第314.5話 考えすぎる人々

 ▶シュリィイーレ教会 司祭様と神官達


「司祭様……私は、こんなにも悔しい思いをしたのは初めてでございます」

「わたくしもです。教会は、陛下は、どうしてこんなにもスズヤ卿に対して冷たいのでしょう!」

「ええ……驚きました。届いた時は思いもかけぬ荷の大きさで、やっとスズヤ卿の功績を正しく評価してくださったのかと思っておりましたが、まさか、あのようなクズ珊瑚だったとは」

「陛下からの下賜品も真珠と言いつつ、ただの貝ではございませんか!」


「確かに貴重な貝ではありましょう。ですが、シュリィイーレに海がないとご存知のはず。育てよという意味であろうはずがございません。ならば何も入っていない貝など……嫌がらせとしか」

「そこまで言っては不敬ですよ」

「ですが! 神聖魔法をお持ちのスズヤ卿に対して、あまりにも無礼極まりない。あんなもの、褒賞でもなんでもないではありませんか!」


「シュリィイーレの民だから……貴族ではないから、侮られているのでしょうか?」

「セラフィエムス卿がこれほどご尽力くださって尚、このような有様。ただ表面上取り繕って叙勲しただけで、報いる気などないとしか思えません」

「正典をもたらし、我々に神々の言葉を正しくお伝えくださる唯一のお方です。このような不当な扱い、黙っている訳にはいきません」


「皆さん、お怒りもごもっともですし、私もはらわたが煮えくりかえる思いでございますが、当のスズヤ卿のお気持ちを決して無駄にしてはいけません」

「スズヤ卿のお気持ち……でございますか?」


「あなた達ふたりは、あの煌めく水槽を見たでしょう? 皆さんもこの『光の苑球』を見てどう思いましたか? どちらもこんなにも美しく、慈愛に満ちたものです」

「ええ……いくら生きていた貝や珊瑚がいたからと言って、あのように美しい水槽に入れて長らえさせようなんて思いません」


「あの割れて粉々の珊瑚や、腐った夜光貝でさえこのように煌めく苑球へ作り替えられてしまうのです。あのような侮辱を受けておきながら、贈られたこれらには何の罪もない、寧ろ自分のために犠牲にしてしまったとお嘆きに違いないのです。だからこそ、命を長らえた珊瑚や貝達には海を模した水槽を用意し、それが叶わなかった者達には新たな命を吹き込むようにこうした苑球をお作りになった……これほど命に対して慈悲深く、真摯な方はいらっしゃいません!」


「そうです! 死んでしまった真珠貝もこうして料理をなさって、その命がたとえ真珠を抱いていなかったとしても無駄ではなかったと、知らしめてくださっているのです!」

「不思議です……この苑球の燦めきを見ていると、心の奥底が温かく、それでいて切なく、穏やかな気持ちになります」


「それこそが、スズヤ卿がお怒りでなく、慈しみをもってあれらの品をお受け取りになった証。その寛大なお心を踏みにじることがあってはいけません」

「そうです、我々が怒りにまかせて教会に異議を申し立てたりして、スズヤ卿にご迷惑がかかってはいけない!」


「しかし、このままではずっとスズヤ卿は酷い仕打ちを受けることに……!」

「そんなことは許せません! 司祭様、我々はどうしたら……!」

「この度のことはありのままに、紋章院と魔法法制省院に報告いたします。今後のことは……我々の及ぶところではないかもしれませんが、シュリィイーレ教会は何があろうとスズヤ卿に味方いたします」

「勿論です!」

「ええ、スズヤ卿こそ、このシュリィイーレで絶対に損なってはいけない方です!」


「幸い、セラフィエムス卿とセラフィラント公がお味方してくださり、今後もお力添えいただけるとお約束いただいております」

「やはり、神斎術師であられるセラフィエムス卿は、スズヤ卿の価値を正しくご理解なさっているのですね」

「だからといって、セラフィエムス卿に全てをお任せしてしまっては、シュリィイーレ教会の名折れです。我々が昨年の冬、どれほどあのご家族に助けられたか! この恩義は、何があってもお返しせねばなりません」


