第107話 新しい病院へ

「そうだわ、私、タクトくんに頼みたいことがあったのよ」

 食後のデザートを食べながら、マリティエラさんが俺を呼び止めた。

「新しい病院が完成したから、魔法付与をお願いしたいの。指名依頼を入れていいかしら?」

「早いですね、もう完成ですか。ええ、勿論お受けしますよ!」


 俺はスケジュールを確認する。

 魔法師一位を取ってから結構ご指名が増えたので、西側とか北側にも出掛けねばならないのだ。

「んー……早い方がいいですよねぇ……」

「四日後くらいから、患者さんの対応を始める予定なの」

「じゃあ、今日でもいいですか? 明日と明後日は、西側に行く約束をしているんです」

「あら、いいの? そんなに早くしてくれるなら、嬉しいわ!」


 その方が俺も楽だし、今日は出掛ける予定がなかったからね。


「すみません、僕はこの後、東門詰め所に行かないといけないので立ち会えませんが、いいですか?」

 その仕事中に、奥さんとふたりで昼食とスイーツを楽しんでいるってのはどうなんだろう?

 そういうところは緩いのかな? 衛兵隊。


「あら……でも仕方ないわね。お仕事だもの……」

「買ったものは、運び込んでおきますよ、マリー」

「ありがとう、ライ。それじゃあ、あなたの手が空いたらお願いね? タクトくん」

「はい」


 新しい病院かぁ。

 どんな魔法がいるんだろうなぁ。

 病院の付与は初めてだなぁ。



 まだ、お客さんはちらほらだけど入ってくる。

 スイーツ目当ての人が増えてきたな。

 今日は、紅茶とココアのシフォンケーキですよ。

 紅茶を入れていた時、なんとセインさんが入ってきた。


「セインさん……王都に行ったんじゃなかったっけ?」

「うむ、しかし毎月来ると言っただろう? シュリィイーレは月の中頃なのだよ」

 なるほど……そういえば前に来たのは弦月つるつきの中頃だったもんな。

 そうか、もう一ヶ月たったってことか。


 ん?

 ライリクスさんが、ちょっとソワソワしだしたぞ?

