第127話 判明 

 付近の雪かきも終わり、ようやく教会までの道も全て除雪が終わった。

 どうせまた雪は降るのだが、一時的にせよ道が通れるようになった。

 一度正面から入っておかしな動きをする神官がいないか見てやろうと思い、俺は転移ではなく歩いて教会へと入った。


「おはようございますー……司書室に入っても、大丈夫ですか?」

「おや、久し振りですね、タクトくん」

 エラリエル神官だ。


「ちょっと早すぎるかと思ったんですけど、最近忙しくて時間が取れなくって……」

「そうだったのか。本がつまらなくて飽きちゃったのかと心配したよー」

「まだ全然読めていないですから、飽きるなんてとんでもないです」


 そう言いながら、ふたりで司書室へと歩いて行く。

 俺はエラリエル神官の後ろを付いていきながら『遠視とおみの魔眼』を誤魔化すために付与していた【集約魔法】の指示書を折りたたんだ。

 これで司書室に入った俺の姿は、遠視とおみで見えるはずだ。


「そういえば、この間ドミナティア神司祭様と一緒だったよね? 何かあったの?」

「ドミナティア神司祭様が探していたものが、司書室内にあるのかもと思ったようなんですが、違ったみたいでした」

「へぇ……何を探されていたのだろう?」

「さぁ? でも、衛兵隊の人と廊下で話していたから、その衛兵さんなら知っているかもしれませんよ」

「ふぅん……」


 エラリエル神官は司書室を開けるとごゆっくり、と言って戻っていった。

 さて……この司書室の神話は、まだ読んでいなかったよな。

 読んでみようかな。



 神話は、地下へと続く入口を隠している本棚に入っている。

 ここの棚の本は当たり前だが、すべて現代の文字だ。

 秘密部屋の神話との相違点があったら面白いな。


 あ、『視られて』いるな。

 俺の手元を視ているみたいだ。

 構わず俺は、神話を読み続ける。


 読み進めていくと『失われた大陸』のくだりで少し相違があった。

 現代語になっている神話では、神々は大陸が失われたことを悲しんでいるだけだ。

 しかし、古代文字の方ではその国が損なわれた後、悲劇の原因となった魔法を賢神一位アールサイトスが方陣によって隠したという話も載っていた。

 現代語の方では、その記述がすっぽりとなくなっている。


 どうやら現代語の方では、古代語にはあるのに全く触れられていない部分がいくつかあるようだ。

 もしかしたら、態とそのくだりが書かれていないのだろうか?

 そういう魔法や、事実があったことを隠すために。


 その書かれていない部分を示す共通の単語が『方陣』と『星』だ。

 強大な魔法は、すべて【方陣魔法】なのだろうか。

 そしてその魔法を行使する、または、読み解く鍵が『星』にあるのだとしたら、それを悟らせないために敢えて訳していないのかもしれない。


 極大魔法の方陣……ライリクスさんも、そう言っていたよな。

 存在はもう解っているが誰も使えないのは、読めないからだけではないんじゃないのか?

 読めた上で『星』から導き出した『鍵』が要るのではないのか?


 賢神一位アールサイトスの隠した魔法は『天と地が割れ光に消える』魔法だ。

 地が割れる……っていうのは地震による地割れだと思うが、天が割れるというのは?

 天を割る……

 光?

 雷か?

 うーん……憶測の域を出ないなぁ。

 でも【雷光魔法】って言うのはあるし、雷じゃあないのかなぁ……


 あ、一番下の棚に他の神話もあるぞ。

 ちょっと……取りにくいな。

 幅が狭い所に、無理矢理入れているのか?


 俺は床にぺたりと座り込んで力を込めて本を引っ張ってみるが、なかなか取れない。

 これ以上無理をすると本が壊れてしまいそうで、やめようと手を離したその時、突然誰かが司書室に駆け込んできた。


「どこへ……!」


 エラリエル神官……どうして急に?

