第315話 北門、改装工事

 着工の始まっていた二カ所の外門食堂外壁工事などがほぼできあがったというので、迎えに来た衛兵隊のイスレテスさんと一緒に北門へとやってきた。

 何度か見に来たけど、やっぱりこういう大工事は壮観だね。


 足場の組み方なんかはあっちの世界とあまり変わらないんだなーと思いつつ、中へと入っていく。

 内装はまだ何も手つかずだが、材料は各階ごとに運ばれているようだ。


「タクト、なんだ、今日は様子見か?」

「いえ、内装用の材料の加工と、一、二階部分くらいは施工ができるかと思って」

 俺の言葉に建築師で現場監督のヴェルテムスさんは、相変わらずちょっと厳しめの顔つきだ。

「他の魔法師は、後から来るのか?」

「いえ、魔法師は俺だけですよ?」

「は?」


 あ、すんません……俺、基本的にぼっち作業なんで。

 ヴェルテムスさんは俺が魔法師チームをまとめて、指示を出してやらせるんだと思っていたようだ。

 そんなリーダーシップ、俺には無理ですよ……


 俺は各パーツのデザイン画(父さん作)を広げ、材料をその上に乗せて指示した魔法を展開する。

 はい、デザイン画と指示寸法通りの材料ができあがりました。


「うーん、相変わらず君の魔法は、展開が早いよねぇ」

 イスレテスさんがそう呟くと、そんな程度の話じゃねーだろうが! と、ヴェルテムスさんが噛みつくが……衛兵隊の人達は俺の魔法を見慣れているからねぇ。



 そんなこんなで資材加工はサクッと終了、施工に入ります。

 先ずは、エレベーターの設置。

 そして部屋割りの通りに仕切りが造られているので、各部屋毎に内装を整えていく。


 一階は、基本的には大きめのエントランスと備蓄倉庫、資材置き場。

 そして簡易診療所が設置できるような仕切りを取り付けられる造りにする。

 プレハブみたいなものを、室内で簡単に造れるようにしておくのだ。


 そしてエントランスも非常時には簡易宿泊所になるので、すぐにその場で組み立てられるように床下収納に資材がしまえる造りになっているのである。


「なるほど……どこかにまとめてしまっておくんじゃなくて、その場で作れるようにするから少し掘り下げて床が作られていたんだね」

 イスレテスさんは設計図を見たことはあるみたいだが、実際にそのスペースに何が入るのかまでは知らなかったみたいだ。

「上手いこと畳んで入れてるもんだな……」


 こういうワンタッチ展開できるコンパクトなものは、日本人的に得意なんですよ。

 ヴェルテムスさんも覗き込んで見ているが、他の作業は大丈夫なんですかね、監督?

 だが、どうやらほぼ仕上がっていて、残っているのは外壁のサイディングくらいらしい。

 流石ですぜ、棟梁。


 そしてスプリングを使った金属製の三角ラッチで止める扉は、やはりこちらでは作られていないものなので、ヴェルテムスさんから突っ込まれて仕組みやらなんやらを説明させられた。


 うちの二階とビィクティアムさんの家にしか使ってないものだったけど、床に使うならフラットになる留め具じゃないと使えないからね。

 簡単にパカパカ開けられちゃうのもまずいし。


 そして簡易壁を簡単に移動、設置、固定できるようにレールを天井に走らせている。

 このレールでスライドさせて移動するのだ。


「壁を移動させて……へぇー! これは簡単で早くできるなぁ」

「移動簡易壁は、使わない時はまとめてここに収納されていますので、こうやって滑らせて運べば力のない人でも簡単に動かせますし、倒れませんから」


 大きな空間を一時的に仕切るには、こういうのが便利なんだよな。

 カルチャースクールでは、こういうパネルを動かして科目ごとに部屋の広さを変えてたんだよ。

 ……俺の教室は、すっげ狭かったけどね。


 いろいろな仕込みをしつつ、一階部分は終了。

 ふう、ちょっとお腹空いたなぁ。


「おい、タクト、腹減ったろ? ほれ」

 ヴェルテムスさんが渡してくれたのは、サティルさんの食堂で出している魚の唐揚げとライ麦のパンだ。

 さくさくの白身魚の唐揚げ、めっちゃうまい!


