第106話 冬の始まり

 すっかり秋の気配は消え、冬の寒さがシュリィイーレを包む。

 もうすぐ雪も降り始めるだろう。

 うちの食堂も少しずつ暇になってきている。

 寒い時は、外に出たくないよね。


 みんな家の中での仕事に切り替えていく時期だから、衛兵さんくらいかな、毎日来るお客さんは。

 官舎も近いからここで食事をしてくれるひとり暮らしの人は多いし、スイーツ目当ての人が頑張って来てくれてるっていう感じだ。

 マリティエラさんとライリクスさんも、ほぼ毎日来ているのだが……そんなことでいいのか、新婚さん。


「私、手術は得意だけど料理は苦手なの」

「僕も料理は駄目ですから、この店が僕等の命綱なのですよ」

「こんな最高の命綱、なかなかないわよね」

「まったくです。甘いものもあるなんて素晴らしい」


 このふたり、絶対に大雪でもうちに来るに違いない。

 レトルトの常備をお薦めしておかねば。


「あのぅ……店、開いてますか?」

 おや、ご新規のお客さんだ。

 この辺では見ない人だな。

「はい、大丈夫ですよ。昼食でも、お菓子だけでも平気だよ」

 そう。

 冬場は、ランチタイムでもお菓子だけの注文を受けているのだ。

 陽が落ちるのが早いから、早めに来る人が多いんだよね。


「よかった……! ねぇ、開いてるって!」

「ほんとか! 助かったー!」

「うぉぉっ……暖かい……!」


 そうだよねー、寒くなっちゃうと開いている飲食店が少なくなって、外から何も入って来なくなるから市場での食材の数もがくんと減る。

 秋にちゃんと買い込んでおいていないと、自炊も大変なんだよね。

 今年もうちの食料備蓄は完璧ですから、お客様には最高のお食事を提供いたしますよ!

 ふっふっふっ!


「この町って、冬になるとこんなに寒いのね……」

「俺も昨日、ここに着いて吃驚したぜ……早いところ毛布をもう一枚買わないと」

「うちの工房で用意してくれた部屋は、凄くいいぜ! 全然寒くないし、簡単にお湯が出るんだ!」

「あ、すみませーん、昼食を四人分、頼みますー」


 そうか、最近この町に来た人達なんだな。

 シュリィイーレでは、冬場を新人の育成期間としている工房や商店が多い。

 客の数が少なくなったり、注文数が減るからその間に新人に仕事を覚えさせ、慣れてもらわないと春から夏の繁忙期に間に合わないのだ。


 だが、収入が減るこの時期に、外部から呼んだ新人の養成ができる所はそんなに多くはない。

 儲かっている所とか、支援者がいて育成に専念できる所だけだ。

 そういえば、タセリームさんも販売員を増やすって言ってたなぁ。



「はい、おまたせ。今日は蒸し鶏と赤茄子の炒めものだよ。パンは四個までおかわりできるけど、持ち帰りは駄目だから食べきれる量にしてね」

「パン、おかわりできるのね! 嬉しいっ!」

「おれ、はじめから三個、もらっていいっすか?」

「はいはーい」

 うんうん、若者よ、沢山食べるんだぞ。


「あ……匙……金属……?」

 ん?

 この女の人、金属アレルギーなのか?


「大丈夫よ」

 お、マリティエラさんが助け船を出してくれたぞ。

 ありがとうございますー、おまかせしまーす。


「ここの店の食器は全部、過敏症の人でも大丈夫なの。この人も過敏症なんだけど、全然平気なのよ」

「本当ですか? 私、身分証の入れ物とかも全然ダメで……」

「ならば、この町の身分証入れに替えるといい。僕が使っているものと同じものが、タセリーム商会で売っている。この意匠の入ったものなら、大丈夫ですよ」

「私も使ってるわ。石細工の意匠も沢山あるから、好きなものを選べるわよ」


 そっか、知らなかったけどライリクスさんもアレルギーだったのか。

 おっと、ふたりはあのハーフムーンタイプを着けてくれているぞ。

 うわ、本人達より俺が恥ずかしいっ!


