第128.5話 新発売店の人々

 1 南西・茜通り四番の人々


「お義母さん、身分証入れの在庫って、まだありましたっけ?」

「ああ、右奥の棚に……って、もうなくなったのかい?」

「ええ、あと四つだけで……あ、ありました!」


「女将さん、蓄音器はふたつ買っても袋はひとつなんですか?」

「いえいえ、ひとつにつきひとつ、ですよ。お客さん」

「良かった! 人にあげるから、袋がつくならこのまま渡せるよ」


「……凄いね、タクトは。お客さんが贈答用に買っていくって解ってて、袋を用意したのかね?」

「あんたもしっかりしな! タクトは商人じゃないのに、ちゃんとお客の気持ちが解っているんだよ! あんたは商人なんだから、もっと解らなくっちゃいけないんだよ、オーデルス!」

「そんなこと言ったって、母さんだって普通木工製品に袋なんかつけないって言ってたじゃないか」

「うるさいね、変なことばっかり覚えてて」


「お義母さんっ! もう、身分証入れがなくなっちゃいました……!」

「ええっ? あんなにあったのに……?」

「タクトの身分証入れは、集めてる人が多いって言ってたっけなぁ、そういえば……」


「オーデルス! なんでそれを、もっと早く言わないんだい! 知っていたら兄さんの工房に、もっと沢山作らせていたのに!」

「ダメですよ、母さん。タクトの魔法が、間に合わないですって」

「……もっと、計画的に売らなくちゃダメだね……オーデルス! なんか案をお出しっ!」


「お義母さぁん……蓄音器もなくなりましたぁ……」

「音源水晶は?」

「あと……二本だけです」


「オーデルスっ! すぐにマーレスト兄さんの所に行って、仕上がっているものをタクトの所に持ってお行き!」

「はいぃっ!」

「さ、エメリア、ちょっと座ってておくれ。暫くは混まないだろうからね。あたしは……少し作戦を考えないと……」

「はい、お義母さん……タクトくんの商品、凄いですねぇ。こんなに一度に人が押し寄せるなんて、思っていませんでした」


「蒐集家ってのは、出ているものが全部欲しくなっちまうものなのさ。兄さんと相談して、これからはどの意匠をどれくらい作るか決めないといけないねぇ」




 2 東・藍通り八番の人々


「はーい、今日発売の新製品ですよー!」

「ここでは、石細工だけなんですか?」

「ええ、木工細工の新製品は、南西・茜通り四番の店よ」


「……今から行ったんじゃ、間に合わないわ」

「絶対に、売り切れちゃうわね。こっちのは全部買えた?」


(……木工は、お揃いのがあるから、後回しでもいいと思ったけど……やっぱり、行けば良かったかしら……)


「えっ、蓄音器って、音楽が聞こえるの?」

「凄い……で、でも……少し高いのね」

「だけど、すっごい綺麗だよ」


(蓄音器……三つ目だけど、買って良かったわ……この袋、可愛い……!)


「あ、お客さん、その花は売り物じゃないの。開店のお祝いに、いただいたものなのよ」

「えっ、そうなんですか……すみません。凄く綺麗だったから、欲しくなっちゃって」

「そうよねぇ! 私もこれなら、買いたいと思うもの! タクトくんって、なんでも上手だから」

「これもタクトくんが? うわぁ……欲しい……どっかで売ってくれないかなぁ」


(硝子の花束……? まただわ! あの薔薇の砂糖といい、タクトくんの造形は、神としか思えないわ!)


「はい、ありがとうございます! 他の音楽の水晶はよろしいですか?」

「あ、えーっと……この水晶も」

「はい!」

「音楽って、これからも増えるんですか?」

「はい、少しずつ増えていきますよ! ぜーんぶ、タクトくんが作ってくれているのよ。ほらっ、ここにちゃんと印が入っているでしょ?」

「あー、本当だわ! この水晶だけでも、凄く綺麗ね」


「蓄音器を買うと、この袋に入れてお渡ししますよー。残りはあと五個ですよー!」


「買って、ロウェナに贈ってあげよう! 絶対に喜ぶよな?」

「そうだけどよ……おまえは彼女が、タクトってやつが好きでもいいのかよ?」

「俺は……彼女が喜ぶなら……っ」

「健気だな……おまえが報われることを祈っているぜ」



「トリセアさん、お待たせしました! タクトさんの所からもらってきましたよ」

「ありがとうっスヴェン! タクトくん、居た?」

「いえ、袋を作ってもらう工房へ行ってるって……」

「そっか、新しい意匠のことを伝えに行ってくれているのね。流石、仕事が早いわね、タクトくんは!」


「トリセアさん、店番変わりますよ。飯、まだでしょう?」

「ありがとう! 裏ですぐ食べてくるね!」

「大丈夫ですよ、ゆっくりしてください。お待たせしましたーー、新しい身分証入れが届きましたー」



「ふぅ……予想以上の売れ行きだわ。寧ろ、明日からの在庫不足が心配ね。そうだ……あの造花……」

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