「ありがとうございます、ヴェルテムスさん。この魚、美味しいですねぇ」

「デートリルスのもんらしいが、いい味だな。ルシェルスのエルエラ港でよく食った奴に似てる」


 ルシェルスは、カタエレリエラとリバレーラに接している南の領地だ。

 そういえば、珊瑚はルシェルスの特産品だったよなぁ。

 トビウオとか、シイラとか、南の海の魚も美味しいよね。


「おまえは魔力量が多いみてぇだが、その体つきでよくもつもんだな」

「一応、鍛えてはいるんですけど、あんまり筋肉が付かないんですよねぇ」

「……身体になる前に、魔力になっちまってんじゃねぇのか?」


 うーん……そうなのかな?

 そういえば、ハウルエクセム神司祭の魔法講座で『魔力を使いすぎると身体が痩せるから気をつけるように』って言われたよなぁ。


 俺は体力をもっと付けないと、まずいかもしれないな。

 筋肉が細くなったり必要な脂肪を貯め込めなくなるのは、生命体として失格だぜ。


 ああ、ジムの筋肉自慢トレーナーさん達の話を、もっとちゃんと聞いておけば良かったかもしれない。

 筋トレメニューつくろう……運動と食事の。

 そうだ、どうせ運動するなら実益を兼ねるべきだよな。


 うん、西の森へのランニングをしつつ、山菜採りをしよう!

 トレッキングと森林浴、そしてなんと言っても食欲を満たすために!

 閃光仗があれば、獣も魔獣も怖くない!



