第135話 魔力の根源

 翌日の朝、俺は早起きをして考え込んでいた。

 まず、俺が早急に対策しなくてはいけないのが、常時発動型魔法の対策である。

 これのせいで、いざという時に転移ができなかったり、移動後すぐに倒れてしまったりしては意味がない。


「常時発動型が、常に俺の魔力を使っているということは……俺の身分証に表示されている魔力量は、MAX値ではないんだよな……?」

 そう、身分証は最大魔力値が表示されているのではなく、現在の魔力値が見えているのである。

 全部一旦オフにして、一晩眠ったらどこまでの数値になるのだろう……

 こわっ!

 まぁ、完全オフはできない。

 絶対に、続けておかなくちゃいけない魔法もあるから。

 差し当たって『楽譜』をどうにかすれば、その他は大丈夫な気がする。

 その他の常時発動は、今より低い魔力量だった時でも問題が出なかったのだから、そんなに消費量は大きくないはずだ。


 今、楽譜を書いているのはあちらの世界の紙だ。

 羊皮紙を含め、紙自体には、殆ど魔力を込めることができない。

 魔力は『文字』にのみ入っている。

 実は一昨日、ライリクスさんの所から戻った後に、紙と金属板、水晶板に同じインクで短い曲の楽譜を書いた。


 ① 紙に直接楽譜を書く

 ② 紙に空中文字で楽譜を書く

 ③ 金属の板に空中文字で楽譜を書く

 ④ 水晶の板に空中文字で楽譜を書く


 この四種類を二組作り、一組はコレクションの中へしまって、もう一組は部屋の机の上に置いておいた。

 そしてこの曲の音源水晶を四つ作り、箱の中に入れて鳴らし続けている。『蓄音器の置いてある箱内にのみ聞こえる』としてあるので、箱の外に音は漏れない。


 翌日にはどれも変化がなかったのだが、今朝、机の上の①の文字がかなり薄くなっていた。②も元の色より少し薄い。

 だが、コレクション内の①、②は全く薄くなっていなかったのである。


 その文字の魔力はインクの色で保持されている。

 インクの色がなくなっていくと、魔力を保持できなくなる……と考えていいだろう。インクの色がなくなるのは、一番初めに込めた魔力がなくなるから。


 でも、俺のコレクション内に入れておくとインクの色は殆どなくならない。

 これはコレクション内の【文字魔法】には常に俺から魔力の供給があり、文字自体の保持性能が上がっているせいだと思われる。

 コレクション内に入れてるものが薄くなるまでにはだいたい五年……というのは判っている。


 そして、③の金属板の文字は机の上のものも、全く薄くなっていなかった。

 金属プレートは、紙よりも遙かに魔力を保持できるということだ。

 おそらく『加護』を保持できるのが、貴金属のみというのも関係しているだろう。

 純度の高い金属や希少金属は、魔力の保持力が高く質が良いから『加護』という大きな魔力を保持できるのではないかと考えたのだ。

 ④の水晶も色の劣化はなく、魔力の保持に問題はなさそうだ。


「うーん……作りやすさからいくと、水晶かなぁ」

 金属より石英の方が圧倒的に手に入りやすいし、加工もしやすい。

 そして、文字が薄くなったのが判りやすい。

 俺は水晶で少し厚めのプレートを作り、一曲分だけ楽譜を転写してみた。

 紙だと十ページにもなっていたので、転写の時にA4サイズくらいで収まるように縮小した。


 水晶板自体に魔力を込め、込めた魔力が数値で見えるよう、板の右上にカウンターを表示させるようにする。まずは、千くらいの魔力を入れてみる。

 そして、コレクション内の元々の楽譜は、折り曲げて発動しないようにした。

 よし、今までの音源水晶で問題なく再生できたぞ。

 あれ? こっちの方が、音がクリアな気がする。

 楽譜が書いてあるものの材質で、音質も変わるのか!

