第226話 三角錐の部屋

 俺の身体は宙に浮いたまま引っ張られ続け、どんどん、加速していく。

 なんだこれっ!

 怖くて目が開けられない!

 いや、身体のコントロールが効かない?

 こーわーいー!


 ほんの二、三分だったと思うが、とんでもない速さで俺の身体は暗闇を移動した。

 そして速度が緩やかになり、やがて、止まった。

 ゆっくり、目を開くと地下のはずなのに、まるで真夏の日差しの中のように眩しかった。


 外?

 いや、外だって今は夜だ。

 こんなに明るいはずがない。

 ようやく目が明るさに慣れてきて、周りが見え始めた。


 だだっ広い空間の真ん中に、聳え立つバカでかい三角錐が煌めいている。

 一瞬呆けたが、我に返って辺りに何も方陣や文字が書かれていないことを確認した。

 ここにも、転移目標は書いておこう。

 最近、行く先々で転移目標を書くのが癖になってきている……


 三角錐の周りを、ふよふよと飛びながら観察していく。

 階段も何もないが、中央辺りに小さな穴があるのを見つけた。

 飛びながら、その三角錐の穴に近付く。


 長方形の穴だが、奥まで続いているのだろうか。

 覗いてみたが、中は見えない。

 何かを入れるのだろうか?


 その時、手に持っていた聖典を入れたからくり箱が、何だか熱くなるような感触があった。

 開いてみると、聖典の中から光が漏れているのに気がついた。

 本を開いてみようとした途端、聖典が俺の魔力を吸い出した。

 おいおい、なんで聖典に魔力のお支払いがあるんだよっ!


 結構な魔力を吸い取られたと思う。

 魔効素のおかげで何ともないけど、了承無しの強制搾取や強制移動は、本当に止めて欲しいよ。


 すると聖典が浮き上がり、四角い穴の中に入っていった。

 穴が閉じられ、三角錐が大きく動き出す。

 俺は飛び退き空中に浮きながら、形を変えていく三角錐を見つめていた。


 開いた三角錐の中から巨大な石板が現れた。

 びっしりと文字が刻まれている。

 これは『聖典』の石板だ!

 聖典のオリジナルだ!


 内容は……神典の第一巻から第四巻までの全てだった。

 これ、このままずっと出現しているのだろうか?

 時間が経つと、元の三角錐に戻ったりするのか?


 慌てて【文字魔法】で、この全文を複製する指示を出す。

 俺はすぐに『神詞操作』と【言語魔法】を発動し、【制御魔法】【加工魔法】『鉱物操作』でサポートしながら、可能な限りの高速で持っている紙に写し取っていく。

 自分自身から魔力が放出されているのが解るほどの出力。


 三角錐が少しずつ、形を戻していこうと動き出した。

 よしっ、間に合った!

 全部を写し終えたあと、俺は石板の裏へと回った。

 裏は……方陣か!


 三角錐が徐々に戻って行く。

 部屋の天井まで飛び退き、閉じていく三角錐を上から見つめた。

 あの方陣、今まで見た極大方陣とは違っていた。

 いくつも重なったものではなく、とてもシンプルだった。

 うー……もう一回、見たいなぁ……


 ん?

 あれ?

 さっき三角錐を開く時に使った聖典は、複製品だったよな?

 複製でも……使えるってことなら……オリジナルはまだ持ってるから『合い鍵』が何個でも作れちゃうよね?


 そして俺はもう一度複製して、たんまり魔力を喰らわせ、三角錐に入れた。

 無事に開いた三角錐から出て来た石板の裏を確認する。

 方陣は全く文字がない九芒星で、聖典の表紙と同じデザインだった。


 左肩上に、緑の石が嵌め込まれている。

 左肩上……?

 もしかして、神話の最終巻の表紙デザインでは?

 もっと近付いて見ようとして……うっかり、俺は方陣に触れてしまった。


 あああああーーーーっ!

 まただよ!

 強制搾取が始まってしまったーーっ!


 しかし、それは今までの極大方陣のような大食らいではなく、あっという間にフルチャージとなった。

 正直、拍子抜けである。

 文字が書かれていないと、こうも少ない魔力でいいものなのか。


 下から溜まっていった魔力の光は、そのまま緑の石に吸い込まれて消えていった。

 そしてその緑の石は、ぽとり、と俺の目の前に落ちてきたのである。


 この石は……翡翠だ。

 硬玉翡翠、濃い深緑色の宝石だ。

 掌にのせて眺めていた翡翠が、ふわり、と宙に浮いた。


 一瞬、自分が下降しているのかと思ったが、翡翠が金色の輝きを纏いながら俺の周りを飛び回り始めた。

 な、なんだ?

 何が起こっているんだ?

 吸い取った魔力が暴走しているのだろうかと思っていたら、ふっ、と俺の目の前で止まり、どんどん近付いてくる。


 あ、また、身体が動かない。

 え?

 これって『後悔先に立たず』ってやつですか?

 うわわわわわわわ……あ?

 翡翠が、身体の中に吸い込まれるようにして、消えた。


 身体も、問題なく動くようになった。

 今のイベントは、一体なんですか?

 やべ、三角錐が戻り始めた。

 俺は慌てて石板から離れ、三角錐が完全に閉じるのを見守った。


 そして三角錐が閉じたあと、いきなり全てが暗闇に包まれた。

 うわっ!

 さっきと違う!

 俺が、方陣の翡翠を外しちゃったせいか?


 水?

 流される!

 空気の固定……!

 間に合わない!

 い、息がっ!



「ぷふぁっ!」


 で、出られた……けど、水が塩辛い……

 ここって海?

 なんで海っ?

 俺、湿原から入ったよね?

 海って、どーしてっ!


 急上昇しながら混乱した思考を必死で戻し、身体を乾かしてから上空で周りを確認する。

 し、死ぬかと思った……

 真北に『氷星』。

 そして、錆山が見える。


 ここ、シュリィイーレの南側の海か?

 崖の下の?

 兎にも角にも、錆山目指して飛ぶ。

 シュリィイーレの町を真上から臨み、俺の家を見つけた。


 また、時空を越えたりしていないよね?

 大丈夫、だよね……?

 祈る様な気持ちで、自分の部屋へと転移する。



 よかったーーーー。

 ちゃんと俺の部屋だーー!


「あら、タクト、まだ起きていたの?」

 水を一杯飲んでから寝ようと、部屋から出たところで母さんと鉢合わせた。

「うん、なんだか眠れなくって。水飲みに」

「タクト……あんた、眼が」

 へ?

 俺の眼?


「瞳の色が、蒼く見えるけど……?」


 はいぃ?

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