第196話 原書の裏

 なんやかんやでなんとか伝えたいことは言えたので、俺は教会から本日の宿である『皇宮』へと再び移動した。

 セインさんと皇宮の侍従殿達に案内されて入った部屋の広さと、高そうな調度品にビビっている真っ最中である。

 壊したりしたら一生かかっても弁償できないのでは? というような調度に囲まれて、気が休まらないのである。

 本当に、お家に帰りたいです……


 とにかく、なるべく動かないようにしようと、ソファに腰掛けていることにした。

 人様のお宅なので、やたらめったら【強化魔法】をかけるわけにもいかないし。


 心を落ち着けるためにも、字を書こう。

 あ、外典の訳文を書いておこうかな。

 あとで、聖神司祭様方に渡しておいた方がいいだろう。


 扉にいきなり開けられないように鍵をかけて、窓からも覗けないように魔法かけて……

 あとでちゃんと魔法は解除するので、今だけ。


 複製した外典の文書を取り出す。

 まずは紙を強化補修、汚れを落とし、文字色を完全に復活させる。

 そして、別の羊皮紙に他の神典の文字と同じ書体で訳文を書いていく。


 この原書はB5版より少し小さいくらいのサイズなので、神典を訳した時に使ったA4サイズの羊皮紙だと四枚くらいかな?

 原書はびっちり書かれている訳じゃないから、半分の枚数で済みそうだ。

 ……ひとつだけ、解らない単語があるなぁ……

 読みは……『レーザ』?


 ……あっ!

 そうか、これ、愛称か!

 スサエレーザ神は、主神から『レーザ』って呼ばれていたのか!

 と、すると……神典にあった解らなかった単語はもしかして……


 俺はコレクション内にしまってあった『訳文の原本』を取りだした。

 そう、俺が実際に書いたのはこの『原本』である。

 セインさんに渡したのは、魔法でこの原本を写したもの。

 しかも【集約魔法】で表示させているので、この原本を訂正すると自動的にあちらの写しも訂正されるのである。


 だから、あの訳文は改竄も消去もできないのだ。

 常時発動なのでこの原本自体に魔効素変換での魔力供給を施してあるから、俺自身の魔力を使われることはない。

 コレクションに入れた時にどうなるか心配だったのだが、指示してあることが優先されるようだった。

 まぁ、俺の魔力が持っていかれたとしても、俺自身が魔効素から補給すれば済むだけのことなんだが。


 改めて原本の『意味がない』単語の『音』を確認すると『シシィ』『ティア』『ルオー』。

 やっぱり、主神と宗神は愛称で呼び合うほど親密だったのだ。

 家族のように、兄弟・姉妹のように。

 愛称呼びをしているのは、この四柱の神々だけだ。


 よし、この部分も全て書き替えておこう。

 これで解らなかった八つの単語のうち、七つが判明したということだ。

 あと、ひとつは……地名か?


 外典……いや、神典第一巻の一部分の訳文を書き上げ、【集約魔法】で写しを作る。

 原本はしまって、写しを聖神司祭様方に渡せるようにまとめて……

 原書をしまわなくちゃ……と手に取った。


 書きながら終わったページを裏返して重ねていったので、今見えているのは『裏』。

 その『裏』に線……と、文字が見える。

 慌てて全ての文書の裏を確認したら、やはり線、文字、そしていくつかの記号がある。


 線が繋がるように並べてみると、方陣……のようなモノが現れた。

 が、線が全部、繋がってはいない。

 枚数が足りないのか、並べ方が間違っているのか。

 表に返してみると文書のページ順通りにはなっていない。

 俺は取りあえずこの裏の図を写しておき、一旦原書はしまい込んだ。


 改めて、その方陣らしきモノを確認する。

 文字は『前・古代文字』なので、文書が発見された時に書かれたわけではない。

 この裏のモノを書くためにバラして使い、その八枚だけ発見された?


 これは方陣……と言っていいのだろうか?

『方』でもないし『陣』でもないし……なんだか中心から角張った渦がぐるぐる回っているだけで、線が何処も閉じていない。

 文字は線と線の間に書かれてはいるけれど、向きがバラバラでどこから読めばいいのか解らない。

 文字の向きを揃えるには……どうしたらいいんだ?


 俺は写した紙を、文字の向きが揃うよう並べ替えて見ようと思った。

 あれ?

 同じ記号が、方向違いで書かれている?

 そっか、この記号が紙の方向の目安なのかもしれない。


 記号を同じ向きに揃えると、紙の向きはめちゃくちゃだが、文字の向きは揃った。

 ……でも、文字が変に欠けていたり、単語として成り立っていないものばかりだ。


 暫く、俺はその状態のものを眺めていた。

 どの紙の文字も飛び飛びになっている。

 ひとつの単語を見ていて、間に一文字入ったら『氷』って単語になるのにな……とぼんやり思った。

 その隣にあった紙に欠けているその一文字が、ぽつん、と書かれている。


 気まぐれにその二枚を重ねて、灯りに透かしてみた。

「ここにー、この字が入ると読めるんだけどなー……ん?」

 左上の記号がぴったり重なって見える。

 そして、もうひとつ読める単語が出て来た。


 これ、並べるんじゃなくて、重ねるんだ!

 でも流石に八枚重ねたら、光に翳しても透けては見えない。

 よし、同じ紙に上書きで写していこう。

 左上の記号が重なるようにして、一枚ずつ転写していくとみるみる単語が浮かび上がり、文章が見えてきた。


『ー月七の氷ーから西のー星の下』

『森のー瓶にて紅のー石に神力を満たせ』

『ーの南よりーーをーー導きの光をーー』


 所々、まだ読めない部分がある。

 線はこの三段の文字を囲うように、四角と三角が重なったような形になっている……が、やはり一部欠けている。

 線の感じからすると……あと一枚くらいか。


 決められた日の、決められた場所で、指示通りにすると何かが起きる……ということか?

 しかし、この虫食い文章では解らないな。

 ちょっと保留……だな。



 扉の鍵を開け窓の魔法を解いて、窓を開け放って一息ついた。

 夏の暑い空気が、むわっと入ってくる。


 ここから町が少しだけ見える。

 あの背の高い建物はなんだろう?

 塔のように見えるけど……

 その時、ビィクティアムさんが入ってきた。


「放っておいて悪かったな。なんとか間に合ったぞ」

「そうですか、良かった。すみません、伝えるのが遅くなって」

「構わんが……陛下は大慌てだったぞ。ちょっと、面白かったが」


 ははは、間に合って本当によかったよ。

 もしあのまま『完成』ってされちゃっていたら、後々大変だっただろうし。


「ビィクティアムさん、あの塔? はなんの建物なんですか?」

「ああ……旧教会だな」

「教会って、移築したんですか」

「うむ、外典が見つかった時に、不吉だと言って動かしたんだ。確か、千五百年ほど前だったか。それから、あそこには誰も立ち入らない」


 なるほど……あそこにあったのか。

 移転の時からそのままなのだとしたら、足りない部分がまだそこにあるかもしれないな。


 ……行ってみたいなー。

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