第244話 調査
『北東・紫通り十二番店直伝』秋刀魚とビーツのテリーヌは大好評であった。
父さんには手放しで喜ばれ、母さんはこれなら見た目も大丈夫! と食堂での提供を了承してもらえた。
お客さん達はこぞって、流石はラウェルクに教えてもらった料理だ、と褒めそやし、ロカエの魚を讃える声が聞こえた。
……大成功と言っていいのだが……この
いやいや、俺の目的は『魚介に親しんでもらう』ことなのだ。
俺に対する反応を期待していたのではない。
これからもラウェルクさんにはご協力いただいて、魚料理を身近にしていこう。
その為には……カルラス港の復活が鍵となるのだが、こちらの件もどうも嫌な感じが頭から離れないのである。
諸処の話で聞かれる『
俺が盛大にやらかしたのが、
もしかしたら、湿原を草原に変えてしまっただけではないのかもしれない……というドキドキが治まらないのだ。
その日の夕方、俺はビィクティアムさんが録画した元湿原の転送映像を確認することにした。
おお……昼間の映像だからか、周りの風景が違って見える。
本当に草原だ。
ここが湿原だったなんて、絶対に想像できない。
……おや?
なんだか、岩がゴロゴロしている場所があるぞ?
拡大してみよう……あ!
この岩……あの俺が泥を抜けた所にあった、壁の岩じゃないか?
打ち込み接ぎの石垣だったあの壁の石は、接合部分が加工されているものだった。
どれもこれも、不自然に真っ平らな面がある石ばかりだ。
もしかして、下の空間からせり上がってきたのか?
ということは、石積は全て崩れている。
俺が転移目標を書いた石積壁の岩は、今どこにあるのだろう。
崩れたのが、湿原の下だけだったとは限らない。
あの三角錐の部屋から押し出された時、瓦礫も一緒だったか?
三角錐も、あの石板も、全部流されて海に落ちた?
いや、だとしたら俺があんなに早く海面に辿り着けるはずがない。
「……ここで考えていても、なんの解決にもならない……行ってみるか」
俺は意を決して、三角錐の部屋に書いた転移目標にとんでみようとした。
……転移、できない。どういうことだろう?
転移自体は問題ないはずなのに……あの目標が壊れてなくなってしまったのか?
それとも、俺が転移して入り込める空間がないということなのか?
どちらにしても、もうあの部屋はないということだ。
あの石板、もう見られないのか……
湿原の真下の部屋も入れないかな……?
いや、草原に転移できるかも。草原に行ったら、あの岩を詳しく調べてみよう。なんらかの痕跡があるかもしれない。よし、転移だ!
えっ?
みっ、水っ?
しまった、海か!
ざばばーーっ!
「ぶっ、ふぉっ!」
よかった……思ってたより浅い所だったみたいで……
俺はなんとか浮かび上がり、海の上へと飛んだ。
あれ? 遠くに見慣れない物があるぞ?
……船……?
なんで?
シュリィイーレの南側は崖だから、船なんて停泊していない。それに……どう見てもあそこに見えるのは、港、ですよね?
混乱したまま、俺はとにかく人目についてはいけないと、真っ直ぐ上空へと飛び上がった。
地上から視認できないように、かなり上空まで上がってから服と身体を乾燥させて、改めて、地上を見る。
俺が落ちた海から、二百メートルくらいの所に港と船が数隻。
入り江とその端の崖の上に小さい森。
陸地にはいくつかの建物と、崖の上にキラキラと夕日に輝く……三角錐。
「ここ……カルラス?」
なんで?
何がどーして、どーいうわけで、俺は今カルラス港にいるんだ?
まてまてまて、俺の書いた転移ポイントがカルラス港の近くの海底にあったってのが、まずどういうことなのだろうか?
