第144.5話 皇王陛下とビィクティアム

「お見苦しいところをお見せいたしまして、申し訳ございませんでした、皇王陛下」

「ここは儂の私室だ。堅苦しい呼び方はよせ」

「……茶番にお付き合いくださってありがとうございました、伯父上」

「なぜ、あやつだと特定できた?」


「捕らえた者達の中に数名の神官がおり、彼らだけが『過去からの、時を越えての神の啓示だからだ』と言っておりました。だから……【時空魔法】の使い手である『神官』が彼らの上にいると推察いたしました」

「そうか。【時空魔法】は、従家家門に引き継がれる家系魔法であったな……」

「しかし、どの家門かが解らなかった。そして、なぜ、その魔法を持つ者がシュリィイーレに害をなそうとしているのかの理由も……でも、ドードエラスの家系魔法であると知った時に……腑に落ちたのです」


「ユーファトウルは……残念であった……ドードエラス家は二千年間、閉じられることとなろう」

「また、義母に悲しい思いをさせてしまいます」

「そなたの義母……カーテルリナはセラフィエムスから出されたそうだな。ダルトエクセムから、離婚手続きが申請されておる」

「俺が正式に次期当主となったことを、義母は最後まで反対しておりましたし。既に……ドードエラス家門の暮らすカストルにお戻りになったようです」


「……おまえをそこまで……詳しい離婚の理由は聞いておらぬが、おまえのせいではないのだから気に病むなよ。おまえはすぐに、自分のせいだと思い込む癖があるから」

「伯父上には、感謝しております。俺があのままセラフィラントか王都にいたら……もっと大変な事態になった可能性もありますから」

「おまえのせいでないと、何度言わせる」

「はい……申し訳ございません」


「儂は感謝しているのだよ、ティム。おまえがシュリィイーレに行ってくれたからこそ、あの聖地を護ることができている」

「もったいないお言葉です。俺など、さほど役に立っておりませんよ……」


「本当のことを言えば、おまえには皇宮に……いや、いずれかの省院に戻って欲しいがな。どうも、ここのやつらは行動が遅くて苛々する」

「皆様、慎重なのでございましょう」

「だから、おまえが必要なのだ!」

「俺に、中央での仕事は無理ですよ。伯父上だってそれがお解りだから、俺をシュリィイーレに任じたのでしょう?」



「それにしても、あの再現は素晴らしいものであったな! 話を聞いた時は信じられなかったが、あれほど鮮明に映しだされるとは思わなかったぞ!」

「光魔法の応用と思われますが、詳しくは……」

「あれを作ったのは、シュリィイーレの者とセインドルクスが言っておったな」


「あれは……ガルドレイリス様のご子息が作られた魔具です」

「あいつが迎えたという養子、か。確か、成人したのであったな」

「はい、タクト、という名です。彼は、神々からの恩寵を与えられた天才です」

「それほどなのか? ああ、あれを作っただけでも凄いことなのだが……神の恩寵……と、おまえに言わせるほどなのか?」


「彼はいくつかの材料と簡単な工作だけであの『映像記録機』と『再現の箱』を俺の目の前で、あっという間に作り上げたのです」

「……あれは……幾年も掛けて錬成された魔法ではないのか?」

「いえ、紅茶が冷めぬ間のできごとでした。彼を見ていると、自分はどれほど研鑽が不足しているのかと情けなくなります」


「相変わらず、おまえは少し自分に厳しすぎるのぅ……身内には甘いくせに」

「そう……なのでしょうか。兄に俺は、何もできなかった。あのような愚行に至る前に、何も……」


「あれはおまえの責任ではないと、まだ言わせるのか。しかも、やつの武器の前に立つなど! 本当に死ぬつもりなのかと焦ったぞ。セラフィエムスの嫡子がなんということをするのだ!」