「あの保存食がなかったら、我々はきっと半数も生き残れなかったかもしれません」

「【治癒魔法】もです。あんなにも早く事態が沈静化したからこそ、教会でも誰ひとり感染しなかったのです」

「スズヤ卿がいてくださらなかったら、治癒魔法師をお呼びすることさえできなかった真冬のシュリィイーレで、どれほどの犠牲者が出たことでしょう……」


「もしかして、皇家や教会本部は、シュリィイーレにいるから冷遇されている……とスズヤ卿に思わせようとしているのでは?」

「ま、まさかそこまでは……」

「いいえ、あり得ない話ではないですよ。もしかしたら王都にスズヤ卿を行かせるための策略かもしれません」

「褒賞に異議を唱えさせて、捕らえるつもりとか……?」


「だとしたら……それは悉く失敗、ですね。スズヤ卿は全くお怒りでないのですから」

「そういった思惑があることも見抜かれて、お心を沈めていらっしゃる……とか?」

「おお、そうかも知れません! 神聖魔法師なのですから、その程度の策略になど引っかかりはしない……と示しておられるに違いない!」

「なんと、素晴らしい!」


「中央にどのような思惑があろうとも、我々の決意は変わりません。それにスズヤ卿は、このシュリィイーレを心から愛しておられる。我々と想いは同じなのです」



 ▶王都 皇室章印議院


「……シェルクライファ、これは間違いではないのかね?」

「はい、請け負いました配送の者にも確認致しました。間違いなく『真珠貝』であると」

「真珠ではなく……貝……? この報告によると生きた貝が十枚ほどで、あとの死んだ貝は……貝柱の煮物になった……?」


「殻も利用できない程度の物で、中に入っていた真珠は実物大の写しがございます通りその一粒のみ。しかも鑑定の結果中身は小石であり、歪な瓜型で光沢も非常に悪い、と」

「貝の煮物は……輔祭殿が手ずからお作りになられたようだな。味の感想まで書いてある。ほぅ……旨いのか」


「命あるものを無駄になさらないのは流石、神聖魔法師様でいらっしゃいますが……このような貝やクズ真珠を『下賜品』として登録して良いのかと」

「できる訳なかろう。魔力すら入っていない上に、何の加護もない物品を下賜したとあっては皇家の名折れである」


「ですが、皇王陛下自ら『真珠貝を用意せよ』と仰せになられたとか」

「それはそのまま送れと言う意味では、なかったのではないのか?」

「私もそう思いまして、手配した者に何度も確認しましたが、陛下のご署名なさった書状には間違いなく『真珠貝・百』となっており、兎に角早く送れ……とだけご指示がありました」


「……そのせいで、送ってしまってから、こちらに連絡が来たのか……」

「はい、おそらく。現地で採取した者達は何のためのものかは知らずに、ただ『真珠貝』と言われたと申しておりましたので、相当急いでおられたのかと」


「スズヤ卿の功績には、真珠百粒であったとしても及ばぬ……だが、陛下は真珠ではなく……貝自体をお送りになることにこそ、意味があると思われたのだな?」

「その意図が全く私にはわからないのです。神典にも神話にも『真珠』を扱った話はいくつかございますが、『貝』の話は……全くございませんでしたし」


「夜光貝も、神話になど出ては来ないな。どうやら腐っていたようだが、一体どうして……?」

「腐敗したものに、価値があるとは思えません。なぜそんなものをお贈りになったのでしょう?」


「ううむ……何かの謎かけなのか?」

「『下賜品』であり『褒賞』であるはずのもので、どのような謎が?」

「謎にする意味などないな。かといって『喩え』でもない。うーむ、陛下は何を思われてそのような物を……」

「セラフィエムス卿がご助言なさったという話もございましたが、聞いていた侍従の申しますに『元々陛下とリンディエン神司祭が真珠と珊瑚にしようと思っていらしたらしい』と」


「ふぅむ……セラフィエムス卿がお勧めするとすればセラフィラントの物であろうから、真珠や珊瑚ではないだろう。いや、なんで真珠ではなく、貝なのだ! 全くもって解らぬ!」

「真珠貝は食品としての価値もございませんし、夜光貝もそれを使った美術品でなく貝殻だけでは……シュリィイーレ司祭のご報告の通り、資産価値は『無』であり、登録すべき宝具ではあり得ない、となりますが……」

