晴らしい……

 ただ、ちょーーっと距離感、おかしいかなー。

 もうすこーしぐいぐい来るのは、抑えて欲しいなー。


 ヨシュルス神官が苦笑いしつつなんとか宥めてくださったので、事なきを得たが……見ず知らずの治癒魔法師さんのおかげでこんなにも、俺まで感謝されてしまうとは……いや、本当にご家族のご病気が治ってよかったですよ。

 あれ?

 同僚の神務士と殆ど喋らないっていうコミュ障さん、この人じゃなかったっけ?

 この短期間に改善されたのかな……意外と凄いな、シュリィイーレ教会の方々……カウンセラー向きなのかもしれない。


 届けていただいた書簡は、王都聖魔法師協会聖神司祭連名の依頼書。

 魔法法制省院からの要請書も入っている。

 最後の聖典と思われる書物の発見に到ったので、訳文と清書を依頼したい……というものだ。


 やっとかーー。

 よかったよーセインさんがあの箱をちゃんと開けられていて!

 辿り着けたのはアトネストさんのおかげだしね!


 これでセインさんも、領主としてご領地でゆったりと業務ができますなぁ。

 ふぉっふぉっふぉっ!

『すべて発見できたら、使命に縛られず自由になれる』のは、間違いではない。

 だが、縛られなくなるのは『使命の達成』というものに対してだけだ。


 当然『領主』として『貴族』としては、完全に退位して引退するまで逃れられない。

 残念ながら、嫡子であるドミナティア卿にはまだ聖魔法と絶対遵守魔法の両方を顕現させた男児がいないので……まだまだ、引退はできないのだ。

 ふらふら他領に出掛けたりせずに、領主として頑張ってね、セインさん!


 というわけで、明日の朝、五刻半にシュリィイーレ教会にて神典五巻の『聖典』をお預かり……と。

 これで正典は全部揃うわけだな。

 一段落だなー。

 もう叙勲とかされる心配もなくなっているし、あとは遊文館用蔵書に全力を注げるわけですよ。



 翌朝、朝食をしっかりとって、教会へ。

 司書室の本をもう一度見ておこうと思ったのでちょっとだけ早めに行った。

 聖堂を通り抜けようとしたら……おや、人影が?


 ミオトレールス神官とガルーレン神官の影に、アトネストさんの姿も見えた。

 三人に司書室が見たくて早めに来ましたと告げて通り過ぎようとした時に、ふとアトネストさんの持っていた方陣札が目に入った。

 ガイエスのが魔法師組合で売られているのに、昔の魔力を多く使うものを持っている。


「あれ? 随分効率の悪い札を使っているんですね」

 思わずそういってしまって、はた、と口を噤む。

 買い置きしているから、残っていた分かもしれないよな。

 だけど新しいやつ、知らないのかも。


「効率、でございますか? これは、ずっと使っている方陣札なのですが……」

「最近はもっと少ない魔力で済む、いい方陣が安価で出回っていますよ」

「そうでしたか……! では、あとで魔法師組合に買いに行きましょう。あと二枚ほどしかなくなっていましたから丁度いいです」


 ガルーレン神官とそういって頷き、昼食前にアトネストさんに一緒に買いに行こうと言っていた。

 うん、それがいいですよ。

 ガイエスのが売られていたからねー。

 そして、皆さんで描けるようになってくださいね。


 方陣札、アトネストさんはちゃんと使えているのかな?

