第八章 魔法についてのエトセトラ
第301話 春の喧噪
あのセラフィラントからの大荷物が届いた日から三日後、今日辺りビィクティアムさんが港の方々に俺からの『ビデオメッセージ』を届けてくれている頃だ。
ほんの一例……程度だが、届けてもらったものを使うところを見て欲しかったんだよね。
ちゃんと無駄なく利用しますよって、生産者に知って欲しかったのだ。
そしてあわよくば、今後もお取引させて欲しいですよ、というアピールなのだ。
特に、カルラスの生姜とデートリルスの天草や蜂蜜は是非とも……!
他のものもそりゃ欲しいのだが、入荷する絶対量の少ない生姜とシュリィイーレの物とは全く風味の違う蜂蜜は貴重なのだ。
そして、車厘……ゼリー作りに欠かせないゼラチンもこの国での標準はイノブタの皮から採れる加工品で、植物由来のものがないこともあってちょっとシュリィイーレでは手に入りにくいのである。
コーヒーゼリーは本当は『ジュレ・ド・カフェ』とフランス語名にしたかったのだが、『ジュレ』はもう少し水分量が多い日本のジュレのイメージなのだ。
だが『
『ゼリー』のより柔らかめ、そして動物性の『車厘』ではなく植物性だということを区別したくて『ジェリ』。
なので『カフェジェリ』という商品名にしたのである。
珈琲はまだ全く知られていない物なので、うちで提供し始めてから今後の対策を考えようとは思っている。
コーヒーゼリーは大好きだから、個人的には定期的に珈琲豆も欲しいのだが、現時点では大箱三箱という馬鹿みたいに大量の在庫があるから後回し。
柑橘類も西の畑で作られている別種類の物で代用できるから、枸櫞以外はなんとかなる。
海藻類は……多分、俺しか食べないし、食堂で使ったとしても消費量が上がるとは思えない。
多分、シュリィイーレの皆様は……海藻はあまりお好みでないと思うし。
……味噌だ。
醤油が上手くいったら、今度は味噌も作ろう。
米麹味噌と豆味噌だな!
海藻類は味噌があってこそ、輝く素材だろう!
俺の個人的な好みだけど!
味噌汁とか、若布たっぷりのぬたとか大好き!
俺は食堂に飾り棚を作りながら、セレステから貰った船を撮影した時に使った曲を口ずさむ。
自分だけで聴く用に、好きだったJPOPやらアニメ曲やらも音源を作ってあったのだ。
あの『不銹鋼船進水式』で使った曲は名曲中の名曲、そして船の発進と言えばこれでしょう! という俺的格好いい曲トップテンに入る曲。
そう、宇宙に旅立つ某巨大戦艦アニメ主題歌のインストゥルメンタルである。
……船は戦艦じゃなくて貿易用のガレオン船だけど、格好いい船の進水には格好いい曲が必要なのだ。
勿論、今回はちゃんと『俺が作った曲ではない』と伝えてある。
撮影の時、ビィクティアムさんには随分と協力してもらったので……そうだな、チーズを二玉くらい差し上げよう。
映像の編集はできないので一発撮りの上、音楽を流しながらだったから船の動きとかの調整までやらせちゃったからなぁ……
うん、チョコレートバーも付けようかな。
よぅし、飾り付け完了!
銀色に輝いて、めちゃくちゃ格好いいね!
思わず敬礼したくなっちゃうよ。
ランチタイムでお客さんが来だすと、みんながこの不銹鋼船に注目する。
「うわぁ、すげえなぁ!」
「船の模型か!」
「綺麗ねぇ。銀……とは違うみたいだけど」
皆さんが褒めてくれるのが、なんだか自分のことのように嬉しい。
模型の横には『セレステ港より寄贈』と札を付けてあるので、誰もが流石セレステはたいしたものだと納得してくださっている。
うっかり、俺が作ったなんて思われるのはまずいからね。
今日のランチはセラフィラントからの塩鮭を使ったパイ包み焼き、付け合わせは
そしてスイーツタイムは、カフェジェリに文旦の蜂蜜漬けを添えたものだ。
クリームも甘めでたっぷり添えてあるので、皆さん楽しんでくださっているようである。
それにしても、最近うちで使っている食材がほぼセラフィラントから入った物ばかりだから、何だかセラフィラントのアンテナショップみたいだな。
まぁ、美味しいんだから仕方ない。
暖かくなってくると食材や様々な製品達と一緒に、この町にやってくる人も増える。
大抵は商人やら市場で販売をする人々なのだが、今年はどうもそうでない『観光客』っぽい人もいるようだ。
もしかして『辺境観光』でも流行っているのだろうか?
「そりゃあ、君と長官のせいに決まってるじゃないかぁー」
のんびりとスイーツを楽しんでいるファイラスさんが、へらへらと笑いながらそう言うが、俺のせい?
