第133話 お偉いさんがやってきた

 その後、魔力切れで倒れて寝ていたことがバレて、ライリクスさんには呆れられるし、ビィクティアムさんからはげんこつ食らうしで散々だった。

 心配してくれているのだし、自分のせいなのでなんも言えませんでしたけどね。

 帰り際、セインさんが、明日王都からもうひとり友人の司祭様が来るから、一緒に食事に行くよと言ってくれた。


 王都の……司祭様。まーた、お偉い貴族様なんだろうなぁ……


 俺は家に帰って父さんと母さんにそのことを伝えると、父さんは渋ーい顔をして明日は店に出ねぇぞと言い出すし、母さんも偉い人が来るって気を遣うよねぇ……と溜息をついた。

 セインさんとしてはお客さんをうちに連れて行くということで、気を遣ってくれているのかもしれない。

 でもねぇ……フツーの町の食堂としてはあんまり偉い人が来ると、みんな落ち着かないんだよねぇ。

 貸し切りにすべきかなぁ。



 翌日のメニューはお偉いさんがいらっしゃるということで、母さんと相談して思いっきり庶民派メニューにした。

 俺の愛する、イノブタの生姜焼き定食である。

 ふっ、貴族に寄せた忖度などしないのだ。

 スイーツは昨日仕入れたばかりの甘薯の焼き菓子スイートポテトにした。イモの威力を思い知るがいい!


「いらっしゃーい……え?」

 セインさんを筆頭に司祭様らしき柔和な感じのおじさんと、多分王都の騎士隊の制服を着た厳ついおっさんと、何人かの騎士達と……衛兵隊。

 ぞろぞろと入ってきて、店の九割が物々しい客で埋め尽くされてしまった。

 ん……? 二、三人の騎士は……見たことがあるな。ここに研修に来た人かな?


「こんにちは、セインさん。こちらがご友人の方ですか?」

 俺はセインさんにだけ挨拶をする。騎士のおっさんに睨まれたが、知ったことではない。

 意図せず貸し切り状態だが、この方がいいだろう。


「すまないねぇ……こんな人数になるとは思っていなくてね」

「いえいえ、皆さんお食事でよろしいですか?」

「ああ、食事と、菓子も頼むよ」

「はーい」

 そして俺はこそっと『本日貸し切り』の札を下げておく。

 いきなり常連さんが入ってきたら……気の毒だもんな、その人が。


 人数だけ数えて、母さんと一緒に厨房で準備をする。

 まぁ、俺がいなくたって簡単にできるんだけど、食堂内の空気がなんかピリピリしてて居心地悪いんだもん。


「ほぅ、ここがドミナティア神司祭様のお気に入りでございますか。随分と庶民的で……」

「ええ、庶民のための食堂ですからな。こういう所で人々の話を聞くのは面白いものなのですよ」


セインさんともうひと方の司祭様との会話に、一番上司っぽいおっさん騎士が憮然とした表情で口を挟む。

「酔狂なことですな」

 おっさん騎士は、どうやらこういった庶民的な場所はお気に召さないようだ。


 俺は目を合わさず、カトラリーを先に出していく。

 こちらの食事ではナイフはないので厳密には『カトラリー』というのもおかしいのだが、言いやすいというか、他に該当する言葉を知らないから使っているだけだ。

 そのスプーンとフォークを見て、おっさん騎士は舌打ちをした。あ、ムカつく。


「金属製の食器とは、随分と贅沢なものを使っておるな」

「贅沢なんかじゃありませんよ。シュリィイーレの山でいくらでも取れる素材ですからね」

「ぬ……っ、口答えとはっ!」

「あんたがうちの食器に文句を付けるからだろ? 仕事に使う道具にいちゃもんつけられて、怒らないやつなんていないよ」


 ……セインさんもファイラスさんも、何も言わないな。と、いうことは、俺の好きにしていいってことと解釈しますよ?