 魔力が千もいっていないってことは、今まで碌に魔法を使っていないってことだから解らないこととかありそうだけど。

 俺の問いかけに、アトネストさんは少し苦笑いをする。


「どうしても魔法の加減と、魔力の入れ方がよく解らないのです。大きくなりすぎたり、小さくて使えなかったり……」


 ああ、お子様たちがよく引っかかるところだね。

 それは具体的にどのくらいの範囲で使うかのイメージが貧困で、ただ強くとか弱くだけしか意識していないから失敗するんだよね。


「魔法の有効範囲を、具体的に意識した方がいいですね」

「有効……範囲?」


 んー、メートル法じゃないし、こっちの長さの単位って結構曖昧なんだよな。

 建築とかやっていないと、ぶっちゃけ意識していない人の方が多い。

 なので、まずは体験していただきましょう。

 聖堂の端から端までを歩き、何歩だったかを覚えてもらう。

 歩幅で移動距離が体感できれば、広さが認識される。


 その上で、洗浄するという言葉に対する意識を固定させる必要がある。

 全体を意識しながら、方陣に魔力を注いで隅々まで『風』が通るように魔法を発動させてもらう。

 水で洗い流すイメージなのか、風でゴミをまとめるイメージなのかは、人によって違いが出るがこの『洗浄』はどちらかというと風の方が相性がいい。

 だいたいが洗浄のあとに浄化するつもりだし、そうなると水洗いではなくてゴミをまとめて掃き出すイメージの方が強いのだろう。

 同じ青属性魔法で五角形を使っていても、水系と風系では配置が違うのだ。


「風が埃や塵を舞い上げて、外へと送り出す感じを想像するんです。その時の範囲として、今アトネストさんが歩いた歩数を意識しててください」


 軽く息を吐いて、アトネストさんが方陣札に魔力を入れる。

 魔法が発動し、ふあーーっと隅々まで魔法が行き渡る。

 うん、塵、埃、ゴミなどが風と共に消えていったね。

 上手いじゃないか。

 風系が得意な、青魔法属性なのかな?

 ……魔力が微弱すぎて、キラキラがよく見えないんだよなぁ……


 同じように次は浄化の方陣。

「こちらは光が満ちる感覚で。窓を開けて朝の天光が部屋を満たすように想像してください。歩いた歩数の感覚は忘れないで」

 アトネストさんは頷いて、今度は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いてから……魔力を入れる。

 朝の天光というのは、多くの人が『清浄』な印象を持っている。

 だからそれを思い描くことで、浄化という言葉をイメージとして理解してもらう。


 ……この人、魔法の使い方を知らないだけで、やり始めたらすぐにいい線いきそうだな。

 ネックは魔力量だなぁ……

 もしかして、魔獣の多い他国育ちだから微弱魔毒のせいで魔力流脈が育っていないのかもしれない。

 んー……『溜まり』があるかもしれないから、ガイエスの『治癒の方陣』を使ってもらった方がいいな。


 いや、ここはまず『健康診断』がいいかもしれない。

 ヒメリアさんの時みたいに。

 秋祭りの後の雪が降る前に、教会の人達と医師組合の人達は健診予定だ。


 ただ、流脈異常が見つかったとしても、聖女様はアトネストさんを治癒できない。

 聖魔法の行使である【治癒魔法】の対象は……皇国民に限られる。

 残念ながら帰化誓約をしていても、皇国籍になっていない方々は対象外。

 だから、ガイエスの方陣札が一番有効だ。


 ミオトレールス神官とガルーレン神官が魔法の成功を心から喜び、アトネストさんを祝福している。

 そして、アトネストさんから改めて御礼を言われてしまった。

 なかなか、よい笑顔ですな。

 上手くいってよかったですよ。


 魔法を発動する時には、今のイメージを忘れないでくださいね。

 必ず何処から何処までかを意識すると、魔法の大きさや必要な強さが決められますから。

 アトネストさんならすぐにイメージ掴めて、範囲指定ができるようになりますよ、きっと。


 さて、司書室に……と思ったら時間が来てしまったのか、テルウェスト司祭に呼ばれた。

 しかたない、あそこの本はまた次の機会に。


 案内された部屋で待っていたのは……お久しぶりのセインさんであった。

 なんだか、ものすごーく『しゅーん』ってした感じですけど……

 使命終了が、お出掛けの口実がなくなることだって気付いちゃったかな?



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『アカツキは天光を待つ』の第62話とリンクしております。

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