第188話 式典準備
「……認定式典?」
イレギュラーで月の初旬に訪れたセインさんが、俺にその式典とやらへの出席要請書を持って来たのである。
俺の訳した『神典』三冊と『神話』四冊が全て『原典復刻・正典』として認定され、そのための式典が催される……らしい。
なんという、スピード裁定。
セインさんの執念のようなものが感じられるのは、気のせいではないだろう。
「当然、この訳文を全て書き上げた、君の功績を讃える叙勲式も執り行われる」
俺の部屋でニコニコと説明するセインさんからもの凄い圧を感じるので、きっと絶対に断れないやつだ……
でも一応、抵抗してみる。
「……ご辞退できないのでしょうか……?」
「できん。そんなことをしたら君も、君の書き上げた神典と神話も正当な評価がされなくなるだけでなく、それを正典と定めた聖神司祭達や皇王陛下にまで累が及ぶこととなろう」
お、重い……
そっか、そうだよね。
神典も神話も、この国の根幹だもんね。
「……解りました……出席いたします。が、王都……ですよね?」
「うむ。そうだな。大丈夫だ。私とセラフィエムスが必ず付き添う」
「それなら安心できそうです。よろしくお願いします」
ビィクティアムさんなら、剣の腕も確かだしね。
覚悟を決めよう。
うん、ちょっと王都へ遊びに行く。
そんな感じだ、とココロの中で自分に言い聞かせた。
そうだ!
大事なことを聞いておかなくては!
「以前、王都の食事は美味しくない……という噂を聞きましたが……本当ですか?」
セインさんの表情が微妙になり、右上の方に視線が動く。
「ううむ……君からすれば……確かに美味いとは、言い難いかもしれんが……不味くは、ない。うむ、大丈夫だ」
えええー……信用できない言い回しだなぁ。
「王宮や教会から出ることは、なかろう。王宮内であれば、食事は不味くはないはずだ」
確かにこの国のトップのいる所なら……でも、期待するのは止めておこう。
「あと『叙勲』ってどういうものなのか、聞いてもいいですか?」
爵位とか領地なんて言われたって、受け取りたくないし。
「君は既に『姓』を持つ身であるから、叙爵ではない。イスグロリエスト大綬章の授与となる。後は陛下より、褒美として下賜される物品があるだろう」
「王都に住めとか、言われないですよね?」
「大丈夫だ。それは、絶対にない。陛下も上皇陛下も、君にはシュリィイーレに居て欲しいと願っておるからな」
よかった……
「それで、いつなんですか? その式典」
「
「絶対に行きたくないですっ!」
メイリーンさんの誕生日に、なんでそんなとこに行かなきゃならないんだよ!
「婚約者の誕生日にその人の側を離れるとか、あり得ませんよ!」
「だから、メイリーン嬢にも出席してもらうように手配しておる」
……は?
「どうだね? 彼女に叙勲の式典で讃えられる姿を見てもらえるぞ?」
……
……
ずるい。
そんなこと言われちゃったら……承諾するしかなくなるじゃないかっ!
「では、式典用の正装を整えねばな! 肩章と……襟飾りも」
「あ、襟飾りは……以前、皇后殿下からいただいた物があります」
「なんじゃと? 皇后殿下が?」
ビィクティアムさんの依頼で、皇后殿下の誕生日プレゼントを作成したことを話した。
「……で、お礼にっていただいたんですよ」
俺は、いただいた箱のまましまってあった襟飾りをセインさんに見せた。
「これは、百合章ではないか……!」
え?
百合章……だとなにか?
「皇后殿下が聖神一位の百合章を授けているとなると、君は既に栄誉叙勲をされていることになる。生半可な支度では、これを使うことはできんな……うむ、全て我々に任せ給え。完璧な装いを揃えよう!」
……そ、そんなに気合いを入れていただかなくても……
でも軽ーい格好なんてしたら、不敬罪とかになっちゃったりするんですかね?
「この百合章は金だし、君は賢神一位の『青』で揃える必要がある。装飾は百合章より少し薄い色の金にすべきだな」
こちらの世界で『金』と言えば本物の『純金』であって、金鍍金などではない。
つまりめちゃくちゃ高価な装いになってしまうのである。
しかも、青に金なんて派手すぎる!
「そうだ。王都に行ったら『姓』を表示させておきなさい。身分証が銀では、いろいろと手続きが面倒な場所もあるからな」
「……はい……全然わかんないので、全てお任せいたします……」
やたらノリノリのセインさんは、すっかり自分のプランのことで頭がいっぱいのご様子だ。
どんな衣装が用意されてしまうのか、ちょっと背筋が寒くなる。
そして、同行するメイリーンさんにも、正装が用意されるとのことだ。
「メイリーン嬢は賢神二位であったな? では装飾は、銀にしなければならんな……」
「その銀細工、俺が作ったものでもいいですか?」
「おお! 君が作るのであれば、問題ない! なにせ、加護が宿る『宝具』が作れるのだからね、君は」
ドレスはセインさんに選んでもらうということになったので、必要な装飾品を聞いてそれを全部作ることにした。
今回の誕生日プレゼントは、その銀製装飾品一式……だな。
宝石ならば入れてもいいと言われたので、オパールとエメラルドを使うことにした。
どちらも小さい物しか採掘できたことがないから【文字魔法】で作り出すことにしよう。
採掘に行っている時間はなさそうだ。
身分証入れの鎖も銀だし、それも一部に見えるようなデザインで首飾りを、そして指輪と耳飾り。
髪飾りは……あの婚礼儀礼品となった、右近桜の物が一番格が高いのだとか。
ではその他の髪留め用のピンを、いくつか銀で作ろう。
「メイリーンさんの護衛には、どなたが?」
「見知った者が良かろう……ライリクス、マリティエラと、それにオルフェリードという衛兵がつく手筈だ」
その三人なら安心だ。
マリティエラさんが居てくれるなら、メイリーンさんも心強いだろうし。
「で、ここからが一番の問題なのだよ」
セインさんが、厳しい面持ちで俺を凝視する。
も、問題……?
「君、踊れるかね?」
「は……?」
予想外の言葉に、俺の脳がフリーズする。
「式典の後は食事会と舞踏会だ。主役である君は絶対に踊らなくてはいけないが……できるか?」
無理でーす!
カルチャースクールでソシアルダンスを見たことがあるくらいで、踊ったことなんて……小学校の時のオクラホマミキサーとマイムマイムくらいです!
「では、特訓だな。なに、まだ一ヶ月ある。なんとか間に合うだろう。公式円舞曲での舞踏会となるからな。ふたりできちんと練習しておきなさい」
ふたりで?
「当たり前だろう? 婚約者であるメイリーン嬢と踊るのだから、彼女に恥をかかせてはいかんぞ?」
メイリーンさんと一緒に練習できるのは、凄く嬉しいんだけど!
このとんでもないプレッシャー!
冗談じゃないですよ、まったくもー!
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