「衛兵隊の人が言うなら、そこの商品は大丈夫なんだろうな」

「タセリーム商会なら、明日から私が働く所です! そうなんですね! そんないいものが売られている店に勤められるのね!」

「えー、いいなぁ。それ綺麗ですねぇ……俺も欲しいなぁ」

「じゃあ、買いに来てよ! あたしが接客してあげるわ!」


 おお、あの女の人がタセリームさんのところの新人さんか。

 よかった、トリセアさんの負担が減りそうで。


「うっま……! この鶏肉旨い……赤茄子と凄く合う!」

「パンが、パンが柔らかい! オイシイ……冬場のパンなんて、堅くて食いにくいものばかりだと思ってた……」

 どこで食べてたんだろう、この人達……可哀想な食事事情だったんだなぁ。


「王都より美味しいものがあるなんて……」

 そうなのか……王都の食事が、そんなに酷かったとは意外だ。

 お食事、大事。うん。



「うおーっ、寒かったぁ!」

 飛び込んできたのは、寒いのが大嫌いなルドラムさんだ。


「めずらしいね、こんな寒い日にルドラムさんが外にいるなんて」

「だってよぅ、気がついたらもう殆ど買い置きがなくなってて……買いに来たんだよ。あれ!」

 ルドラムさんが指差したのは、うちの料理のレトルトパックだ。


「そっか、買い足すなら今のうちだよね」

「そうそう。もう五個しかなくなっちまってて焦ったぜ。これがないと、冬場飢え死にしちまう」

「大袈裟だよ……いくつ?」


 今年からはカレーを増やしたので四種類ある。

「そうだなぁ……辛いやつは五個で、後は十個ずつかな」

「あれ? 辛いの好きだったじゃん?」

「大好きだけどよ、あれだとパンを沢山食べちまって、すぐに買い置きがなくなっちゃうんだよ」


 ふっふっふっ、その点、俺に抜かりがあると思うかね?

「実はね、今年からパンの保存包みも販売しているのですよ」

「ちょっと待って、タクトくん! パンもあるなんて知らなかったわよ!」

「マリティエラさんっ、詰め寄らないで! 今日、新発売ですからっ!」


 がたたんっ


 おおっと、ライリクスさんまで立ち上がってきたよ。

 まだ食事途中でしょう?

 お行儀悪いですよ、ふたりともっ!


「タクト、パンもって……でも堅くなっちまうんなら、いままでと変わらねぇだろ?」

「いえいえ、この袋から出したら、ほかほか柔らかいままのパンをお楽しみいただけるのですよ」


 そう、真空パックのアルミ袋を開けた時に付与した魔法が発動して、中身が温まってふあっと膨らむ仕組みなのですよ。

 他の料理のものと違って、熱くする必要がないからね。

 そして勿論うちのアルミパックは魔法付与で金属アレルギー対策もバッチリですから触っても大丈夫なのですよ。


「三個入りと二個入りの二種類。保存期限は五十日くらい。他のものと同じで食べた後の空き袋を持ってきてくれたら、一枚に付一個一割引」

 見本にひとつ開けてみて、温まったふっくらパンをルドラムさんに食べてもらう。

 賞味期限、実は五年ですとは言えないし、早く食べてくれた方がいいからね。


「旨い……温かいパンだ! タクトは本当にスゲェなぁ……よくこんなこと思いつくもんだ。商人でもやっていけそうだなぁ」

「俺は魔法師だよ、ルドラムさん。だから、こういうものが作れるのです」

「ん、じゃあ、料理のは全部十個ずつ、そのパンの三個入りも……二十個くれ。あ、空き袋二十枚持ってきてるぞ」

「そうすると料理の一割引が二十個分だね。パン三個入りは三百だよ」


 勿論こんなに買ってくれたので、布袋二枚に分けて入れて、袋もサービスである。

 このショッピングバッグはリシュレア婆ちゃんのところで仕入れた布と、刺繍糸で作っている肩掛けのトートバッグだ。

 刺繍で俺のマークを小さめに入れているので、一応ブランド品なのだ。


「一食分だと料理は五百か……食堂で食べるより二百以上も安いんだな」

「俺もパンと一緒に買っておこう。家からだとこの店、少し遠いし」


 ルドラムさん、相変わらずの大量購入、ありがとうございます。

 そして、いつもルドラムさんに説明するとその場にいた人達がこぞって買ってくれるんだよねぇ。


「マリーこれは全部二十……いえ、三十個ずつ買っておきましょう。絶対に必要です」

「そうね! タクトくん、在庫は大丈夫?」

「全く問題ございませんよ、奥様」

「あら……やだ、もうっ、奥様だなんてっ! ふふっ」


「あとで届けますよ。まだ食べてる途中でしょ? ふたり共」

「ありがとう、タクトくん。助かるよ」

 よかった。

 いくら近いとはいえ、大雪の時に来られてもうちが店を開けたくない。


「……シュリィイーレって、凄いもの売ってるのね……」

「流石、職人と魔法師の町だぜ……俺も買っていこう」

「あたしもっ! 家で温かいパンが食べられるなんて最高!」

「……俺、今あんまり金持ってない……明日でも、売ってるかな?」

「大丈夫ですよー、うちは年間通して売ってるし、冬場用に在庫は沢山あるからね!」


 ひとり暮らしとか、料理したくない時に絶対に便利だからね。

 俺も助けられたものだから、是非、みんなにも。

 レトルトはもう少し種類を増やしてもいいかもな。

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