 さて、お食事の後は二階の整備です。

 この階は、食堂と厨房。

 厨房は研修棟の学食と同じ造りで、オールステンレスのピカピカ仕様。


 一階食料庫への階段だけでなく、専用エレベーターも設置。

 食堂は一部を避難所として使えるように、こちらも可動壁と床下収納を準備。


 食堂のテーブル配置や機能などは、学食とほぼ一緒。

 ただし、こちらはちゃんとお代をいただく『店』なので、食券制度を導入している。


 座席でお金を入れたらそこに食事が運ばれる……っていうのでもいいのだが、それだとお釣りが発生した時に面倒なのだ。

 それに……『食券の食堂』ってのが、俺的に楽しくて好きなのである。


 食券の販売機はうちの自販機と同じシステムで、お金を投入すると札が出てくる。

 食事の札は昼は赤、夜は青。

 だが、担当の料理人によってデザートがあったり果物を出したりできるので、サイドメニューがある場合は別の色の札もある。


「『食券』……か。面白ぇこと考えたな。だけど、他の日の食券を買っておいて使おうとするやつも出て来るんじゃねぇのか?」

「食券には毎日この販売機の中で魔力が入れられます。この食券の魔力保持時間は、販売機から出されたら二刻ほどなので買い置きはできません」


『一刻』はだいたい二時間弱である。

 一日は『十三刻』だが、時間で換算すると25.7時間くらいだ。


 そして内緒だが、食券には移動制限をかけてあるのでこの建物からの持ち出しはできないのである。

 同じ色のプレートを使うから、別の食堂へ持って行かれちゃっても困るのでね。


 食券を座席で所定の場所に嵌め込むと、自動的にトレーに乗った食事が運ばれてくるのである。

 こちらには完食強制システムはないので、食べ終わったらそのまま席を立つと二分後くらいに自動で下げられる。

 その時に、食券も回収される。


 だが、席を確保したままトイレに行きたいとか、デザートの食券を買いに行きたい時には食券を嵌め込んだ場所に魔力を通しておくと、トレーは下げられず『待機状態』となる。

 座席に戻ってもう一度魔力を通し、食べ終わった食器を下げてデザートを運んで欲しいなら食事のプレートの上にデザートのプレートを置いて上から軽く押す。


 そうすると食事用プレートが回収されて、食事のトレーも回収。

 その後に、デザートがテーブルに運ばれてくるのである。

 このあたりのやり方は実際に運用してみて、より使いやすい効率のいい方法への変更も可能だ。


 もし『待機状態』のままで四半刻……だいたい三十分以上戻らなかった場合、強制撤去。

 魔力登録があるので衛兵であればペナルティ対象となり、一般客であればブラックリスト入り。

 そうなった人々への対応は……戻りたくても戻れない事情がある場合も考えられるが、そこら辺の情状酌量も含めて衛兵隊にお任せである。


「なんだか、もの凄く楽しそうな仕組みだなぁ。これがやりたくて、外門食堂に来ちゃうかもしれないね」

「そういう理由でもいいので、皆さんが親しんでくれる食堂になったらいいですね」

「二階ってのはちょっと、最初は入りづらいかもしれんな。二回目からは、旨けりゃ来るだろうが」

 ヴェルテムスさんの懸念は尤もである。


「だから、直接二階に上がれる外階段を付けていただいたのですよ」

 そう、ファミレスで建物の一階に駐車場がある所みたいに、外から直接食堂へも入れるのだ。

 この階段は三階まで続いているので、非常階段としての役割もある。

 普段は三階へは入れないように、扉がついているけどね。



 余力があるので、三階までやっちゃいましょうか。

 この階は衛兵隊がメインで使う会議室スペースだが、非常時は勿論避難所になる。


 去年の大雪では、北側で十五メートルくらいの高さまで雪が積もった。

 この三階部分は窓の下側の縁を、地上十五メートルの高さで設定して造ってある。

 そう、外門の三階に来れば、町が見渡せるのである。


 これは今後、そこまでの雪が降らなかったとしても、町の防犯上『上からの視点』は非常に大切なのだ。

 そして、町の中からも、この窓がある場所は必ず見えるのである。


 災害時、この三階の窓に明かりを灯せば、ここが『目指すべき避難場所』であることが判る。

 当然、町側に向いている全ての窓に探照灯サーチライトが設置されているので、大雪の時でもこの明かりがあれば方向を見失わずに済む。


 ホワイトアウトの危険性は、この町に住む人々なら充分に解っている。

 だが降りしきる雪の中でも外門避難所に、色の付いた明かりが見えれば迷うことも少ない。


「『探照灯』か。かなり強めの光だね」

「はい。雪の中で目立つには赤い光りが一番有効だと思います。ただ、全ての方向を同じ色にしないことによって、『まだ歩いて帰れるけど真っ白で周りがよく見えない時』に、方向を示すためにも色を変えてあります」


 一番雪深くなる北は『赤』、北東は『紫』、北西が『橙』と目立つ色を北側に。

 東は『青』西は『黄』南が『緑』南西が『黄緑』南東が『藍』。


「最悪、北の『赤』だけは絶対に見えるようにしておけば、その他の方向への移動も解りやすいと思います」

「うむ、確かに雪んときゃたいして積もってなくても、真っ白で方向がわからねぇから、そういう目印が高い位置にあると助かるな」

「降り方や積もり具合によっては点滅させてもいいし、民家に光が当たってしまうことはない高さですが、少し上に向けることで眩しさも軽減できると思います」


 食堂の通常時営業はどちらかと言えばオマケであり、今回の施設増築&改築は避難所機能と通常時の防犯機能の充実である。


 探照灯は勿論、真っ白の光で町の中を夜間に照らして緊急時広範囲に灯りを確保できるという利用方法もある。

 でも町の中心までは照らせないし、そういう使い方をするような事態はほぼ起こらないだろうからオプションみたいなものだ。


 そして俺が内部を作っている間に外壁サイディングも終了し、外門改造第一号、北門は完成である。


「……あれ? この石積……切り込み接ぎですか?」

「おう、おまえんとこの地下で見たやつな! こうやって広い範囲で造っと、確かに格好いいな!」


 セルゲイスさんの造った石積のせいで、すっかり城郭のようだ。

 とても強そうである。

 ……内側なのに。

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