 取りあえずそれ以上おっさんが何も言わなかったので、俺も無言で給仕を続けた。


「あ、すまんが私は金属がダメなんだ」

 騎士のひとりがそう言って俺を制すると、おっさん騎士はニヤニヤしながらこっちを見ている。性格、悪ぃなぁ……


「この金属は過敏症の方でも大丈夫ですよ。全く反応が出ない素材を使っていて、医療器具にも使われているものですから」

「へぇ、そうなのか。凄い金属なんだね」

「はい。シュリィイーレでしか取れない、特別な金属ですから」

 おっさん騎士が、まじまじとカトラリーを見ている。この人……実は結構、面白い人なのかもしれない。


 母さんがイノブタの生姜焼きを運び、俺はパンを配っていく。

「パンは四つまでおかわりできますが、持ち帰りはお断りしているので食べきれる量にしてくださいね」

「……四つだ」

「いいんですか? 食べきらないと罰則がありますよ?」

「何っ?」


「当たり前でしょう? 食べると言った『約束』を守らないのだから。騎士って、約束を守らなくていいんですか?」

「たかがパンくらいで……」

「『たかが』? 食材に感謝と敬意を払えないやつが、偉そーにモノ食ってんじゃねーよ!」


 まだ止めないんだな、セインさん……じゃあ、臨戦態勢だ。


「すべての生きとし生けるものは、神様からの恵みなんですよ! 植物も動物もその命を俺達にくれているんです! それを無駄にしたり蔑ろにするやつに、何も食べる資格はないっ!」


 ファイラスさん、笑っちゃってるじゃねーか。なるほど、俺にこの人と喧嘩させたかったってことか。

「……で、パン、何個です?」

「……二個でいい」

「はい」


 うん、このおっさん、根は悪い人じゃなさそうだ。

 年下の生意気なやつを力尽くで押さえつけたり、権威を振り回したりするタイプではないみたいだ。

 多分、もの凄く厳しい人なんだろうな。自分にも他人にも。

 庶民に手をあげないのは、流石、騎士ってことか。


「タクトくん、このパンは……いつもと違うが……旨いな!」

「ええ、いつもと食感が違うでしょう? 蒸しパンです。イノブタが辛目の味付けなので、パンは柔らかく甘めにしてみました」

 セインさんに説明すると、もうひとりの司祭様が目を輝かせてほおばっている姿が見えた。


「おお、これは美味しいですねぇ! もうひとつ貰ってもいいかね?」

「どうぞ。甘くないものもありますから、仰有ってくださいね」

 王都の司祭様も、お気に召してくださったようでなにより。


「タクトくーん、甘い方のパン、おかわりー」

「はいはーい。でも食べ過ぎると、お菓子が入らなくなりますよ?」

 衛兵さん達は慣れたものだ。騎士さん達もパラパラとおかわりをしてくれる人達も居るが、まだ堅いなぁ。


「相変わらず、君の作るパンは旨いなぁ……あ、甘くない方、もう一個ね」

 ファイラスさんの声に、おっさん騎士が凄い勢いで振り向いた。


「なにっ、貴様が作っとるのか?」

「そうですよ。何か?」

「いや、うむ、よく、できておる」

「どーも」

 やっぱり、ちょっと憎めない感じのおっさんだなぁ。


「おや……この料理は、全然冷めないのですね?」

「皿には適性温度に保つように、魔法付与してありますからね。どうぞ、ごゆっくり召し上がってください」

 騎士さんの疑問にお答えすると、一斉に他の騎士達が皿を持ち上げる。

 あーあ、衛兵さん達、笑っちゃってるよ。セインさんもかよ。


「皿一枚一枚に……魔法付与だと? そんな高級品を、このような店で……」

 言葉の端々が失礼なんだよなぁ、このおっさん騎士は。

「全部俺が作った皿だし、付与してるのも俺の魔法ですから、大した値段のものじゃあありませんよ」

「君は……料理人ではないのかっ?」


 おや、『きさま』から『君』に変わったぞ。


「俺は魔法師ですよ」

 そう言って俺は、スイーツの準備に取りかかるために厨房に引っ込んだ。

 さーて、イモスイーツに王都の騎士さん達は、どんな反応してくれるかなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る