「ああ、そのとおりだ。下賜品は宝具か、それに匹敵する貴石などでなくてはならぬ。真珠であれば条件に適っておったのだが……陛下のお考えは全く読めぬ」


「私ももう少し伝承などを調べてみます。もしかしたら、神典や神話以外の伝承からの引用の可能性もございますし」

「ああ、そうだな。輔祭殿は民間の方だから、その可能性もあるな。私も陛下にそれとなく聞いておこう」

「よろしくお願いいたします」


「まこと、皇家に方々の発想は、我々には理解の及ばぬことだ……」



 ▶王都 魔法法制省院


「リヴェラリム省院長閣下、よろしいでしょうか?」

「どーしましたか、レイントンくん」

「シュリィイーレ教会から、前年の教会威勲章褒賞についての資産価値報告が上がってきたのですが……」


「タクトくんのか? あれ? うちで承認したっけ?」

「かなり焦っていらしたのか……うちは、すっ飛ばされたみたいですね。もうスズヤ卿のお手元に届いたみたいです」

「……しょーがないなぁ……事後報告が多すぎるんだよなぁ、教会関係は」


「まあ……それくらいなら……なんとかしますけど、どうも、これは……」

「珍しいね、君がそんなに言葉を濁すとは。報告、見せて?」

「は、こちらです」


「……なに、これ?」

「教会威勲章褒賞の資産価値報告でございます」

「褒賞品が珊瑚……ってのはいいけど、割れて粉々になった赤珊瑚と白化して砕けてしまった珊瑚? その上、生きたままの桃色珊瑚? どういうこと?」

「資産としての価値は限りなく『無』に等しく、魔力すら入れられていないものばかり、とのこと。それを『資産』としてどう登録して良いものかと……」


「クズに価値を見出せと?」

「シュリィイーレ教会の司祭からは、聖神司祭様方の意図が全く図れず、純粋に物品としての価値のみを報告する……と注釈がございました」


「こんなものに、意図なんかある訳ないだろうが! だいたい、タクトくんの功績は、珊瑚の海の統治権くらいぽーんとあげたっていいほどなんだよ! 一体誰がこんなもの送れと言ったんだ! 偉勲章を貶めるにも程がある!」

「褒賞のご提案者も手配者も、聖リンディエン神司祭でいらっしゃいます」


「あの信仰に厚い方が……? だとしたら、なんかの間違いじゃないのか?」

「もしかしたら指示なさったものと違う物が届いてしまった……とか?」

「ああ、可能性はあるが。別の加工用に取り寄せたものと、タクトくんに贈るものが入れ替わってしまっていたとか……」

「……! なるほど! そうかも知れません。いくらなんでもクズや生きた珊瑚を送りつけるなんて、あり得ないですよね!」


「そりゃそうだよ、素材として送るにしたって、ちゃんと検分した最高級品をお贈りになるはずだ。荷物が、どこかで入れ違ったのかもしれないね」

「あ……いえ、それはなさそうです。届いた箱には『教会章』が刻印されていたと……」

「……じゃあ……なんだってこんな……」


「何かを作っていただくためのもの、でございましょうか?」

「讃えられるべき者に何を作らせようって言うんだ! 褒賞品を使えということはその『褒賞』を渡す気がなくて、もっと良いものにしてこちらに返せと言っているってことじゃないか! そんな恥知らずな真似を、神司祭様がなさる訳がないだろう!」


「はっ、失礼致しました! 失言でございました!」

「気をつけてよー。これからうんと、厳しくなるんだからねー」

「はい」

「それにしても、これをこのまま登録なんてできないね。リンディエン神司祭に意図を聞いておかないと……あーあ、素直に加護の掛かった宝具のいくつかとかにしといてくれたらよかったのにー」


「聞いた話によると、随分と悩まれていて陛下とご相談なさっていらしたとか」

「陛下と同じ物を送らないように、お気を遣われたのだろうな。中身の検分を誰がしたのかくらいは聞いておくよ。それまで、保留にしておいて」

「はい、畏まりました」


「もしかしたら何かの神話になぞらえた可能性もあるから、そっちも調べておいてくれる?」

「そうですね、すぐに調べます!」

「珊瑚の出てくる神話……っていうと、リューシィグール大陸の神話あたりかな?」

「『水底の大陸』でございますか。あ、ありましたね、バラバラになった珊瑚を集め聖神三位に捧げる魚の話」


「うーん……タクトくんは賢神一位だから、ちょっと違うか? とすると、タクトくんを魚に見立てて? いや、それだと、やっぱり『珊瑚で何か作って持ってこい』って事になっちゃうよな……」

「神司祭様の意図は……やはり図りかねます。もう一度全て読み直して、精査致します!」

「頼むねー」



「はー……この忙しい時に、なんで仕事増やしてくれるかなぁ、教会の方々は。これじゃいつまで経っても、シュリィイーレに行かれないじゃないか……」

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