第123話 今年も雪が積もり始めた
もの凄く寒いので、きっと今日辺り雪になって、もう移動は厳しいシーズンになるのだろうという朝。
今日も午前中は翻訳タイムで、教会の秘密部屋へ転移して来ているのである。
実を言うと、ここの本はあれからすべて複製してしまったので態々来る必要はないのだが、なんとなく落ち着く空間なのだ。
引きこもり大好きなインドア文字書きには、この狭い空間がとても居心地が良い。
ここに来ると冷静になれる……というのもあるかもしれない。
ん?
……頭の上に……何かを感じた。
これは『視られている』感じに似ているが、正確には『視ようとしている』だろうか。
今、ここにいる俺が見えているわけではなく、探っているような視線だ。
あの『
もしくは、その魔眼を持った者が上の部屋にいる。
上の部屋から、ここに続く道を探しているのかもしれない。
残念ながらこちらから見ることができないので、正体を暴くことは不可能だ。
音が聞こえるわけではないし、こちらの存在を気取られることもないのだが、なんとなく身構えて息を殺してしまう。
ほんの二、三分でその気配は消えた。
ふと、壁に書かれた文字に目が向いた。
ただの落書きだと思ってはいるが、もしこれにもなんらかの意味があるのだとしたら見つからない方がいいのではないか?
きっと、鑑定や看破の魔眼なら、薄い文字も視えてしまうかもしれない。
「安全第一、かなぁ」
俺は『
ここに何もなかったように、付近に岩を複製して嵌め込み、均した。
うん、これならここに文字があったことは解らないな。
刳り抜いた部分は『岩』としてコレクションにしまうことができた。
俺の岩石&鉱物コレクションのひとつと認定されたようだ。
他にも何か書かれていないか確認すると、同じ壁面の下の方の端に一文字だけ古代文字が青く見えている。
この間書きだした『意味がない』とされている文字のひとつだった。
「意味がない……んじゃなくて『今は意味が失われている』だけで、何かを表すものなのかなぁ」
念のため、その文字も刳り抜いて、そこには周りと少しだけ違う石を嵌めておいた。
なにかの目印かもしれないからね。
そーだ。
なんか別のどうでもいい言葉を、それっぽく書いておけば目くらましになるかな?
俺は古代文字で、全く意味のない文字の羅列を空中文字で書いてみた。
これは読めないし、無理に読んでも意味が通らないだろう。
すっごい悪戯っ子の気分だ。
本当の安全を考えるなら、多分ここの書物を闇に葬るのが一番いいのだと思う。
でも、それはしたくない。
「思っていることと、やっていることが矛盾している気がする……」
少し自己嫌悪に陥ったが、小心者の安全対策なのだと無理矢理納得することにした。
ミズナラの裏に転移すると、すでに雪が降ってきている。
今回のは積もりそうだな、と思いながら家まで走って帰る。
もうすぐ雪が町を閉ざすだろう。
「さて、今日も早めに店を開けなくちゃな。お菓子は全部持ち帰りにしよう」
家に帰り着くと、入口の所で中を窺っているメイリーンさんを見つけた。
う、ちょっと気まずい……なんてことは言っていられない。
「メイリーンさん!」
「あっ、タクトくん……ちょっと……早過ぎちゃったかな?」
「いいよ、雪が降ってきたから中に入ってて。寒いでしょ? すぐに食べられるようにするから!」
「……ありがとう」
くそっ、やっぱり可愛いなっ!
……あれ?
彼女、俺より年上じゃね?
しまった、いくつなんだろう……
俺なんか相手にしてもらえないくらい、お姉様だったらどうしようっ?
メイリーンさんを中に入れると、父さんがニヤニヤしながら変な目配せをしてきたが無視する。
母さんまで、側にいなくていいの? とか言うし!
いいんですっ!
もう、放っといてよっ!
冬場は既に下ごしらえした状態でストックしているものが沢山あるので、すぐに昼食の準備は整う。
お菓子も今日は予め作っておいたクッキーやサブレの詰め合わせで、お持ち帰りのみにする。
ランチタイムが始まる頃には、随分雪が激しくなってきた。
雪に追われたお客さん達が、次々と入ってくる。
今日は、早めの店じまいになりそうだ。
メイリーンさんが食事を終え、レトルトパックをいくつかとお菓子を買って帰ろうとする時にやっと声をかけることができた。
「大丈夫? 雪、酷くなってきたけど……」
「うん、あたしのうち、この通り沿いなの。タクトくんの魔法が付与されている所の前だけを通って帰れるから、雪は心配ないの」
なるほど、それなら安心だ……と思いつつ、なんかちょっと残念なのはなぜだろう。
……いや、帰れなくなっちゃってうちに泊まっていけばいいのにとか、そんなことは考えていない。
いないったら、いない。
「今の借りている所もね、タクトくんの魔法が付与がされているから、凄く暖かいのよ」
そう言って笑顔で帰っていった彼女を見送りながら、俺はものすごく幸せな気持ちだった。
そっか、俺の魔法で、彼女の部屋を暖めてあげられているのか……
えへへへ……そっかぁーっ!
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