第85.5話 マリティエラとリシュリュー

「素晴らしいお手並みだな、相変わらず」

「あら、副組合長からそんなに手放しで、お褒めの言葉が戴けるなんて珍しいわね」

「私はいつだって君の技術を尊敬しているよ、マリティエラ」


「ありがとう……と言いたいところだけれど、今回の手術の成功はあたしの腕というよりこの道具のおかげだわ」

「道具……? ああ、過敏症でも使えるという道具ができていたのか! 【付与魔法】で乗り切ったのかと思っていたが」

「ええ。でも今までの物だったらきっと途中で反応が出てしまって、危なかったでしょうね」


「確かに、あの過敏症は魔法でも防ぎきれないし……長時間の施術となれば……」

「剪刀や円刃にあまり強い【付与魔法】を掛けちゃうと、材質まで変化してしまってかえって危ないし、弱いとすぐに切れてしまって役に立たない。ずっとそれが悩みの種だったわ」

「どこの工房だ? 私の命の恩人は」


「……ガイハックさんとタクトくんの所」

「え? あそこは修理工房だろう? あ……ああ! タクトくんの【付与魔法】か!」

「はずれ。素材から成形、研磨も全部、よ。勿論、魔法も一級品だけど、あれを作り上げた技術と魔法は正に神業ね」


「一から作ったのか? ガイハックさんが?」

「んー……多分、半分以上はタクトくんね。ガイハックさんが、仕上げの研磨と調整をしてくれてるみたいだけど。あれ、あの身分証入れの金属なの」

「確か、王都の技術者が手に入らないと言っていなかったか?」


「そう。このシュリィイーレでしか手に入らないみたい。あれを抽出して加工できるのはおそらく、今の時点ではタクトくんだけだわ」

「どうやって……」

「びっくりしちゃったわよ! 鉱石に彼が魔力を込めただけで、するするーって抽出されたのよ? 本人は【加工魔法】と『鉱石鑑定』があれば誰でもできるみたいに言っていたけど、もの凄い精度の魔法よ!」

「やっぱり、ただ者じゃあなかったみたいだね、彼は」


「天才ってああいう子のことを言うのね、きっと。この身分証入れを瞬きする間に作れる子が、四日も掛けて仕上げてくれたのよ、この器具」

「それでもたった四日なのか……その道具ができてからと言われた時には、年単位で闘病生活かと覚悟したのだけれどね」

「私も、早くても数ヶ月だと思っていたわよ。四日後にここに納品に来た時には、やっぱり無理って言われるのかと思ったくらいだもの」


「とんでもなく大変な作業だったのだろうな……感謝の言葉もない」

「そうね……あれだけ魔力量の多い子が、滅茶苦茶顔色悪かったし、今にも倒れそうだったわね」

「……『視えた』のかい?」


「すっごいわよー? 三千二百四っていう保有魔力も破格だけど、うちに納品に来た時は千二百を切っていたんだから。思わず栄養剤、あげちゃったわ」

「半分以下になっているのに、よく動けるものだ……しかし、どれだけ使ったらそんなに最大値を引き上げられるんだろう……無理していないといいんだが」

「無理も無茶も、しているでしょうね。でも、本人が望んで頑張っていることだから、ガイハックさんも見守っているんだと思うわ」

「あの人は昔から、人を育てるのが上手い」


「タクトくんは、育ち過ぎな気もするけど。これ、見てよ。剪刀ハサミなんだけど、今までの物とぜんっぜん違うの」

「刃の形が少し違うようだが、他に何か?」

「これ『切っている物がずれない』の。二枚の刃を上下から押し当てていれば、普通なら前にずれるわ。でも、一切ずれずに綺麗に切れるのよ。ちょっとこの羊皮紙切ってみて」

「……え? なんで刃先でも刃元でも同じ力で切れるんだ?」


「これ、あたしが持っていった道具を見て作ってみたらしいんだけど、明らかに今までのものが稚拙と思えるくらい精度が高いの。刃と刃の隙間といい、かなめ部分のブレのなさといい、一級なんて言葉じゃ足りないくらいなのよ! こんな試作品をぽんっと渡されたら、どーしていいかわかんないじゃない!」


「怒っているのか?」

「まさか! 喜んでるに決まってるでしょ! まだまだ医療器具には、発展と改良の余地があるっていう証明なんだから!」

「わかった……解ったからもう少し声を抑えて、落ち着いてくれ。私は患者なんだぞ?」

「あら、もう大丈夫よ。病巣は全部確実に除去できたし、もうどこを『診て』もなんともないわ。この剪刀のおかげで、まったく苦もなく取れたもの」


「君……この剪刀は『試作品』だったのだろう? 私の身体で試したのか?」

「医師組合副組合長ならば、医療のいしずえとなってくださることに、異論はないかと思ったものですから?」

「……いつかかならず、この貸しは返してもらいますからね……」

「まぁ、命の恩人になんてことを仰有るのかしら……ほほほほほほ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る