第245話 海洋環境修復

 カルラス沖の熱水噴出孔近くに溶け残った転移文字の石を埋めて、俺は一度自分の部屋に戻った。

 着替えをして、必要になりそうな【文字魔法】を予め用意しておくためだ。

 カルラス沖よりシュリィイーレ南の海の方が、深い所に熱水噴出孔があった可能性もある。


 俺の魔効素ドーピングは『大気から』だ。

 しかし、海の中でそれはできない。

 なので『海から』魔効素を取り出して、魔力に変換できるように指示する。

 そう、海中にも魔効素はたっぷりと漂っていたのである。

 そして深海に行けば行くほど、魔効素は濃くなっていた。


 あとは水深が深くなっても水圧に影響されず、酸素をちゃんと含んだ空気が供給されるようにしておかなくてはいけない。

 熱も遮断しておかないとな。

 そして光を使って見るのではなく、暗視できるようにしなくては。

 深海で不用意な光を放っては、環境や生物に影響が出ないとも限らない。


 突然光めがけて、危険生物が襲いかかってくる確率だってゼロではないのだ。

 準備は思いつく限り入念に。

 何もなかったら、ラッキーだったと思うくらいに用心すべきなのだ。

 海もまた、人の住む世界ではないのだから。



 深夜、誰もいない錆山に一度転移し、真上へと飛び上がる。

 地上から見られても人だと解らない高さまで上がってから、南へと飛ぶ。

 南側の崖に着いたら一度降りて、転移目標と空気を取り込む魔法をかけた石を置く。

 この石から取り込んだ空気が、俺のケースペンダントに送られ、循環するようにしてある。


 海上に出たら錆山の見え方が俺があの日、海から眺めた時くらいの大きさになるポイントまで移動する。

 卵の殻のように周囲の空気を固め、念のため水深五千メートルの水圧にまで耐えられるように、千度の高温も感じないように。

 そして、ゆっくりと海中に入っていく。

 暗い海の中が、まるで昼間の浅瀬みたいによく見える。


 暫く潜っていくと、岩壁にかなり大きな横穴が開いている箇所を発見した。

 ここがあの時、俺が放り出された穴かもしれない。

 辺りを調べると、あの壁のものと思われるような岩石がゴロゴロしていた。

 えーと、ここに転移できるようにして……と。


 まずはその穴から海水を抜き、中の様子を見てみる。

 岩壁はさほど厚くなく、すぐにあの三角錐の部屋へと辿り着いた。

 三角錐は壊れてはいなかった。

 中にはきっとあの石板も入っているはずだ。


 三角錐自体に、転移目標は付けられるかな?

 ……うん、大丈夫みたいだ。


 部屋の中から出た岩を、元に戻して修復するように指示を出す。

 転がり出ていた岩が中へと入って来て、壁が組み上がっていく。

 いくつか石が足りない箇所は、近くの石を複製して形を整えて埋めていこう。

 壁もすっかり塞がれ、もう海水が入ってくることはなさそうだ。

 一応、強化固定の魔法をかけておこう。

 お掃除もしておこうかな。


 もう一度、海中へ転移。

 今度は海底の修復だ。

 何処から何処までに影響があったのかを確認しないと、魔法の有効範囲が決められない。


 深海に潜っていくと、生き物たちの様子が全然カルラスの海とは違った。

 硫化物質を含む海で生きられる小さな生物たちの世界だったのに、俺がぶち壊してしまったために、今この辺りに生き物の姿は全く見えない。

 水温もかなり低くなってしまっているので、移動してしまった生物達もいるのだろう。


 水深が二千五百くらいになった時、潰れて落ちくぼんでしまっている箇所を見つけた。

 多分、ここから多くの熱水が出ていたのだろう。

 海底に着くと、俺は修復指示の魔法を展開した。

 目の前の大穴に落ち込んでふさいでいた堆積物が周囲に吐き出され、熱水が勢いよく噴き出し始めた。


 同様に、付近でもくもくとブラックスモーカーが列をなして復活していく。

 これで大丈夫かな……

 どうかここの生態系が戻りますように、とお詫びとお祈りをして俺は地上へと転移した。



 一息ついてからすぐ、カルラス沖に飛ぶ。

 あの吹き出し孔を確認すると、殆ど熱水が出ていなかった。

 よかった。

 やっぱり、あそこが原因だったんだ。

 ここの海底も修復すれば、カルラスの水質汚染と水温上昇もなくなるはずだ。


 海底の修復完了……海水そのものも正常な状態に戻せないかな?

