第138話 疑惑の秘密部屋

 監視カメラを小型化し、更に四個作ってしまった。どうせなら、あらゆる角度から撮ってやろうと思ったわけである。

 秘密部屋室内は、三個あれば死角なく撮れる。

 もうひとつは、上の司書室に仕掛けるのだ。


 そしてすべての映像を、俺の部屋に設置したもうひとつの記録用磁石に転送する魔法を付与したのである。

 転移ができるならこれくらいは【付与魔法】でできるだろう、という実験魔法だ。

 この転送録画のことは、あの三人には内緒。



 先に転移で秘密部屋に行き、三個の監視カメラを仕掛けておく。

 ひとつは、出入り口を正面から見られるもの。

 階段上の方まで視界に入るように設置する。

 もうひとつは、入口側の壁から室内奥を映すもの。


 最後のひとつはライリクスさんと入った時に、部屋の奥から全体が見えるように設置するつもりだ。

 だが、ここにも予めひとつ、設置しておく。

 つまり、ここには後で外すものと、ずっと撮り続けておくもののふたつを設置するのだ。


 そして、司書室の遠視の魔眼対策を有効にしてから、転移で司書室内に入る。

 司書室の入口と本棚をずらしてできた秘密部屋への入口が映り込んで、司書室全体が見えるようにカメラをつけた。

 このカメラは、遠視の魔眼でも肉眼でも認識できないように【文字魔法】で指示して隠蔽する。

 事前準備は完了である。



 俺はライリクスさんと一緒に教会にセインさんを訪ね、一緒に聖堂にいるハウルエクセム神司祭に挨拶をしてから地下の司書室に入った。

 セインさんとハウルエクセム神司祭は、同行していない。


 司書室に入った直後から、ピリピリとした視線を感じる。

 俺はあの本棚に近づき、屈んで何かをしているようにしながら固定化の魔法を解除した。

 そして、床のスイッチを踏み込んだ時、全身にとんでもない圧の視線を感じた。

 見ているやつの感情が高ぶったのだろう。

 これ、地味にキツイな。


 本棚が動き、階段が現れると更にその視線が集中する。

 ……ん……? 『視て』いるやつ、ひとりじゃないぞ?

 感情にばらつきがある。

 これは、複数のカメラを仕掛けて正解だったかもしれない。

 俺達は階段下に入り、やつらの視界から消える。


「では、頼むよタクトくん」

「はい。ここら辺だと全体が見えそうですね……ここに付けます」

 俺は最後のカメラを取り付け、見える範囲と絶対に立たないで欲しい位置だけ説明した。

 そして、そこの本棚から、二冊だけ本を持ち出す。

 手に取ったのは『至れるものの神典』と、あの各家門の独自魔法が記載されている『希少魔法』の本だ。

 この二冊だけは移動制限の魔法を外したので、持ち出せる。

 だが、閲覧制限はそのままなので本を開けることができるのは、今のところ俺とセインさん、ライリクスさん、そして昨日指示を書き加えたビィクティアムさんの四人だけだ。


 そして、その部屋を出て、俺達は慌ててセインさんに会いに行く……という小芝居をした。

 まぁ……学芸会以下としか言えないレベルだが、そんなことはどうでもいいのだ。

 本棚をそのままにして入口を開けたまま、慌てて司書室を飛び出した……という状況が視ているやつらに伝わればいいだけである。


 そして俺達はそのまま、教会の別室で待機していたセインさんの所に行く。

 ハウルエクセム神司祭は今、訪ねてきている臣民達と話をしているので『祈りの部屋』と呼ばれる反対側の廊下にある部屋のひとつにいらっしゃる。

 実はこれが直轄地訪問の司祭様の、本来のお仕事なのである。

 セインさんは、サボりまくりだが。


 別の組合事務所を抜け、裏口から入ってきたビィクティアムさんと合流したところで、監視カメラ映像と音声が手元で視られるシステムをご披露である。


「これは……現在の、あの部屋が映っていると?」

「勿論、記録もしていますが、遠視の魔眼の応用って言ったでしょ? 見られて当然です」

「タクトくん……こういうのを当然と言われてもねぇ……絶対に、普通ではないことだからね?」

「それは……心得ておりますよ」

 あははは……また、はしゃぎ過ぎた。


 来た。エラリエル神官だ。映像はクリアで問題ない。


〈こんな、こんな所に部屋があったのか!〉

〈本は……すべて古代文字だ! 間違いない、この部屋だ!〉


 音声もなかなかいいぞ。

 ん?

 ここの本ではなく、部屋そのものが目的だったのか?

 エラリエル神官は本に見向きもしないで、部屋中の壁を見渡していた。


〈み、見えるっ、文字が見えるぞ!〉

 文字……あ、俺の落書きだ。

〈これで極大魔法のひとつが手に入る! あの方にご報告しなくては!〉


「行くぞ。タクトはこの部屋を出るなよ。ドミナティア神司祭、聖堂の方は頼む」

「うむ、任せろ。気をつけるのだぞ、ふたりとも」

「はい、兄上も」


 ビィクティアムさんとライリクスさんが、司書室に向かう。

 他にも足音が聞こえた。

 きっと衛兵隊がふたりが入った後、他の誰もあの部屋へ入れないようにするためだろう。

「タクトくん、ここを出てはいけない。いいね?」

「……はい」


 セインさんが去った後、俺は三人のケースペンダントの意匠に物理攻撃無効・魔法攻撃無効・状態異常無効の付与を書き足した。

 彼らが付けているものの意匠マークは一般のものと違うので、個別に書き足しができる。

 こういう事態を予想していたわけではないが、ビィクティアムさんとライリクスさんには元々ちょっとした魔法を付与してあったから違う形をしたものだったし、魔法付与されたものを持ち込めない場所に行くというセインさんのものは、文字をイタリック体にして作っていたからである。

