第84話 春色

 予定より早く実演販売が終わってしまったので、俺は春祭りの他の店をまわってみることにした。

 この祭りでは毎年、冬の動けない時に考案された新商品を試しに売る店も多いから、滅多に出回らない工芸品とかもあって楽しいのだ。


 去年と一昨年、うちでは竹籠を大量に編んだので、それに入れたお菓子を売った。

 竹籠は評判が良くて、ロンバルさんの知り合いの木工工房にその作り方を教えて販売してもらっている。

 その工房が竹を仕入れできるルートを持っていた数少ない工房だったのも、そこで扱ってもらう決め手になったのだ。


 白熱電球の燈火と同じで、最後に俺がちょこっと魔法を付与するだけでお小遣い稼ぎになっているのが大変ありがたい。

 コデルロさんがちょっと嫌みったらしく言ってきたけど、別に俺は専属契約なんてしていないし誰に頼もうと俺の勝手なのである。



 タセリームさんの店の近くに小さなお菓子屋さんがあって、そこの砂糖菓子が俺と母さんの大好物だ。

 きっとお祭り用の菓子も売っているに違いないと、俺は急ぎ足でその店に向かった。


「よかった、まだ売り切れていないみたいだ」

 うんうん、新作が出ているぞ。

 ドライフルーツに砂糖を塗してあるのか。

 キラキラして綺麗だし、美味しそうだなー。


 フルーツは原価が高くて、うちでは諦めたんだよね。

 きっとこの店は、果樹園と契約しているんだろうなぁ。

 羨ましいがここで買えるなら、うちで作る必要もない。


 俺と母さんの分をたっぷり買い込んで、俺はタセリームさんの店に向かうためにいつもとは違う大通り沿いに出た。

 横切ると近道だが、公園の中には魅力的な屋台が沢山出ている。

 絶対に誘惑に負けて、色々な食べ物をほおばる自分が想像できるからだ。


「あら、タクトくん!」

「あ、マリティエラさん、お久しぶりです!」


 マリティエラさんは、俺のケースペンダント・プロトタイプ四番のご購入者である。

 名前を聞いた意匠付与の時に、もの凄く美人でガッチガチに緊張してしまったお姉様である。


「丁度良かったわ! あなたの所に行こうとしていたのよ!」

「……マリティエラさんの家って、前に西地区って言ってませんでした? なんでこんな遠回り……?」

 わざわざ東に近い所まで来てから南のうちに来るより、真っ直ぐ南に来てくれれば……

 あ、もしかして迷ったな?

 前にうちに来た時も、すっごく歩いたって言ってたもんなぁ。


「……それは、気にしなくていいことよ。とにかく、あなたに会えたなら問題ないじゃない!」

「まぁ、いいですけど。でも、ちょっと行く所があるんで、そっち寄ってからになりますよ?」

「ええ、かまわないわ」


 タセリームさんの店では相変わらずケースペンダントを売ってくれているのだが、そろそろ売れ残りが大量に出て困ったりしているのではないだろうか。

 色々なデザインのものを作ってはいるが、基本は身分証を入れるケースなのである。

 そんなに、いくつもいくつも買うものではあるまい。


 その店の前には流石に祭りだからだろう、割と大勢のお客さん達がいた。

「あああっ! よかった! タクト! いいところに来てくれた!」

「こんにちは……どうかしたんですか?」

「これ! この前できた分なんだけど、君の所に持って行き忘れてて……頼む! 今、仕上げてくれないか?」

「何、言ってんですか? そんなこと……」

 できるけど。

 材料は全部コレクションに入ってるし【文字魔法】でなら正直、一瞬だけど……


「すまん、本当に! でも、なんとかできないかなぁ……」

 んー……どーしよっかなぁ。


「御免なさい、タクトくん……あたしのせいなの……」

「トリセアさんの、って?」

「あたしがレンドルクスさんから受け取ったものを、うっかり別の場所に置いちゃってて、ずっと……君に預け忘れてて……」


 そっか……でも、タセリームさん、いいとこあるじゃないか。

 一言もトリセアさんのミスのせいにしないで、俺に頭を下げるなんて。


「わかった。じゃあ、ちょっと場所、借りるよ」

「ありがとうっ! 本当にありがとう、タクトくんっ!」

「すみません、マリティエラさん、ちょっとだけ待っててもらえますか?」

 マリティエラさんは笑顔で頷いてくれたので、俺は作業を始めることにした。


「タクト、すまんがここでいいかい?」

「え……作ってるとこ、見えちゃうじゃん」

「今、でかい商品の在庫で、奥がパンパンで……」

 くっそー、ここでも実演販売かよ!

 よーし、それなら!


「じゃあ、春祭り特別実演販売ってことで! 今回のものは春色の意匠で作ります。今まで使ったことのない色ですので今回限り、限定品です」

「おおおーーっ! いいねっ、特別ってのはすごくいいよっ!」


 実はこの間S社の新作インクが出ていたんで、試したくて万年筆に充填したばかりだったんだよねー。

 もの凄く発色のいい、ピンクゴールドなんだ。

 今回の分は全部女の子向けっぽいデザインばかりだから、これは可愛くていいだろう。


 流石に鉱石を持ち歩いているなんて変なやつ過ぎるので、鉱石はタセリームさんが仕入れていたものを出してもらった。

 組成分解と抽出で必要なチタンを取り出すだけで、お客さん達からどよめきが起きた。

 あ、あんまりこういうの、見る機会って無いもんなぁ。

 今川焼き……じゃない、餡入焼きに食いつくお子様達みたいなものだよね。


 それを【文字魔法】の書かれた紙に載せれば、成形完了。

 サクサクと台座と鎖ができあがる。

 成形状態を確認しながら、魔法付与で強化。

 繋ぎとなる黒曜石がないので、タセリームさんから水晶を提供してもらい、台座にはめてから細工石を表側に貼り付け、ピンクのインクを使って空中魔法で意匠付与。

 これで全体の一体化と、強化を含んだ全ての作業が完了。



 実演販売は思いの外大盛況で、限定ケースは売り切れとなったのである。

 二十個くらいあったのに、目先を変えると売れるもんなんだなぁ……

 いつの間にかマリティエラさんまでふたつも買ってくれていて、恐縮してしまった。


「あら、だって特別って言われたら欲しいじゃない?」

 笑顔でそう言われて、なるほどと納得したのである。

 限定モデルは確かに欲しい。

 俺だって並んで買う。

 うん。


「それにしても本当にタクトくんは魔法の展開が早いし、苦もなく使うわよね。しかも、鉱石からあんな風に簡単に素材を取り出せるなんて」

「あれは慣れれば誰でも簡単ですよ。まぁ、必要な技能とかを持っていればの話ですけど」

 コデルロさんの工房の職人さん達だって、すぐにできるようになっていたしね。



「タクトくんっ! ほんっとうにありがとう!」

 おおぅ……トリセアさんから思いっきりのハグ……

 いやいや、勘違いは禁物だぞ。

 これは、感謝。

 感謝のハグ。


「いやぁ、助かったよーお客さん達も喜んでいたし、全部売れたし! タクト、またこの販売方法やってくれないか?」

「絶対に嫌です。やらせようとするなら、身分証入れの販売許可しませんからね」

「……いやだなぁ、冗談だよぅーははははー」


 間違いなく本気だったよな、この人。

 タセリームさんはこういうノリで、平気でとんでもない頼み事してくるから油断できないぜ。

 売れ残り在庫を実演販売で捌こうって魂胆だろうが、そうはいかないからな!

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