第362.5話 ビィクティアムとルーエンスとティエルロード
「おい、少し俺の家に寄っていけ。聞きたいことがある」
「珍しいね。ビィクティアムが僕らに頼ってくるなんて」
「……頼らない方がいいなら、そうするが?」
「いや、是非とも頼ってくれ」
「おおっ! これがタクトくんの造ったっていう『宝物殿級』の家か!」
「確かに凄いですね……皇宮よりずっと、強固な魔法がかかっていますよ」
「うわー、この浮き彫り、水晶じゃないか! こんな加工ができるのかいっ?」
「セラフィエムス卿の銘紋が施された家具があるんですね! 素晴らしい……」
「……もしかして、君も先生みたいに自慢したくて連れてきたのか?」
「半分は、な。聞きたいのは、珊瑚と真珠貝の顛末だ」
「アレはタクトくんのおかげで、事なきを得たって感じだよ」
*****
「なるほど、タクトが正しい伝承を理解していたから……か」
「はい、私達だけでは、全くそれに到ることができませんでした」
「王都じゃ、伝わっているものが違ったからね」
「タクトは各地の伝承や、寓話を集めていたようだからな。『最も皇家と教会が傷つかないもの』を選んで、おまえ達に伝えたのだろう」
「それじゃ、そうでない結末のものも……知っていた?」
「おそらくな。まぁ、遺恨が残らなくて良かったが」
「タクトくんの『博識』に救われたって感じていたのは、やっぱり当たっていたわけだね。教会の方は、本気で間違えて送ってしまったようだったけど……陛下の方は僕らにはよく解らないままだ」
「終わったこと、だ。タクトがそれで良いと納得しているなら、蒸し返す必要はなかろう。ただ……陛下は最近、少し感情的になり過ぎだが、何かあったのか?」
「多分、エルディエステ殿下や、君が殆ど陛下を頼らなくなったからだろうと思うよ」
「なんだ、それ」
「陛下って頼られると大人として頑張る方向に考えが働くみたいだけど、基本的には子供っぽい人なんだよ。だから……苦手なんだけどね、僕は」
「……困った方だな」
「皇宮内にも、陛下に遠い者達ほど、噂などで判断して不快感を持つ者達もいる。このまま彼らの不安や不信が大きくなれば……いまの皇王は危ういかもしれない」
「エルディエステ殿下のご婚約者のふたりがもうすぐご出産だ。その御子様達次第だろうが……男児がお生まれになったら大変かもな」
「そ、そんな……皇王に対して、一体何を……?」
「皇王そのものには、何もできないだろう。だが、周りの不信感や不快感を煽れば、代替わりを早められるかもしれない……くらいだな」
「普通は少なくとも、皇太子の御子様に絶対遵守魔法と聖魔法が出て、婚約者を迎えるまでは在位するものだ。だが、その御子が聖魔法を得ていなかったとしても絶対遵守魔法さえ獲得していれば……成人前であっても、エルディエステ殿下に皇位を継がせることは可能だからね」
「そんなに、短い在位で代替わりになんてなったら……臣民達の皇家への感情は、悪くなってしまいます……」
「ティエルロードも『皇家史書』は読んだだろう? ご病気やご逝去でもないのに、在位が短い皇王もいないわけではない」
「左様ですが、やはり在位の短い皇王のことは、良く書かれてはおりません」
「貴族達はたいして動じないだろうけど、臣民や皇家傍流の方々は不満に思うだろうね。そして、皇家傍流の方々が、自分達の子供や孫に皇家の絶対魔法が出たらエルディ殿下の御子様達を『愚王の血筋』として廃嫡扱いにし、自分達の筋の子を擁立する……なんてことだって、考えられる。まぁ、エルディ殿下の御子様が、聖魔法を顕現させた時点で夢は潰えるけどね」
「今の皇家の財を、なにひとつ継げないのに……か?」
「皇家傍流達でそれが解っていない方はいないと思うから、欲しいのは財ではなくて『皇王』の階位だろう。そういうことをするのは、自分達こそが正統であると言いたい方々だろうよ」
「彼らは、皇王や皇太子という立場をよくご存じない。いいところばかり見て、どれほど窮屈で何もできないかを……知らなすぎる」
「解っているのはきっと、大貴族の嫡子である君たちだけだよ、ビィクティアム」
「典範など読んだところで、自分のこととして置き換えて考えられる者などいないだろうからな」
「……噂話……少し調べてみます」
「うん、そうだね。警戒は必要だ。他の省院にも頼んでみよう」
「陛下の周りの者達も、最近は少ないようだが誰がいる?」