 多分大丈夫だとは思うけど、何があるか解らないからできることはしておこうと思ったのだ。

 うーん、聖堂にもカメラがあったらなぁ……

 取り敢えず、俺は今見えている秘密部屋の映像を見ていることにした。


〈ここだ……ここに印が……この石か?〉

 あれ、やっぱりなんかの目印だったのか。取っちゃったよねぇ……俺。

 そこへ騎士のひとりが入ってきた。

〈ご苦労だった〉

〈おお、シエラデイス殿! これであなたのお父上にも……〉

 シエラデイスと呼ばれたその騎士は、食堂で黒い靄を纏っていたやつだ。


 え?


 突然、騎士はエラリエル神官を斬り伏せた。


 ……殺した? どうして?

 エラリエル神官は、叫び声を上げることもできずに倒れた。


〈よし……血の生け贄として、よく役に立ってくれた。礼を言うぞ〉

 生け贄だと? 『極大魔法』とやらの生け贄ってことか?

 そこにビィクティアムさんとライリクスさんが入ってきた。入口からだとシエラデイスの姿は、本棚の影で見えないか?


〈どうした? 何かあったのか?〉

〈誰です、そこにいるのは!〉

 ふたりの動く反対側の本棚に隠れながら、騎士は入口の階段下へと移動した。


〈神官! 誰が……!〉

〈うわぁぁっ!〉

 おっと、こいつ、今来ました風を装って叫び声を上げたぞ。でも、お粗末だなぁ。

 こいつの今立っている所からだと、倒れているエラリエル神官は見えないぞ。


〈誰かっ! 誰か来てください! 人が斬られています!〉

〈おまえが犯人か〉

〈何を言っているんです? 私は今ここに来たのですよ! 先にいたあなた方がエラリエル神官を……〉

〈どうして、倒れているのがエラリエル神官だと? そこからは見えませんよね〉


 うん、墓穴だね。

〈う、うるさいっ! 貴様のような者に、我々の崇高な目的の邪魔はさせん!〉


 ばしゃっ!


 何かがライリクスさんの顔に当たった。

 水? いや、薬品か?

〈これで貴様の魔眼は使えまい! ドミナティアの忌み者が、我らに視線を向けることすら汚らわしい!〉


 ライリクスさんは、目を押さえてうずくまっている。

 ……でも、多分無傷だ。いきなり水をぶっかけられたら、怪我はなくてもかなり痛いよね。


〈貴様、俺の義弟になんという振る舞い! 許せんっ!〉

〈おまえとて同じだ! セラフィエムスの劣等者など、我らが追い落としてくれる!〉


 その時、銃声がした。弾丸は、ビィクティアムさんの肩をかすめたようだ。よかった……服は破れているけど、物理攻撃無効で怪我はしていないはずだ。


〈おお、我が従兄弟殿! よいところにいらした!〉

〈もういいでしょう、早く戻ってください……あとは、僕が始末しますから〉

〈ファイラスっ! おまえ、何をしているのか解っているのか?〉

 従兄弟同士……それでファイラスさんは、あの時にあいつの近くにいたのか。


〈ええ、セラフィエムスに使命があるように、リヴェラリムにもあるのですよ。セラフィエムスとドミナティアが結ばれたりするから、こんなことになるんです〉

〈だからといって、極大魔法の開放に手を貸すことは禁忌だ〉

〈……見たくないですか? どれほどの魔法なのか〉


〈そんな興味だけで、あなたはこの馬鹿げたやつに力を貸したというのですか!〉

〈結構……疲れちゃったんですよねぇ。そろそろ、全部終わらせてもいいかな、と〉

〈ならば、おまえひとりだけで終わればいいだろうが!〉


 ビィクティアムさんが剣を抜いた。

 そして、そのままファイラスさんに斬りかかる。

 制服のボタンとファイラスさんが持っていた銃がはじき飛ばされ、血飛沫が、舞った。


〈ゆ、許されないぞ! リヴェラリム・ファイラスは皇家傍流の家系、セラフィエムスは同族殺しとなったのだぞ!〉

〈うるさい〉

 ビィクティアムさんはシエラデイスを数発殴り、昏倒させた。弱いな、シエラデイス……

 ライリクスさんがまず、怪我をしているエラリエル神官を担いで運び出した。

 そして、気絶しているシエラデイスも、ビィクティアムさんが捕縛して運び出す。

 ふたりはおそらく、彼らを司書室前にいる衛兵に預けたのだろう。


 お、ふたりが戻ってきたぞ。


〈おい、ファイラス! いつまで寝転がっているんだ〉

〈そうですよ、副長官。あなたはなんともないんですから、自分で歩いてくださいね〉

〈……なかなか、迫真の演技だったと思いません?〉


 ふぅ……よかった。ファイラスさんには、物理無効とか付与できなかったから心配だったんだよねー。

 ビィクティアムさんの剣の腕前、流石は衛兵隊長官殿であると言えよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る