第189話 まわる・まわる・まわる

 ダンスレッスン……この言葉が、俺の人生の中に存在する日が来ようとは。

 講師は、ライリクスさんとマリティエラさん。

 よかった。

 このふたりになら、どんなにみっともないところを見られても、俺のメンタルがやられることはないだろう。


 場所は、衛兵官舎の一階にある集会所として使われる広めの部屋。

 椅子や机は全て片付けて、音が外に漏れないようにしてレッスンしてもらっている。


 まず教えてもらったのは、基本の動き。

 回転が多い。

 まわる。

 まわる。

 とにかく、まわる。


 女性の手を取り、腰を支え、ドレスが広がるようにまわす。

 その遠心力に負けないように頑張りながら、自分のマントもはためくように、まわる。

 まさに『円舞』である。


 俺が知っている『ワルツ』とは、全然違う動きだ。

 如何に美しくまわすか。

 如何に華麗にまわるか。


「ただ、まわればよいというものではありませんよ。上半身はしっかり固定して、優雅に。楽しげに見えなくてはいけません」

「大丈夫よ、お互いを見つめ合いながら踊っていれば、目がまわることもないし。でも時々まわる方向を変えてね」


 まわっているうちに平衡感覚がおかしくなって足がもつれたりしないように、目線に注意が必要だ。

 そして曲の最後に必ず、男性が女性を支えつつ横並びになり正面、つまり皇王玉座を向いて終わらなくてはならない。

 まわっているうちに方向を失って、うっかり背を向けて終わったりしたら大恥をかくことになるのだという。

 ……ハードルが高い。


「タクトくん! ひとりで先に進行方向を見ないで!」

「メイリーンも、もっとタクトくんにくっつかないと置いて行かれちゃうわよ!」


 カウントを取って動けるほど、決められた正確なステップがあるわけではない。

 とにかく『美しくまわる』のが円舞曲なのだ。

 どんな曲でまわらされるのだろう……

 強風の日の風見鶏か、はたまた水流に弄ばれる木の葉か。


 先生方の厳しいチェックのもと、俺達はほぼ毎日ヘロヘロになるくらいまわり続けたのである。



 何日か経って、やっと俺達は倒れずに、姿勢を崩さずにまわることができるようになった。

「……先生、曲がないと、長さの感覚が掴めません……」

 俺は無限に続くように感じる遠心力との闘いに疲れ果ててきて、ライリクス先生に曲を流して欲しいとお願いしてみた。

 曲があれば、きっともう少し楽しいのではないか……と思うのだ。


「そうねぇ……私も何か、曲があった方がいいと思うのだけど……」

「僕らの持っている蓄音器の音楽は、舞踏会向きではありませんし、シュリィイーレの楽団を雇うのはちょっと憚られますねぇ……」


 あ……あの皇帝円舞曲……使っちゃおうかな。

 難色を示す両先生方に、俺は自分の持っている曲を自薦することにした。


「俺の持ってる曲でいいですか? これなら多分……踊れると思うので」

 売らないで欲しいとは言われたが、聞かせないでくれとは言われていない。

 好きな曲でなら、このベアリングのごとき回転運動も少しは楽しくなるはずだ。



 音楽が流れ出すと、マリティエラさんとライリクスさんの動きが止まった。

 メイリーンさんも。

 あ、そっか、聞いたことのない楽器の音だもんなぁ。


「えーと、これは俺の昔いた所の楽器の音で……」

「この曲、君が書いたのですか?」

「はい」

 あ、脊髄反射的に答えてしまった。

『書いた』けど『作っていない』と否定しなければ……


「素敵……!」

「なんて豊かな音でしょう……僕はこんな音楽、聴いたことがありませんよ」

「タクトくんに、こんな曲が作れる才能まであるなんて……」

「いっ、いや、そういう訳じゃなくてですねっ」

 あああー、否定のタイミングを失ってしまった……


「この曲は、特別な理由で作ったものなのですか?」

「……ある方に差し上げた曲なので、売ったり、他の場所で演奏したりはできないのですが、まぁ……誰にも聞かせるな、とは言われていないので、ここでだけならいいかなーと」

「なるほど。解りました。ではここでだけ」

「素敵だわ。この曲でなら、私もあなたと踊りたいわ、ライ」

「そうですね……じゃあ一緒に踊ってみましょう。正面は橙通り側ということで」


 四人でまわり始めると、結構ぶつかりそうになることがある。

 そっか、会場にいるのは俺達だけじゃないもんな。

 遠心力と外部からの突撃や接触にも注意を払いつつ、方位を失うことなく、曲に合わせて楽しげに優雅に……だと?

 なんという難易度の高い作戦ミッション


 俺は悟った。

 舞踏は武闘と同義である。

 今日も、明日も、俺達のファイティング・ローテは続いていくのである。

 俺はこの戦場で彼女を守りつつ、生きて帰ることができるだろうか……


「タクトくん! 表情が死んでますよ!」


 ……どうやら、俺は生き残れなかったらしい……

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