第136話 依頼

 その日の夕食は、ライリクスさんがひとりでやってきた。

 いつも腹立たしいくらい仲睦まじく、ふたりで食べに来るのに。


「あれ? マリティエラさんは?」

「今日は医師組合の会合と会食……とかで、遅くなるのですよ」

「そうなんだ……」


 なーんか不機嫌なのは、マリティエラさんが会合や会食でリシュリューさんと話すのが嫌なのかもな。

 マリティエラさんが惚れてるのはライリクスさんなんだから、もっと自信を持てばいいのに。ライリクスさんは、結構ヤキモチ焼きなのかもしれない。


「タクトくん、後でちょっとうちに来てください。お願いしたいことがあります」

「……無茶振り?」

「それは、君次第です。報酬をご用意いたしますよ」

「解りました。その報酬に見合った分だけ、ご協力いたしましょう」

「君のそういうところが好きですよ、僕は」

 ビジネスライクに査定させていただきますからね。

 報酬以上のことは、しませんからねっ!



 ライリクスさんの家には、当然のようにセインさんとビィクティアムさんがいて、無言で紅茶を飲みながら不機嫌そうな顔をしていた。

 本当にこのふたり、合わないのかなぁ……


「すっかりこの部屋が、秘密基地扱いなんですね」

「全部、君の魔法のせいです。完璧すぎるのも、考えものです」

「それはそうと、タクト【音響魔法】の方は、もう大丈夫なのか?」

 ビィクティアムさんは、俺の顔色を覗き込んでそう訪ねてきた。

 この間より顔色が良くなっているから、なんとかなったと思ってくれたのかな。


「はい、もう大丈夫ですよ。常時発動型に対しての対策は」

「ほぅ……それはどう……」

「秘密です。魔法師としての、研究の成果ですからね」

 セインさんが聞きたそうにしているが、言えないのですよ。

 だって『大気調整』『大気鑑定』は秘匿事項ですから!

 それに、セインさん、すぐ開示しちゃうし!


「まぁ、大丈夫ならかまわん。ところで、タクトくん、昨日食堂に行った者達の中に何かを感じる者はいなかったかね?」

 ははぁ……セインさんは、はじめから俺に彼ら全員の首実検をさせたくて仕組んだんだな?

「いましたよ。騎士の中に数名、衛兵隊にも」


 見覚えのあった騎士のうち、ふたりは以前新人研修に来ていた人達だ。

 そして、ひとり、黒い靄を纏っているやつがいた。

「なんらかの隠蔽をした魔眼の持主ですね、その騎士は」

 俺はその騎士の特徴を伝え、ファイラスさんのことも伝えた。

 三人は少し驚いたような顔をしたが、どうやらあたりが付いていたのだろう。

 すぐに普通の表情に戻った。


「タクトくん、明日、司書室の地下室へ、僕と一緒に行って欲しいのです」

「……エラリエル神官に、あの部屋が解るように、ですか?」

「そうです」


 遂に仕掛ける、ということか。

 ライリクスさんの落ち着き振りから見ると、エラリエル神官ひとりではさほど危険がないと判断しているのだろう。

 ビィクティアムさんも同行する、ということなのか?


「まず、僕と君があそこに入って、開け方をエラリエル神官に見せます。その後、僕達は退室。エラリエル神官が、あの部屋に入るのを待ちます」

「だからな、最初にその部屋に入った時に、おまえに魔法を仕掛けて欲しいんだよ」

 あ、ビィクティアムさんが、ちょっと悪い顔してる。

 罠を仕掛けるってことですか?


「【音響魔法】で、あの室内の音を記録して欲しいんだが……できるか?」

 なるほど、あの部屋で何があったか記録したい……と。

 ふむ……録音はできる。

 範囲指定をして、集音する魔法を付与したものを置いておけばいい。

 再生は、音源水晶を使って蓄音器で可能だ。


 何かの証拠として使いたいのか?

 だとしたら、映像も付いていた方が良くない?

 遠視の魔眼みたいに貴石を使えば『見る』ものが作れるだろうし、その映像を留めておければ……できんじゃね?


「……やっぱり、室内にいないと難しいかい?」

「いえ、音だけなら全然問題ないんですけど、どうせなら映像もあった方がいいんじゃないかなーと思って考えていました」

「『えいぞう』……とは?」

「その場で起こったことをそのまま記録できれば、音も見えたものも全部残るのになって思いまして」


 あ、三人共きょとんとしているぞ。まぁ……この世界には映像記録ってもの自体が、絵画くらいしかないもんなぁ。

 その絵画も、魔法があるせいか『細密画』なので写真みたいではあるのだが。


「ちょっとやってみます。最悪、音だけは絶対に記録できますから、大丈夫ですよ」

「あ、ああ、うん、頼む」

 ビィクティアムさんは全然ピンと来ていないみたいだし、ライリクスさんとセインさんも解っていないんだろうな。


「そうだ、報酬の件だけどね、タクトくん。希望はあるかい?」

「なんでもいいんですか?」

「僕らに支払える金額と、できることなら、ね」


 大貴族の家門に、できないことがあるんだろうか?

 でもまぁ、俺の欲しいものなんて決まっている。


「……実は『米』が欲しいのです」

「『米』? あの……西の国の作物ですか? ああ、南の方の領地で作っていましたっけ」

「この間、東の市場で聞いたらたまーーに入ってくるって言ってましたので」

「わかりました……なんとか探して、取り寄せてみましょう」

「ならば俺も、全力でご協力いたしますねっ!」


 これで米が手に入るかも!

 ちょーっと、楽しくなって来ちゃったのではないかな?

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