 これはラッキーだ。あとは、どれくらい持続できるかだ。


 ランチタイムとスイーツタイムが終わって、一時、食堂を閉めたところで水晶の魔力消費を確認した。残り魔力の数値は三百七十二になっていた。

「……て、ことは……一日に千から千五百くらい魔力を使っているということか。一曲で」


 春祭りの日、三カ所で五曲すべての曲を流しながら販売していた。

 買ってすぐに聞き始めた人も、多かっただろう。

 いろいろな店の店内で流されたり、各家庭で、各部屋で一体どれほどの人があの日、蓄音器を聞いていたのか。

「あの日は転移で、あちこち行ったりしたしな……ぶっ倒れる訳だよ……」

 だが、一日一曲に付き千五百も魔力が必要ってまずくないか?

 これ以上曲が増えたら、絶対に俺は寝たきりになったりしそうだぞ。

 毎日魔力を込め続けるなんて、難易度高すぎだろう!


 ていうか、こんなに魔力が要るってことは、使用者の魔力を使うのも危ない。

 王族で六千もいかないんだぞ?

 一般庶民だとしたら、成人でも魔力が三千以上ある人の方が少ないんじゃないのか?

 一曲では大したことがなくても、続けて聞くには毎日魔力を込めなくちゃいけない。

 そのうち面倒になったり、体調が悪くなったりする人も出るだろう。

 そうなれば……蓄音器は開かれなくなる。



 そういえば今まで考えたこともなかったけど、『魔力』ってどこから生まれているものなんだ?

 生き物の体内から?

 いや、石にだって、土にだって、水にだって、魔力は存在している。

 錆山の鉱石には、なぜあんなにも魔力を帯びているものが多いんだろう。

 貴金属が大量の魔力を保持できることは判っているが、その『貴金属に入っている魔力』はどこから来ているんだ?

 誰も触れたことのない、魔力を込められる生き物のいない山の土塊つちくれの中に、供給源があるとは思えない。

 だとすれば、魔力っていうのは本来『どこにでも在るもの』なんじゃないのか?

 それを集める力、保持する力が強い岩や金属や生命体に集まってきているだけなんじゃないのか?


「どこにでもある……ということは、大気中にもある……?」

 俺は『大気鑑定』で、改めて組成分解を行ってみた。

「窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素……魔効素……」

『魔効素』! きっとこれが、魔力の源だ。


 魔力は人によって全く違う。

 体内に取り込まれると、きっとこの魔効素が魔力に変化するのだろう。

 人によって体内での変化の仕方が違い、それが個性となっているのか?

 いや、体内の魔力が違うのではなく、出力される魔力が違う……?


 ひとりひとり、取り出すことのできる魔力の種類や量が違うのかもしれない。

 取り出しやすい魔力が、使いやすく覚えやすい魔法ということなのかもしれない。


 だとしたら、この大気中の魔効素は『魔力に変換できる素材』なのではないだろうか。

 俺は紙に『大気中の魔効素を緑色に可視化』と書いてみた。

 視える。

 緑色の小さな粒々が、霧のように、靄のように、雨のように。

 窓を開け、外を眺めると大勢の人々に纏わり付く緑色の煙のように、そして、錆山からはまるで噴火しているかのように魔効素が大空に向かって溢れ出ている。


「すっげ……」


 これならば、無限に魔力が手に入れられるはずだ。

 楽譜を書いた水晶に『保有魔力三百以下になったら、大気中の魔効素を魔力に変換して二千吸収』と付与してみた。

 楽譜の水晶に纏わり付いていた緑の粒がすすぅーっ、と吸い込まれていき、右上のカウンターが一気に二千まで上がった。


「やった……! これなら俺の魔力がなくても、ずっと楽譜に魔力を供給できるぞ!」


 それから、全ての楽譜を同じように水晶プレートに転写し、大気からの魔力供給を確認してからコレクション内の楽譜を折りたたんだ。

 ふっ、と肩が軽くなった。

 大量の魔力が、楽譜に吸い取られなくなったからだろうか。

 そうだ……俺自身にも大気中の魔効素を、魔力にして吸収できるようにできないかな?


『大気中の魔効素を魔力にして最大値まで吸収』


 身分証を開いて、偽装解除。

 あ……83234……うん、見なかったことにしよう。

 最大値までの吸収は、止めておこうかな。非常事態の時だけにしよう。

 指示を折りたたんだが、楽譜に魔力を供給しなくなった俺の表示は79983という数字になっていた。


 その他の常時発動タイプは……このままでもいいかな。

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