第86話 朝市
春祭りが終わり、今年はあと二日ほどで碧の森と錆山が開く。
しかし、俺はまだ山には入れない。
今年は錆山の鉱石取りがメインで、俺はまだ成人していないので入れないからだ。
俺の誕生日は秋なので、今年はきっと入れないんだろうな……うー、悔しいーっ!
春生まれだったらよかったのにーーー!
しかし、こればっかりは仕方のないことである。
夏は父さんの代わりに修理をしたり、母さんと菓子作りをするのだ。
今年も朝市が始まっているので、俺は早速食材を大量買いしてはせっせと倉庫に運んだ。
この時期に市場に並ぶ葉物野菜は、甘みがあって美味しいからね。
うちでは春から秋にガッツリ買い込んでも、冬を越すまで完璧に保存できる。
だから、美味しい時期に美味しいものを買い溜めしておくのだ。
勿論、紅茶や蜂蜜、ココアなんかも買っておくので、毎朝市場巡りである。
店が毎日同じ物を売っているとは限らないっていうのと、同じ店が続けては出店していないからである。
色々な物が欲しければ、何度も足を運ばねばならないのだ。
青果は西の朝市の方が断然種類が多く、他領からのものや嗜好品とか香辛料なんかは東の朝市というように場所によって特徴がある。
南東の朝市は根菜類と、東ほどではないけど香辛料やハーブが多いのだ。
今日は根菜爆買いの日なので、南東の市場に来ている。
そして今日、俺は宝物を見つけたのである!
「ゼルセムさん……これ、どうしたの? 初めてだよね? これ、売ってるの……」
春になるとやってくる隣町、レーデルスの農家であるゼルセムさんは、いつもは人参とか玉葱を売っているのである。
「ああ、知り合いに頼まれたんだが、レーデルスでも東のロンデェエストでも全然売れなくて、こっちに持ってきたんだよ。でも誰も使ったことがねぇって買ってくれなくてさ……」
「買う」
「え?」
「全部、買う! ありったけ買うから、在庫全部売って! そんでもって毎年、この時期に持ってきて! 全部買い取るから! 契約書要るなら作るよっ!」
「お、おう、解った。けど、いいのか? 使えるのか? こいつ……」
「ああ! 最高だぜ。ゼルセムさんっ!」
そう!
今までシュリィイーレでは全く食べたことがなかったし、売ってる場所さえなかったのだ。
『サツマイモ』である!
煮ても焼いても揚げてもスイーツにしても、何にしても旨いサツマイモが独占のチャンス!
しかも春のサツマイモは、間違いなく『旬』なのである!
収穫時期も確かに旬なのだが、春もまた旬なのだ。
俺はソッコー荷車を借りてゼルセムさんにも手伝ってもらって、全部買い付けたのだ!
お菓子に使えると説明すると、母さんも乗ってきてくれた。
ふははははは!
これでスイートポテトができる!
いも天も食える!
焼き芋だって!
芋ようかんも作れるぞ!
サイコーーーー!
小豆とサツマイモを一緒に煮ても甘くて美味しい!
今年のスイーツは、小豆とサツマイモを加えてバリエーションがまた増えるぜ!
……いかん、喜びのあまり暴走してしまった。
この町だけなのか、他の所でもそうなのかは解らないけど、この芋が売れないということはやはり『馴染みのない物には手を出さない』ってのは共通なのだろう。
おそらく、サツマイモを作っている農家がレーデルスのあるエルディエラ領やその東のロンデェエスト領にはないのだ。
南に行けばあるのかもしれないけど、南側の領地の物はほぼシュリィイーレには入って来ない。
カカオだって未だに他国からの輸入物が少量、入ってくるくらいだ。
このサツマイモを発見できたのは、素晴らしい奇蹟と言えよう!
……衝動買いをしてしまったが、イモの味を確かめておかねば。
家に戻って、二階の家族用台所で試食の準備。
そーだ、石焼きイモにしちゃおっと。
厚手の鍋の中に石、その中にふたつ、サツマイモを入れて石を魔法で熱する。
蓋をして弱火でじっくり焼いたように仕上げるのだ。
お、俺の好きなホクホク系のサツマイモだ。
当たりだな!
食べてみるとあちらの物よりは甘みが薄いけど、充分旨い。
母さんには大好評だし、絶対にうちのお客さん達にも喜んでもらえる。
さて、スイートポテトの試作品を作ろうか!
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