「蓄音器が結構、出回っているからね。それと、ショコラ・タクト目当てかな」
蓄音器は……そういえば、遠方にいる家族なんかにお土産物として送るって買ってた人がいたし、王都でも他領でも持っている人は割と増えたようだ。
そうか、あれなら……まぁ、当然だろう。
なんと言っても、レンドルクス工房とマーレスト工房は石工と木工の
彼らの作るものは、その他の品々もかなり内外で人気が高い。
しかも、音源水晶も随分と売れていると聞く。
シュリィイーレの楽団は、結構上手なのだろう。
俺の聞いたことのある他の楽団というと、舞踏会前のご歓談タイムで聞いた王宮楽団なので、比較対象とは言えないからよくは判らないが。
ショコラ・タクトは、皇室認定という折り紙付きの逸品なので……確かに知名度は上がったかもしれない。
そうか……よし、暫くは作るのを止めよう!
俺は今、沢山貰ったいろいろな食材で、新しいスイーツを作っていきたいのである。
今後ショコラ・タクトは秋から冬場のお菓子として出そうと思っていたから、春夏は出しませんよアピールを強化しよう!
うちにこれ以上、変な
「でも、ビィクティアムさんのせいってのは……どうしてですか?」
「だってさ、神斎術とあの魔力量が公開されちゃったじゃないか。『迅雷の英傑』を一目見たいという人が増えて当然だろ? シュリィイーレなら王都なんかと違って、道ですれ違える可能性だってあるんだから」
なるほど!
芸能人とか著名人に会いたいっていうか、見物したいってやつなんですね!
スターが住んでいる町……なんですね、ここは!
うーん、凄いなぁ。
『英傑』ってのは、存在するだけで経済を回すんだなぁ。
「君だってそうだろ? 『イスグロリエスト大綬章の最年少魔法師』は結構、有名だよぅ? まぁ、臣民に知られてはいないけどね」
つまり、貴族と教会関係、従者家系の人達には知られているってことですか……
それもそれで面倒だよね……
まぁ、そういう人はうちの食堂になんて来ないから、大丈夫!
どっちにしても、そんなに来ないって。
なーんてね、そんなことを考えていた時期もありましたよ、どうせたいして来やしないってね。
……甘かったね、
ショコラ・タクトがなくても、俺の授章が知られてなくても、人がね、来てるんですよ。
セラフィラントの不銹鋼船が飾ってあって、ロカエの魚介を出しているセラフィエムス卿の銘紋が押された証明書があって、皇室認定証書が飾ってあったら……来ちゃうよね。
ビィクティアムさん効果でね。
しかも、ビィクティアムさんは家と職場や各拠点の行き来には改札を使っちゃうから全く外に出ないけど、うちにだけは食事に来るわけですよ。
裏から出入りするから、自宅前や詰め所前で出待ち入り待ちしている人々は見られないけど、偶然うちに来た人が見かけるんですよ。
で、あの食堂にいたぞ! ってなるでしょ?
集まって来ちゃうわけですよ……
その上『迅雷の英傑』と同じ物を食べることができる! ってんで……ビィクティアムさんがいなくても、人が増えちゃいましてね……
泣きそうなくらい、忙しくなっちゃったわけです。
「……というわけで、食堂にいらっしゃると大騒ぎになるので、食事はこちらに運ぶか、うちの二階で提供いたします」
「すまん……」
今日も大わらわだった一日の終わり、ビィクティアムさんの家に刺身の盛り合わせを持ってきた俺がそう告げると、本当に申し訳なさそうに謝られた。
「ビィクティアムさんが悪いわけでは、ありませんけどね。でも、暫くは。まさかあんなに大勢の人が来るとは……」
臣民だけでなく、貴族でも下位であれば十八家門貴族の姿を見たとしても声をかけたり、ましてや触れたりなんて絶対にしてはいけないのだ。
だけど、うちは辺境の町のごく普通の一食堂である。
王都であれば気を遣うであろう人達も、
芸能人に道端であった時になんとなく後をついて行っちゃったり、声をかけて頑張ってください! なんて言っちゃったりするだろう?
プライベートなら許されちゃうのではないかって、無礼な態度のやつが出てくる可能性だってないとは言えない。
でも……イスグロリエスト皇国では、貴族に対してそんなことをしたら即刻逮捕・厳罰確定なのである。
ちょっとくらい、も許されない。
だから、罪人を作らないためにも、うちの食堂の平和のためにも、ここはビィクティアムさんには申し訳ないが規制させてもらうしかないのだ。
「一日三食、ちゃんと俺がお届けに参ります。ひとりで淋しかったら、マリティエラさんとかライリクスさんも連れてきますよ」
「ああ、そうだな。しかし、ここまで来る見物人がいるとは……酔狂なことだな」
多分ねー、若くて格好良くてまだ婚約者もいない大貴族の嫡子……ってのも、付加価値なんだよねぇ。
アイドルみたいなもんっすよ。
ハイスペック過ぎるってのも、考えものですなぁ。
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