 あ、セインさんが偉い司祭だから緊張してるのか。


「おや……紅茶がつくのかね?」

「はい。今日の焼き菓子には、とても合うんですよ。苦かったら砂糖を入れてくださいね」

 俺はいつもの薔薇の砂糖を一緒に出すと、セインさんの視線が砂糖に釘付けになった。

 確かにこういう細工をした砂糖は、珍しいかもしれない。


「……タクトくん、神典は全部読み終わったのかね?」

「まだなんですよね……三冊目がなかなか進まなくって。でも最後の一冊まで来たんで、もう少しです」

「そうか……最後の一冊、か……」


 そう、まだ読んでいないのは、教会司書室の更に地下の部屋で見つけたあの神典だ。

 古い言い回しなせいか、意味を掴みかねるものが多くて、考えながらだとなかなか進まない。

「そうだ、『大いなる星の支神にて子等にきざはしもといを与えん』って、技能の言葉だったんですね」

「どこで、それを?」


「教会の司書室にあった本の、一番最初に書かれていたんですよ。神典の言葉だったとは思っていなかったんで、見つけた時はちょっと感動しました」

「そ、そうか……どうだい? 新しい技能は、身についたかい?」

「……身には……正直、ついたとは言い難いですが……『きざはしもとい』は多分、もらったんだと」


『魔眼鑑定』は、まだうっすらと解る程度だからな……

 でも、よーく見ると魔眼かそうでないかはなんとなく解る。

 ライリクスさんの魔眼は、右と左で見え方が違うから、もしかしたら二種類の魔眼持ちなのかもしれない。


「タクト、もう食堂の方は大丈夫だよ。マリティエラさんの所に行っておあげ」

「ああ、うん。ありがとう、母さん。じゃあ、俺は仕事に行きますので、セインさん、どうぞごゆっくり!」


 待っていてくれたマリティエラさんはセインさんに、まるで貴族のお姫様がするみたいな滅茶苦茶綺麗な挨拶をして一緒に店を出た。

 そうか、マリティエラさんはビィクティアムさんの妹だもんな。

 貴族……なんだろうな。

 うん。



 道すがら、マリティエラさんと【付与魔法】のプランについて話しながら歩いた。

 基本は、兵舎に付与したものと同じで大丈夫そうだ。

 浄化もできるんだけど、それを付与してしまうと多分研究用のサンプルとかまで全部浄化してしまうと思ったので止めた。

 行き過ぎた滅菌はかえって医療の発展を阻害し、人々の危機意識を低くするのだ。


 新しいマリティエラさんの病院は青通りの隣の道、南・橙通二番にある。

 うちからだと官舎の中を抜けていくと近道なのだが、流石にそういうわけにも行かないので、一区画をぐるっと回る感じになるのだ。

 まぁ、今回は居住者のマリティエラさんがいたから突っ切らせてもらったけど、帰りはそうもいかないだろう。


「それでね、以前貰った試作品の剪刀はさみ、あれをうちでは常備して使いたいの。頼めるかしら?」

「ええ、あれなら大丈夫ですよ。全部過敏症用にしますか?」

「そうね。そうしてくれると助かるわ」


 追加の機器作成依頼も受けて、今年の冬は医療機器作りだなーとぼんやり考えながら歩いていた。

 ふと、音楽が聞こえてきた。

「あら……この近くに音楽堂なんてあったかしら?」

「ないと思うけど……練習ですかね?」

 橙通り側で聞こえるということは、南西の公園からかな。


 春の祭りのための練習を今からやっているとすれば、とても熱心な音楽家さんだ。

 冬場はそういうイベント事や、演奏会もないからなぁ……

 まぁ、演奏会は殆ど北西側の音楽堂や、野外舞台で行われるから、寒い時季は人が来ないのかもしれない。

 音楽家さん達って、冬の間は別の仕事をしているのだろうか?



 新しい病院への魔法付与はいつもの通り、問題なく終えることができた。

 小さい病院でどっちかというと『医院』って感じたけど、こちらでは何人もの医者がひしめく大病院というものはない。

 ひとりの医者が全部の病気を診られるからだと思うが、【医療魔法】があるから何人も必要ないのである。


 患部はすぐに見つけることができるし、外科手術も内科の服薬なども全部【医療魔法】があれば、薬剤師の他に助手がふたりか三人いるだけで済むのである。

 だからなのだろうか、医者になるのはもの凄く難しい上に、医者を『続ける』ことが更に難しい。

『医師』という職業はとても授かりにくく、消えやすいらしいのだ。


「医者でなくなるって、どういうことをするとそうなるんでしょう?」

「『しないと』消える……かな。患者を診なくなったり、治療をしなくなったり、病気の研究を止めてしまうとなくなるわね」

 そうか、常に邁進していなくてはいけないとは、やっぱり大変な仕事なんだな、こちらでも。


「あとは……人を傷つけたり、犯罪を犯したりすると『医師』を取り上げられるわね」

 ……そういえば、かつてとんでもねぇダメ医者がいたっけなぁ。

 でも、取り上げるって……神様が?


「取り上げるのは、そういう聖魔法が使える裁決官ね。聖魔法では『無効化』ができるものがあるのよ」

「それって……職業も無効化できるんですか」

「ええ、かなり強い魔法らしいわ。でも三人がかりでないと、かけられないの。だから、三人共がその人からその職業を奪うという意志がないとできないのよ」


 無効化……そんなに大変な魔法だったのか?

 俺、ものすごーく、軽く使っちゃってる気がするぞ。

 言えない、絶対にできるって言えない。


「でも、医者ってそれくらい厳しくていいと思うの。命はそれくらい重いものだと思うから。あたしはこの仕事を、自分の使命だと思っているもの」


 どこででも、医療従事者は心が強くて覚悟があるんだな。

 俺には無理だなぁ……

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