第122話 甘い予感
マリティエラさんの病院には衛兵官舎を突っ切るとすぐだが、それは流石にできない。
もう少し南側から回り込むと公園を横切ることができて、ちょっとだけショートカットになるので、そっちから歩いて行くことにした。
……緊張する。
女の子と並んで歩くのは、めちゃくちゃ久しぶりだ。
お菓子の話とか、なんでもないことを話しているんだが全然頭に残らない。
もしかして、俺、すっげー舞い上がっていないか?
「本当に……ありがとう。タクトくんが、いてくれて良かった……」
ぽつり、と呟く彼女がまだ少し怯えているような気がしたので、俺は公園でちょっと休んでいこうよとベンチに座った。
……俺、なんでこんなにも、自分で自分を追い詰めているんだ?
何を話せばいいかのプランすら、まっっったくないというのにっ!
でも、なんとなく、もう少し一緒にいたかったんだよ……
俺はオロオロしている内心を誤魔化すのに必死で喋ることもできずにいると、メイリーンさんがぽつんぽつんと自分のことを話し始めた。
自分は家族とはずっと離れて暮らしていて、家門にちゃんと認められてはいないこと。
家門は古くてもあまり裕福ではないので、母親の死後も彼女は全く援助を受けずに暮らしていたこと。
彼女が珍しい『家系特有の独自魔法』が使えると解ると無理矢理に分家に引き取って、今回の縁談を進めようとしたこと。
「その魔法が使えることは、ずっと黙っていたの。でも、この間お父様の葬儀で、どうしても、帰らなくちゃいけなくなった時に、知られてしまって……」
そうか、実家に帰ってるってマリティエラさんが言っていた日があったな。
「お父様……なんて、会ったことも、ないんだけどね。家系の独自魔法が使える娘は私だけで、上位貴族との結婚は、そういう魔法が使える娘だと有利なんだって」
「……君を、利用しようとしたということか……」
クズだな。
そいつら。
「……あたしね、ずっと前にタクトくんが『男も女も関係ない。好きな物は好き』って言い切った時、凄いなって思ったの」
えっ?
えええっ?
いつだ?
そんなこと言ったか? 俺。
「あたしは、好きな物とか、諦めなくちゃいけないって、思っていたから。あたしなんかがそんなこと、言っちゃいけないって、言われて育ったから」
えへへっと笑ってメイリーンさんがずっと、お話ししたかったんだ……って言ってくれた。
「ごめんね、こんな話じゃなくて、もっと楽しいこと、話したかったのに。あたしの愚痴になっちゃったね」
「いいよ。俺で良ければ、いつでも聞くから」
「ふふふっ……ありがとう」
そう言って立ち上がると、ここまででいいよ、と言って彼女は歩き出した。
少し離れたところからありがとう、と、もう一度振り返って言ってくれて、走り出して行った。
俺は……その場を離れられなくて、暫くベンチに座っていた。
流石にぼんやりしすぎたと慌てて家に戻ると、夕食準備で既に食堂は一旦閉められていた。
工房側から入ると、父さんにいろいろ聞かれてしまった……
「で、どうなんだよ、おまえは」
「ど、どうって、何がだよっ」
「好きなのか?」
……
……
……
「……たぶん……」
「かぁーーーーっ!はっきりしろよっ! 初恋かっ?」
「ちっ、違うよっ、違うけどっ……なんていうか、その、慣れていないというか……」
「まずは、贈り物だ。さっき新しい菓子を持っていったのは合格だぞ」
「そ、そう?」
その後、父さんから所謂『攻略法』的なことを伝授されたが、こういうものがマニュアル通りにいった試しなどないことは知っている。
しかし……参考にはさせてもらおう……
うん。
さて、夕食の支度の手伝いを……と思って厨房に行ったら、今度は母さんからメイリーンさんのことを聞かれた。
ふたり共にバレバレって、どんだけ顔に出ていたんだ俺は。
「あの子、お医者さんだよねぇ……食堂は続けられないかねぇ?」
「母さんっ、まだそんなところまで話は進んでいないから! 俺なんも言ってないし!」
「あら、まだちゃんと伝えていないのかい? 早くしないと、他の人に先を越されちまうよ?」
うっ、それは……困る。
しかしっ、こういうことはなんというか、本当に苦手でっ!
そして、夕食の支度もそこそこに、俺は居たたまれなくなって部屋に戻った。
くそーっ、親にこんな風にからかわれる日が来るなんて、想像もしていなかったよ!
落ち着け。
こういう時は、落ち着いて文字を書くに限る。
辞書を適当に開いて、そこにあった文字を……『love』……だぁぁぁぁっ!
辞書までっ!
辞書にまでからかわれるのかっ!
ええいっ、神典だ!
神典ならっ!
『二柱の神の祝福を受け結ばれし絆の乙女にその意を告げよ』
……告白しろと?
神様まで、煽ってくるわけですね?
俺が無造作に神典を閉じ、コレクションに放り投げた後にふて寝をしたのは言うまでもない。
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