「あの時は……どっちでもいいと思っていましたね。死ぬのであれば、それが神の望みなのだろうと」

「生き残ったのはおまえだ。おまえは儀式に頼らず、自らの力で加護を得た。このことで、今までおまえがセラフィエムスを嗣ぐことに懐疑的であった者達の声もなくなるだろう。それにしても、あの強力な加護はなんだ? 身分証入れ……と言っていたな、ナルセーエラ神司祭が」

「はい、これです」


「ほほぅ……美しい意匠だ。これは、シュリィイーレで作られているのか?」

「これもタクトの作った物です」

「なっ……なんと……とんでもないやつだな。うむ、確かに『加護光』があるな。間違いなく神々がこの品を、聖なる物であるとお認めになったようだ」

「彼は加護が宿る宝具の加工や修理もできる、稀代の錬成師であり、最高の魔法師です」


「ううむ……ん? この意匠には、おまえの名の他にもうひとつ……印があるな?」

「ああ、これはタクトの意匠証明印です。この印がついている物が、彼の作った物であるという証明となっているようですよ」


「これは……どこかで見た……ああ! そうだ、先日ルーデライトの奥方が息子に贈ってもらったと言っていた……あー……なんと言ったか、音が鳴る箱で……」

「『蓄音器』ですか?」

「そうっ! それだ! それに使われておった水晶にこの印が……まさか、それも……か?」

「はい。タクトの作った物ですね。俺も初めて見た時は吃驚しましたよ。どうしたら、楽団を詰めた箱など思いつくのかと」

「それ、ひとつ手に入らんか?」


「買えるとは思いますが……皇妃殿下にですか?」

「誕生日が来月なのだ。花の意匠で、タクトに作ってもらいたい!」

「え? 彼は魔法師ですから……石細工までは……」

「その身分証入れを作ったのであろう? 加護宝具が作れるほどの腕前の者に頼みたいのだ!」


「……畏まりました。彼に頼んでみましょう……でも、タクトはただ働きはしないと思いますので、報酬として何かご用意ください」

「うむ、それは任せろ。金か?」


「多分、金では彼は動かないでしょうねぇ……何か珍しい、作物とか、鉱石などを要求すると思います」

「……変な物を欲しがるのだな?」

「欲がないわけではないのですが、彼の価値観は少々……特異でして」


「解った、なんでも構わんぞ。しかし、これほどの物を作り出すタクトという青年、一度見てみたいものだな」

「姿だけは、ご覧になったではありませんか」

「……? 儂がか?」

「はい、あの映像で、エラリエル神官に神典を開いてみよと言っていたのが、タクトです」


「確かドミナティアが、原典の発見者で古代文字が読める者だと言っていた……あの青年か!」

「はい」

「で、では、タクトはドミナティアの家門と縁のある……」

「いえ、彼の神は『賢神一位』。我らと同神家門ですよ、伯父上」

「ほぉ……そうか。ふむ、そうか。それは素晴らしい。うむ、流石はガルドレイリスの倅だ」


「お元気にしていらっしゃいますよ、お二方とも」

「……そう、か。ならば、よい。それより、そのタクトに会ってみたい! 今度シュリィイーレに行くとしよう!」

「えっ? そ、それはまずいのでは? 伯父上……ご公務の日程などもありましょうし……」


「そんなもの、なんとかする。ガルドレイリス……ああ、ガイハックか? やつにもどうしても一言、言ってやりたいしな!」

「止めてくださいよっ! 俺が、あの食堂に行きづらくなるじゃないですか!」

「セインドルクスに頼まれて保証人になったおまえの妹夫婦にも、直接祝福を言っておらぬし、うん、近々訪れるとしよう!」


「いや、本当に、止めてくださいっ! 警護なんかできないですからっ!」

「いらん、いらん。お忍びというやつじゃ。はっはっはっ!」



(……絶対に、タクトにもガイハックさんにも、怒鳴られるだろうな……ははは……ライリクスにも……何を言われるやら……)

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