朔月さくつき・六日の海水の状態に復旧』

 おお、鑑定しても硫化物質がなくなったぞ。


 だけど、あんまりいい状態とは言えないな。

 なんでだ?

 俺の環境破壊やらかし以外にも原因があるのかな?

 なんだか、海水全体がとっても濁って視える。


 不漁はこの濁りが原因で、太陽光が阻害されているからかもしれない。

 濁りは……無機粒子……ではないみたいだけど、なんだろう?

 なんだか魔効素に似ているけど、魔効素ならこんな風に海を濁らせることはない。

『海洋鑑定』と『細菌鑑定』、そして【顕微魔法】で海水を分析していくと『魔瘴素ましょうそ』という物質を見つけた。


 これは『生命の書』に名前だけが載っていたものだ。

 何処にあるとか、どういう物なのかは書かれていなかった。

 魔瘴素だけがオレンジ色に、発光して見えるようにしてみよう。

 おお、結構漂っているなぁ。


 海の中にも少しずつ沈んで行っているが、殆どが海水表面に存在している。

 まるで、パラパラにした発泡スチロールの粒みたいだ。

 どこからか流れて来ているということか?

 そのオレンジの発光を上から眺めるべく、海上に出る。

 うわ……カルラス港付近の海面が、全面オレンジだ。


 そして港の南側にひときわ濃く発光している部分を見つけた。

 崖の中腹くらいからオレンジ色が漏れ出て、海に落ちていっている。

 小さい穴が沢山開いているが、こんなだったかな? この崖……


 あ、そうか。

 引き潮で水位が下がっているから、この穴が見えているのか。

 潮の引きっ振りが凄いな……大潮クラスではないだろうか。

 普段は、海水面より下なのだろう。

 俺の神眼には、魔瘴素ましょうそが吹き出している辺りの岩壁がどす黒い赤に視える。


 これは、ラディスさんの怪我を『視た』時の感じに似ている。

 俺の神眼が、この岩壁が『良くない状態』であると教えてくれているのだろう。

 魔瘴素ってのは、取り込むとよくないものなのだろうか?


 俺はコレクションに入っていた鉄の塊に魔瘴素ましょうそを取り込んでみた。

 少しずつ入れていくと、鉄から『魔効素』が吹き出してきた。

 もしかしたら、魔瘴素ましょうそは金属や岩石など、大地で取り込まれて魔効素に変換されるのだろうか。


 俺は、鉄に取り込む魔瘴素ましょうそを増やしていった。

 すると、ある一定の量以上を一気に入れてしまうと鉄がみるみるうちに黒ずみ、魔効素へ変換されることもなくなってぼろぼろと崩れてしまった。

 変換する限界を超えて供給されると、このようにボロボロになってしまうのだろう。

 崩れた鉄は、あの岩壁のようにどす黒い赤に視えている。


 あの岩壁は、魔瘴素ましょうその変換に耐えられなくなったんだ。

 それで変換されなかった魔瘴素ましょうそがそのまま放出され、海への光を奪っているのだ。

 この魔瘴素ましょうそが、カルラス港近海の不漁の原因になっていることは間違いなさそうだ。


 でもどうして、この岩壁の中だけこんなにも魔瘴素ましょうそが溢れているのだろう?

 この岩の中に何があるのだろうか?

 その時、岩壁の一部がぼこり、と崩れ落ちた。

 ヤバイ!

 魔瘴素ましょうそが勢いよく漏れ始めた!


 別の石で塞いでも根本的な解決にはならないだろう。

 えーい、乗りかかった船だ。

 ちょっとこの岩壁、壊しますよ!

 あ、崖自体が崩れないように赤黒くなっていない上部の方は強化魔法で補強しておかなくては。


 では、改めて。

 掘削!

 でも掘った岩石は海に落とさないように……ある程度のサイズに砕いて、崖上に積んでおくことにした。

 後で埋め戻す時に、浄化してから使おう。

 人が立って通れるくらいの横穴を開けていくから、ちょっと大きくなっちゃうな。


 横穴が開いた崖の奥へと入っていく。

 少しずつ魔法で掘り進めていくと、岩がどんどんと脆くなって触れただけでも砂のように崩れていく。


 取り敢えず、今見えている魔瘴素ましょうそを魔効素に【文字魔法】で変換してしまおう。

 吹き出してきたものも、海上のものも。

 でも、これは応急処置だ。


 原因は、この奥。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る