第144話 慟哭
きっと、この審議にビィクティアムさんが出ると決めたのは自分の疑惑を晴らすためでも、シエラデイスを追い詰めるためでもなく、このためだったのだ。
公の場で、皇王の臨席するこの場でシュリィイーレのあの事件に決着をつけたかったのだ。
ビィクティアムさんの言葉を、ドードエラスは否定も肯定もしない。
ただ目を見開き、弟を睨みつけているだけだ。
〈あの毒、本当は遅効性の致死毒だったのでしょう?〉
〈……本当は……だと?〉
〈ええ、押収した毒はただの一過性のもので、死には至らぬものでした〉
〈……嘘だ。あれは……じわじわと身体を蝕む死の毒だと……〉
ああ……この人が、やっぱりこの人が犯人だったのだ。
ビィクティアムさんの顔が、悲しみに曇る。
追い詰めているはずのビィクティアムさんの方が、今にも泣き出しそうだ。
〈捕らえたミューラの商人から、聞き出しました。致死性の毒では何度も試せない。自分たちが欲しい毒は、殺さず相手を動けなくするものだ……と〉
ドードエラスは、体よく利用されていたのだろう。
そして、おそらくドードエラスに協力した、シュリィイーレの神官達も。
〈そんなに、シュリィイーレが、俺が、憎かったのですか?〉
〈……ああ! 憎かった。今でも憎い! 当たり前だろう!〉
ドードエラスはどれほど自分が優秀で、どれほどビィクティアムさんと差があるかを語り出したが、誰の心にも響かない。
〈そして、シュリィイーレ! あの町に住むのは、貴族であることを諦めたクズ共ばかりではないか! そんな者達が、なぜあれほど神に愛され、護られているのだ!〉
シュリィイーレは……計画都市だ。
そうか、貴族でありながらそうは名乗れない者や、貴族に生まれたが家にいることのできぬ者達の避難場所だったのか。
政治に巻き込まれないために、利用させないために、この町に『閉じ込めた』のか。
身分証に『移動制限』なんて表示があるのも……そのせいなのかな。
でも閉じ込められているはずの人々は、生き生きと日々を暮らしている。
楽しむこと、慈しむことを知っている人達だ。
それが……幸せそうに見えるその光景が、腹立たしかったのだろうか。
貴族でないのに、幸せでいるという彼らが許せなかったのだろうか。
……ドードエラス、ぶっ飛ばしてやりたい。
〈だから! そんなクズならば私の役に立つべきだったのだよ! あの町にある『聖魔法の極大方陣』を手に入れるために!〉
〈聖魔法の……方陣?〉
〈そうだ。シエラデイスのバカ共は、炎の方陣だと思っていたようだかな。シュリィイーレの方陣は『聖魔法』だ。その方陣が手に入りさえすれば、私にも聖魔法師の資格が与えられる! 九星家門の長となれる!〉
極大方陣の復活には、生け贄が必要だと思われている。
だから、あいつはシュリィイーレの民を生け贄にしようとしたと?
〈そんな、あるかどうか解らないくだらないもののために! 臣民を犠牲にしようとしたのか!〉
ビィクティアムさんの叫び声と同時に、銃声が聞こえた。
弾き飛ばされ、ビィクティアムさんが視界から消える。
俺の背筋に一瞬、凍り付くかのような衝撃が走った。
悲鳴。
でも……なぜかみんな、倒れているであろうビィクティアムさんのいる場所から視線を動かさない。
〈おお!〉
え?
〈生きている!〉
〈なんと……無傷なのか?〉
えええ?
あっ!
そういえば教会の一件の時、ケースペンダントに物理攻撃無効とかガッツリ過保護な付与したまんまだった!
うわわわわー!
俺、グッジョブ……
〈神のご加護でございます!〉
はい?
〈セラフィエムス卿の身体から、加護の光が見えております!〉
加・護 ?
いえいえ、ただの【付与魔法】で……あれ?
そういえば『加護』の条件って……
『神の恩寵が与えられた貴石に宿る』
使ってる。
貴石。
神の山って言われている錆山産の。
三十三番はラピスとか、ちっさいシトリンとか使って星空みたいにして、水晶に透かし彫りで歯車が三つ。
それを支えて、一体化させているのは黒曜石。
『能力の向上や守護が与えられる』
物理攻撃無効・魔法攻撃無効・状態異常無効に加えて、浄化も入ってます。
はい。
全部、防御系の能力向上ですよね。
『神事による銘によって貴石以外の物に宿らせることもできる』
銘……は書き足した俺の意匠マークか、ビィクティアムさんの名前か……
空中文字が、神事かどうかは解らないけど。
『加護を支え得るは貴金属のみである』
チタンは……レアメタルは、貴金属と言っていいのかもしれない。
そして、俺はうっかり【守護魔法】が使えてしまうのである。
本当に、うっかり!
なんの考えもなしに!
過保護すぎて『加護』っていうか『過護』になってしまったのではっ?
会場が大きくどよめき、拍手まで起こっている。
加護を得るってそんなに凄いことなのか?
加護があると叫んだ審議員のひとりがビィクティアムさんに走り寄り、身分証入れに加護の力を感じる……とか、のたまいましたよ……
〈御身の証明を護るものに加護が宿るとは、御身そのものを神々がお護りくださるということ。なんと素晴らしいことか!〉
〈加護……だと……? なぜだ、なぜおまえばかりが、神々に愛される?〉
あ、ドードエラスがまた発砲しようと……!
ぱぁぁんっ!
悲鳴を上げたのはドードエラスだった。
銃が、暴発したのだ。
今回は俺のせいじゃない。
ガウリエスタで作られたであろう銃は、非常に品質が悪かったという。
二度の発砲で銃身が歪んでしまったか、リボルバー部分に不具合があって発射されなかったのだろう。
〈兄上っ!〉
それでも、そんなやつでも、ビィクティアムさんは兄と呼ぶのか。
そいつのために……こんなにも泣いているのか。
ドードエラスの血まみれの身体を抱き起こし、こんなやつのために泣くのか。
罪人は引きはがされ、連行されていった。
治療されたとしても……あの状態では、助かるかどうか判らない。
ビィクティアムさんは床に座り込み、項垂れたままだ。
きっと、まだ泣いている。
〈陛下っ!〉
〈陛下、お待ちを……〉
制止する声に耳も貸さず、どうやら皇王陛下が降りてきたようだ。
顔は……見えないなぁ。
〈ティム〉
〈……〉
〈泣くな。あの時も、今も、神が選んだのはおまえだ〉
〈……はい……〉
皇王陛下は、ビィクティアムさんを抱き寄せ何度も背中を軽く叩く。
〈閉廷だ! 本日の審議は終わった。皆の者、大儀であった〉
皇王陛下の声で審議会は終わったのだが、録画はまだ続いている。
俺は投影を止めた。
俺には兄弟がいないから、あの感情は少し判りにくいのかもしれない。
しかし、家族を自分の手で追い詰めなくてはいけない、弾劾しなくてはいけないなんてどれほどつらく苦しいことだろう。
愛している家族に、あれほど憎まれてしまうのは……どれほど哀しいだろう。
でも、俺は同情などしてはいけない。
あの兄弟を哀れんではいけないのだ。
そんな資格はない。
今度、うちに食事に来てくれたら、ビィクティアムさんの好物をいっぱい出してあげよう。
それくらいしか、俺にはできないもんなぁ……
それにしても、結局、緑の目のやつはいなかったな。
あの司書室の映像に映っていた、赤い縁取りの法衣の神官も。
一体、どこの誰なのだろう?
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