「僕らじゃ詳しくは解らないよ。聖神司祭様達も、最近はお会いしていないみたいだし」
「……そうか」
「それはそうと、タクトくんはカカオ、ちゃんと手配できそうかい?」
「ん? ああ、カタエレリエラでよい取引ができたみたいだったぞ。献上品には関わりのない農園のようだ」
「す、凄いですね。カタエレリエラの農園は、八割以上が領主であるヴェーデリア家門で管理されていますから……」
「よかったぁ。陛下の思惑が外れてくれて、ほっとしたよ」
「思惑?」
「ああ、カカオが手配できずに、タクトくんが泣きついてくるのを待っているみたいでね」
「なるほど。俺達じゃなくて『タクトに頼られたい』と思うようになったということか。まぁ、手配できなければ、タクトは暫くショコラの菓子を作らない方を選ぶと思うが」
「皇室認定品を、作れなくなっても……ですか?」
「陛下の用意してくださったものが『献上品』であるのなら、何がなんでも受け取らないだろう。権威や人気なんてものに振り回されることなど、ないやつだから」
「凄いねぇ。潔いというか……さっぱりしすぎというか」
「タクト様をその農園に導いてくださった神々に、心から感謝致します……! ショコラ・タクトを食べずには死ねません」
「ははは、そうだな。そのおかげで……あいつの魔法がまた、とんでもない方向へ進化しそうだし」
「『方陣』か……あそこまで有用で奥深いものだったなんて、本当に意外だったよ」
「方陣と金属の組み合わせなんか、今まで誰ひとりやったことはないだろうな」
「だからこそ新しい魔法を、次々と獲得なさっていらっしゃるんですね……やっぱり、探求を怠らないことが、神々のお望みということなのでしょうか」
「そうだろうねぇ。ただ、タクトくんの研究はとっかかりが僕らとあまりに違いすぎる」
「なぜ……なぜ、タクト様はあのような考え方ができるのでしょう? 方陣が魔法の教科書、だなんて思ってもいませんでした」
「タクトは膨大な知識を持っているが『まだ自分には識らないことがある』ということを、知っている。だから、持っているあらゆる知識で『試行』を繰り返しているのだろう」
「『知らないことがある』……なんて、考えなくなっていたよ」
「俺も神斎術なんてものを授かるまでは、もう絶対に新しい魔法など手に入らないと思っていた。だが、タクトの言うように『理解して組み立ててから試行する』と、面白いようにできることが増えていく」
「……まさか、ビィクティアム……未だに魔法が何か、顕現しているのか?」
「ああ。今更子供が使うような、汎用魔法や並位魔法が、な。しかも『その魔法の効果と性質』を完全に理解できた上で試行を繰り返していれば、あっという間に練度が上がる。もう殆ど特位になったぞ」
「おいおい……そんな『真理』なんて、誰も提唱していなかったぞ? 神斎術師も神聖魔法師も、貪欲すぎるだろうが」
「できる者が検証を繰り返し、体系化してまとめ上げ後世に伝えていけばいいことだろう。血統魔法とその他の魔法の知識の両方を繋いでいくことができれば、皇国は決して揺るがぬものとなる」
「もしかして、その一端が騎士位試験研修生への『新しい講義』なのかい?」
「そっちはただの『躾』だな。衛兵隊員達への講義は……かなり良い内容になると思うが」
「その講義に、私も参加させていただくことは可能でございますかっ?」
「ティエルロード……タクトくんに影響受けて、探求心に目覚めちゃったのかな?」
「先ほどの『方陣が魔法の可視化したもの』だなんて考え方を示されて、刺激を受けない方がどうかしていますよ! タクト様の講義、是非とも拝聴したいです!」
「ふむ……タクトがいいと言ったら、構わん。だが、ティエルロードだけだ。他のやつは連れて来るなよ?」
「はいっ! 今度鉱石をお持ちする時に、ご了承をいただきます!」
「えー……僕も聞きたいなぁ……」
「タクトがいいと言ったら、だ」
「……なんかさぁ……タクトくんに頼まれたものも、ちゃんと用意できてないのに……頼みにくいって言うか」
「なら、講義を聴いたティエルロードに教わればいいだろう?」
「それは嫌」
「じゃ、頑張れよ」
「僕はティエルロードほど、図々しくなれないんだよぅ」
「……私は、真摯にお願いしようとしているだけです。物品を渡すことで便宜を図ってもらおうとする方が、余程図々しいかと」
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