第121話 見合い相手?

 激甘スイーツも難なく平らげて、満足顔の衛兵さん達。

 ふっ、なんだかもの凄く負けた感……

 メイリーンさんの皿もからになってる。

 みんな甘いものが本当に好きなんだね。

 うん、よかったよ。

 食べきってくれて。


「旨かったよー! 明日も開いてるかい?」

 この時期は開いていない店が多いから、確認は必要だ。

「うん、大雪の日以外は開けるよ」

「そっか、よかった! じゃまたなー」


 衛兵さん達は、皆さん笑顔で仕事に戻っていった。

 寒い中、南門と南東門の警備に行ってくれるのだろう。

 あ、メイリーンさんは?


 あああっ、しまった、店を出ちゃったかな?

 一番に買ってくれたお礼に、新作のお菓子をあげたかったのにっ!

 俺は慌ててお菓子の籠を持って店の外に出て見回すと、後ろ姿を見つけた。

 まだ間に合う。


「メイリーンさん!」

 呼びかけると、驚いたように振り返った。

 蓄音器の入った袋を大事そうに抱えてくれている。


「ごめん、これを渡したくて」

「……お菓子……?」

「一番に買ってくれたお礼っていうか、新作だし、その……」

 うわぁっ!

 何を緊張しているんだ、俺っ!

「ありがとう……」


 ……やばい、見つめすぎだ。

 これは……まずい。


「きさまっ、彼女に近付くな!」


 突然の怒鳴り声に、俺もメイリーンさんも驚いて視線を外した。

 声のした方を見ると、ふたりの男がこちらを睨んでいる。

 どうやら、訓練に来ている新人騎士達のようだ。


 今年は厄介なやつがいなくていいと思っていたので、油断していた。

 ん?

 彼女に……って、メイリーンさんの知り合いか?


「君のお知り合いの人?」

 そう尋ねるとメイリーンさんは、思いっきり何度も首を横に振った。

 じゃあ、なんでこの新人騎士達は俺に文句をつけているんだ?


「その女性は、俺の見合い相手だ! おまえなどが声をかけていい人ではない!」


 見合い?

 もう一度メイリーンさんに振り返ると、またしても凄い勢いで首を横に振っている。


「……なんか……違うみたいだけど?」

「っ!」

 やっと落ち着いてきたぞ。

 ふぅーっ……


「嫌で……逃げてきたの。お見合い、したくなかったから」

 なるほど。

 つまりは『見合いをするはずだった』相手、ということか。

 少し怯えている彼女を、後ろに隠すようにやつの前に立つ。


「おまえ、始まる前から断られてるのに図々しいぞ?」

「彼女は俺の婚約者になるんだ!」

「絶対に嫌っ!」

 おおぅ……ちょっと気の毒になってしまうくらい間髪を入れずの完全否定。


「あなたが受けなければ、あなたの家がどうなるか解っているんですか?」

 こいつは、あの振られ男のご友人か?


「構わないわ。あんな家、潰れようと、全員路頭に迷おうと。あの人達、大ッ嫌いだもの!」

 人質作戦失敗。

「……そんなこと、許されるとでも……」

「許されるさ」

 これ以上女性に脅しをかけるような真似、させない。


「全部、彼女自身が決めることだ。神だって許すだろう」

「おまえのような下賤の者に、意見される筋合いはないっ! 我々は貴族の家系だぞ!」

「……だから、何?」

 おっ、剣に手をかけた……けど、お友達に止められたね。

 法律は解っているようだ。


 貴族……ねぇ。

 そーだ。

 ちょーっと俺も権力的なもの、振りかざしちゃおうかなぁ。


 俺はやつらに近づきながら、コレクション内の『姓を表示しない』と『身分証の色は銀』という指示書を折りたたんだ。

 これで俺の身分証が、銀から金に変わったはずだ。

 やつらにしか見えないように、身分証を見せる。


「この色の意味、解るよな?」

 お、流石権威主義者共だ。

 動きが止まったぞ。

 セインさんが言ってたもんなぁ。

 『金色は貴族の証』的なこと。


「………」

 なんも言えなくなっちゃったか。

「もう、彼女に近付くなよ?」

 そう囁くとびくっと身体を強ばらせ、這々の体で逃げ出していった。

 おいこらっ!

 ちゃんと謝ってからいけよ!


 ちょっと感情的になってしまったが、あいつらは俺が『金色の身分証』であると吹聴することはまずないだろう。

 身分が上の者のことを、無闇に話すのは騎士としてあるまじき行為。

 もし誰かに喋ったとしても……そして、その誰かが彼らを信じたとしても、貴族に対して何かアクションを起こすことの方が危険性が高い。


 そして家族や教会関係者、そして正規の衛兵でなければ身分証を勝手に見ること自体が大顰蹙の行為だし、相手が開示したのならそれ相応の開示理由があったということだ。

 なぜそれを知り得たかの説明のためには、公的な場所に訴え出て怒らせて脅された経緯も言わなくてはいけない。

 闇討ち的に何かしてきたら……それはその時に考えることにしよう。

 あいつらにできるとは思えないけどな。


 だけど、どうして養子になったのに、未だに鈴谷の姓があるんだろう。

 それがモヤッとしているだけなんだよな……なんだか、やっぱり父さんと母さんの子供になれていない……みたいでさ。

 ふたりが俺の未だに消えない『姓』なんか見たら、嫌な気分ならないかってのが……一番姓を開示したくないポイントなんだよなぁ。


 指示書を元に戻して、身分証が銀に戻ったことを確認してからもう大丈夫だよ、とメイリーンさんに告げた。

 えっ?

 な、泣いてるっ?

 うわ、やっべ、怯えさせちゃったか?


「ご、ごめんっ、俺、つい……」

「違うの、ご、御免なさい、あたしの方こそ……あ、ありがとう……」

 安心して涙が出て来ちゃった、と一生懸命笑顔を作ってくれたけど、やっぱり怖かったんだろう。

 まだ、ちょっと震えてる。


 うーん……食堂に連れて戻ったら冷やかされそうだし、早く帰って落ち着きたいだろうし……

「家まで送っていくよ。あいつら、また出てくると厄介だし」

「でも、あたし、病院に戻らないと……午後の仕事も、あるし」

「あ、マリティエラさんの所だよね? じゃあ、そこまで送るよ」

 こくん、と頷いてくれた彼女からは涙が消えていた。


 よかった。

 あ……ハンカチのひとつも出してあげられなくて……すまん。

 なんて気が利かないんだ、俺は……

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