周りに空気を纏い、俺はもう一度転移する。
海中。
俺の足下に、転移目標の文字が書かれた小さい石が転がっている。
俺が書いたのはかなり大きかった、あの三角錐部屋へと続く湿原の下の石積のひとつだったはず。
だが、今ここにあるのは文字の大きさ分の石しかない。
セラフィラントは皇王城のある王都の町からかなり東、そして海岸線は広いセラフィラント領の一番東だ。
皇国の西の端にある、シュリィイーレから最も遠い東端。
あの地下の三角錐から俺が放り出されたのは、シュリィイーレ側だった。
なのに、この石はどうやってここに辿り着いたんだ?
古代部屋で見つけた『生命の書』に載っていた地図や海流図で見たが、シュリィイーレ側からでは海流に乗ったとしても、ここには着かない。
イスグロリエストの西側の海流は南下していくものだけで、東へは流れていない。
もしなんらかの偶然があったとしても、半月ではここに辿り着くはずがない。
しかも、こんなに小さくなって。
それに、なんだか不自然な……石の表面が溶けて固まった、みたいな感じだ。
この海水に何かあるのかと思い『海洋鑑定』で辺りを調べる。
水温が高い。
……下の方に向かって温度が高くなっている。
それに含まれている物が銅、鉄、硫黄……などの硫化物だ。
こんな水では、普通の魚は生きていけない。
まるで海底火山の噴火口みたいな……あ、熱水噴出孔か?
でもこんな浅い所まで、温度が上がるなんて。だいたい、水深三千メートルくらいにあるものじゃないのか?
疑問を抱きつつ、俺は更に深い場所へと潜っていく。
カルラスの海は浅瀬が少なく、すぐにいきなり深くなるという構造のようだ。
あれ?
水深にして、三百メートルくらいだろうか?
崖にような海溝の縁から、灰色がかった煙のようなものが吹き出ている。
熱源はどうやらあそこだ。
鑑定すると……四百度近い熱水が大量に噴き出していた。
硫化物質の量も、かなり多い。
この辺りの海流は南から北へと流れている。
ここで温められた海水と硫化物質が、カルラスへ流れ込んでいるんだ。
北から南への海流はロカエの南くらいまでで、カルラスには届かないのだろう。
でもなんであんな所に穴が……と近くに寄って見るとどうも最近崩れて、亀裂が入ったこの場所から熱水が噴き出したようだ。
少し、周りを明るくしよう。
この深さなら、地上から灯りは解らないだろう。
え……?
なんか、ものすごく質が違う岩がゴロゴロしている。
よく視るとあの転移目標の石のような、溶け固まった跡があった。
そして、硝子質の何かが付着しているものがいくつかある。
もしかして、この熱で溶けた石なのか?
元々シュリィイーレ側の海と、この穴は繋がっていたのかもしれない。
俺があの翡翠を取り出したために崩れた部屋の石が、この海底トンネルのようになっている所を通って吹き出してきているとか?
そのせいで穴が大きくなってしまって、噴出量が一気に増えてしまったとかっ?
何それっ!
環境破壊なんてものじゃなくないっ?
元々少しは出ていたのかもしれないけど、俺のせいで一気にこうなってしまったというのなら、それは決して自然のことではない。
めちゃくちゃヤバイ人災じゃねーか!
それにしても、ここを通ってくる他の石が小石程度まで小さく溶けているのに、よく文字が溶けなかったもんだ……
しかも、あの文字の部分の石だけが、浅瀬まで流れてきているなんてこれはもう、神様達の仕業としか思えない。
きっと『ちゃんと後始末しろよ』という、神々からのお告げなのかもしれん。
よし、海底の修復をしよう。
元の状態へ戻すよう【文字魔法】で指示する。
あ、だめだ……すぐにまた吹き出してくる。
もしかして元々この熱水は、俺が落ちたあの辺りで噴出していたのだろうか?
瓦礫と岩でそこをふさいでしまったから、こっちの方まで逃げてきている……ということなのかもしれない。
そっか、イスグロリエストは西から東に大断層が走っているのかも。
おおっと、今はそんな考察より、一刻も早く俺の作り出してしまった廃棄物の処理と環境回復をしなくては!
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