 あ、ああ、そうか。

 青い石で『視て』いたのはこの人か。


 前回ここに来た時に、俺が外してライリクスさんに渡した遠視とおみ用の石がひとつ足りないから、今こうして床に座り込んだ俺が死角に入って視えなくなったんで慌てたのか。

 俺は何事もなかったように立ち上がり、本棚の陰から姿を見せる。


「あれ? どうしたんですか? エラリエル神官」

「え……? きっ、君、今……?」

「本を落としちゃって拾っていたんですけど……何かあったんですか?」


 エラリエル神官の瞳に注視すると、瞳の色がグレーと青の半々になっている。

 遠視とおみには瞳と同じ色の石を使うって言っていたな……この人、隠蔽かなんかの魔法で色を変えているんだ。


 おや、瞳がグレーだけになって、瞳の周りに黒くもやが見えるようになったぞ。

 なるほど『隠蔽』はこう見えるのか。

 でも魔眼で『視ている』時は、俺の鑑定には本当の色が見えるんだな。

 靄がかかっている時は魔眼が使われていない時で、その靄が黒かったら隠蔽がされている……ということなのかな?


「いや、別になんでもないんだが……そ、そろそろ午前の礼拝が始まるから、聖堂には入れなくなるのでね。出るなら今のうちだけど……」

「あ、すみません。じゃあ、今日のところはこれで帰ります。また読みに来ますね」


 そう言って俺は教会を出て、そのまま家に向かわず南門の詰め所へと向かった。

 ライリクスさんがいるはずだ。

 この神官のことを、話しておくべきだろうと思ったのだ。



 南門の衛兵隊詰め所に着くと今日は門の外に数匹の魔獣が出たらしく、多くの衛兵が討伐に出ていたのであまり人がいなかった。

 ライリクスさんにも会えないかと思ったのだが、部屋に通してもらえた。

 ……南門警護の責任者になっていたの、知らなかったよ。


「いらっしゃい、珍しいねぇ、君がここまで来るなんて」

「お伝えしておいた方がいいと思って……あの、この部屋って……」

「大丈夫。どこからも視られないし、音は漏れない」


 流石、トップのお部屋だね。

 俺は教会の司書室に行き、遠視とおみの魔眼で視られていたことを告げた。


「ふぅん……やっぱり、君を見張ろうとしたんだね……」

「ええ、でもどうやら一部に死角があったみたいで、俺がそこに入り込んで消えた時に、慌てて飛び込んできた神官がいました」

「そいつは魔眼だったかい?」


「はい。でも普段は違う色に見えるように隠蔽しているみたいです。魔眼で『視て』いる時だけ、瞳の一部が青くなってましたから」

「大したものだな……もう『魔眼鑑定』を使いこなしているのか」

「この間、第一位になりました」

「……君は成長が早過ぎる……どういう使い方をすれば、半年もせずに段位が一気に上がるんだ……」

 それは俺が教えて欲しいです……


 俺がエラリエル神官の名を告げると、ライリクスさんは、やはりな、と呟いた。

 どうやら目星はつけていたのだろうが、決定打がなかったんだな。


「わかった。君は暫く教会には行かない方がいいね」

「はい……あの部屋、簡単に入れないように書棚と床を一体化させているんですけど、解いた方がいいですか?」

「いや、今はそのままにしておいて。君は結構、周到だねぇ……」


 感心されているのか、呆れられているのか……

 まぁ、セキュリティはそれだけじゃないからね。

 全部言ったら……本当に呆れられそうだ。




 遠視とおみの魔眼の持主が解ったあとも、教会も衛兵隊も、そして俺も、特に何事もなく過ごしていた。

 何度か雪が降り、町を覆っては雪かきをする日々が続くだけで。

 そして、段々と水の冷たさが緩んできて、春の気配が漂ってきている。

 新しい年はどんな一年になるのだろうか。

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