第132話 神典の訳文

「タクトは……本当に直系の嫡子、なんだな」

 身分証を見ていたビィクティアムさんが、ぼそっと呟いた。

 直系……だよね、そういえば。

 鈴谷家は確かに分家とかではなかったし、俺が最後といえば最後の跡取りだったし。


「それ……どうして判るんです?」

「知らなかったのか? 家名に色が付いているだろう。神々の認めた家門の嫡子にのみ、色が付くんだよ」

 え?

 それって、そういう意味だったのか……


「成人の儀の時はうっすらとしか見えていなかったせいだな、色が判らなかったのは……」

「青ということは『賢神一位』の家系ですか?」

 ……聞かないでくださいよ。

 判りませんよ、あっちの神道とこっちの神様との関係は。

「うちは……太陽、えーと、天光の神様でしたから……」


 こっちでは『太陽』って言い方をしないんだよな。

 全部『星』なんだよね。

 まあ、天にある光はすべて星だから、間違いではないんだけど。

 でも、昼間の星『太陽』だけは『天光』っていう別名がある。


「ふむ、やはり『賢神一位』か」

「アールサイトスは光と雷の神ですから、君が僅かながらも雷系の魔法を使えるのはその加護かもしれませんねぇ」


 ……そういうことでいいのかな?

 まぁいいか。でも、日本の太陽の神様は、女性なんだけどねー。


「そうか、タクトはうちと同じ神を頂く家系か」

 ビィクティアムさんが、急に機嫌良くなったぞ。

「そういえば、ドミナティアは『聖神二位』でしたよね……氷の魔法でしたっけ」


「どうして、それを?」

 あ、うっかり口にしてしまった。

「えーと……」


 セインさんがマジ顔だよ。

 俺は秘密部屋の本の中に、そういう情報が載っている本があったことを話した。

 三人ともなんてものがあるんだ、どうしてそんなものが、とわたわたしている。

 デスヨネー。

 家門の魔法が、全部解っちゃうもんねー。


「タクト、その本はどこにあった? 全部読んだのか?」

「本は教会司書室の地下部屋にありました。一通り読みましたけど……全部は覚えていません」

「ならば【時空魔法】の家系魔法がある家門があったかは覚えているか?」

 ……あ、タイムマシン的なやつかなーって考えた【時間魔法】の上位互換だと思ったやつだな……

「覚えていません……すみません」


「いや、そんなことなど、覚えておる必要はない。それはセラフィエムスの使命であり、君には関係ない」

「ほほぅ……ドミナティアの使命に思いっきりタクトを巻き込んで、危険に晒しているやつに、言われたくはないな」

 ああああ、このふたり仲悪いの?

「今度、読んでみますから。ほらっ、セインさんもムキにならないでくださいよっ!」

「そうですよ、兄上方、止めてください」


 ん?

 ビィクティアムさんが、微妙な顔をしているぞ?

 あー、お兄さん扱いに照れちゃってるのか!

 マリティエラさんの兄なら、ライリクスさんにとっては義兄だもんなー。


「そうだ。セインさん、神典の訳、まだ初めの方だけですけどお渡ししていいですか?」

 俺は持って来ていた十枚ほどある羊皮紙の束を、セインさんに渡した。

 セインさんは食い入るようにして、その羊皮紙を読み始めた。


「そうか……あの『降り立つべし子等……』はここから続いていたのか……こんな冒頭部分だったとは……」

「これ、タクトくんの書いたものですよね?」

「はい。俺の字ですよ」

「美しい文字です。文字というものが、こんなにも造形として美しいと感じたのは初めてです」


 おお、ライリクスさんのお気に召していただけたようだ。

 カリグラファーとして、これほど嬉しいことはありませんなぁ!


「タクトは元々、綺麗な字を書くとは思っていたが……これはこのまま本にすべきだな」

「うむ、うむ、正に! これに関しては同意するぞ、セラフィエムス」


 えへへへー、嬉しいー。

 そしてちょっと後ろめたい気持ちのままだった複製本について聞いてみたのだが、司書室の原本は持ち出せないが写し取ることは特に問題はない、と言っていただけたので……全部俺自身が書き写したら、複製品は処分しようと決めた。


 俺が訳している『至れるものの神典』は一番初めに神々がこの地を見つけ、この地に留まって世界にどのように生物を生み出していったかが描かれている、神々の物語だ。

 なんのためにその生き物を生み出したとか、どういった経緯でその形を与えたとか、なぜ人間を創ったのか……なども書かれている。


 決して長くはない物語なのだが、神々の真意と呼ばれるものが一番描かれているのだろう。

 人間を創って暫くしてから神々は地上を人間達に託して姿を隠し、人間達がいつか自分たちを見つけてくれる日を待っている……みたいな終わり方だった。


 そして他の二冊の神典へと続いていくのだが、現代語訳が不完全なこの二冊は『至れるものの神典』との持続性を失ってしまっている。

 だからあたかも神が地上に居るような表現があったり、実は神などどこにも居ないという記載があったりと一貫性がないのだ。


 神典の頃はまだ神々の声を聞くことができる人間がいたことになっているのも、混乱の原因だろう。

 古代文字の方ではもの凄く素晴らしい三部作の人間賛歌物語であるのに、とても惜しいことである。


「神典を全部書けたら、嬉しいんですけどね。他の二冊も結構古代文字と違う訳があるから、気になって仕方ないし……」

「ち、違う? 他のものに、原典と違いがあるというのかね?」

「はい。故意にそうしているとしか思えない違いもありますし、単なる読み間違いだろうなーっていう部分もありますね」


「……なんということだ……そのような誤った神典を頂いていたなど……」

「でも、大筋は間違っていないですよ? ただ……細かい解釈に違いが出るので面倒だなって感じで」


 悪意のある改竄って感じではなくて、長い年月で変化してきた言葉に対応していたら、なんとなく別の意味にも取れちゃうようになった……みたいな箇所が多い気がするんだよね。


 言葉はもの凄く短期間で目まぐるしく変化することもあれば、その言葉が生まれた時から幾世代経っても尚、使われ続けている言葉だってある。

 時代が変わると同じ言葉が、全く逆の意味になってしまうことも珍しくない。


 それに合わせて、訳文を解り易く変えていってしまったのが原因なのかな。

 でも、神典を国の基盤にしているのだから、時代で変えてはいけないはずなんだけどなぁ。

 思うに、石に刻む文字が一番変化しないものなんだろうな。

 一番正確で一番古い言葉の、最も信頼すべき『記録媒体』はやっぱり『石』なのかもなぁ。


 ……そっか。

 だから、魔法も石に閉じ込める方が、正確なのか。

 石という記録媒体は、他のものよりも魔法を正確に繋ぎ止められるのかもしれない。

 石や鉱物は魔法と相性が良い上に、正確で魔力を保持しやすい……

 それ、常時発動系魔法に応用できないか?

 石と色で。


 今こそ、俺の鉱石コレクションが火を噴くぜ! ってか?

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