第85話 医療器具
すっかり遅くなってしまったので、お待たせしてしまったお詫びにマリティエラさんに夕食をご馳走することにした。
勿論、うちの食堂で、だ。
今日は祭りだから、夕食時間前でも忙しいからね。
秋とは違って特別メニューではないけれど、いつもと違いデザートを付けているのだ。
ミニケーキを二個、ここで食べてもいいし持ち帰りでもいいように竹籠に入れてある。
そして、マリティエラさんが食べ終わった頃にはお客さんも落ち着いてきたしすっかり暗くなったので、俺は食堂から工房の方へ移って話を聞くことにした。
「……医療用器具?」
「ええ、手術用のものの作製と、魔法付与をお願いしたいの」
「いやいや、うちじゃあ作ったこたぁねぇぞ? 専門の工房の方がいいんじゃねぇのか?」
父さんのいうとおりだ。
全くノウハウのないものを作ることは、修理専門のうちでは引き受けていない。
それに、今まで医療器具の修理も依頼されたことがないのである。
「頼んだけど……できなかったの。特殊なものだったから」
形とか使い方が?
どういうことに使うための器具なんだ?
「いえ、形とかは今まで通りなのだけれど、今までのものではダメなのよ」
「つまり……今までの素材では駄目って意味なの?」
「そうよ、タクトくん。今までの素材だと……その人達の手術ができないの」
素材……?
多分、使われているのは鉄だろう。
もしくは、その合金だ。
それが駄目ってのは……鉄が駄目ってこと?
「その人達、どんな金属でも炎症を起こして腫れ上がったり、酷い時には呼吸困難になったりしてしまうの」
金属アレルギーか!
「でも、その人達がタクトくんの作った身分証入れでは、全く反応が出なかったのよ」
そういえばデルフィーさんも、ビィクティアムさんも使っていてくれたな。
あのふたりも、腫れや痒みがなくなったって言ってくれていた。
「あの身分証入れで助かっている人達が、沢山いるわ。身に着けていなくてはいけないのに、持てない人達がいたから」
そうか、そういう需要もあったのか……作って良かったな。
マリティエラさんは、あの金属で医療機器を作って欲しいとあちこちの専門家に頼みまくったそうだが、まずその金属が手に入らなかったらしい。
なんとか別のモノや【付与魔法】で対応しようとしたのだが、全く使えるものができあがってこなかったというのだ。
「この金属の仕入れ先を君に聞こうと思っていたの。でも、今まで取引したことのない、しかも加工できる所のあてもない人に、仕入れ先を教えてくれるはずないと思っていたのよ」
「じゃあ、どうして今日、依頼しようと思ったの?」
「……今までは……その器具があったら助かるのにって程度の気持ちだったけど、どうしても必要になったから。普通の器具だと、治療できない患者がいるの」
そっか……切羽詰まって、うちにダメ元で来たってことか。
チタンは、確かに金属アレルギーを起こしにくい。
でも、こちらではおそらく知られていない金属だ。
もし知っている人がいたとしても、ここまで普及していないということはろくな加工技術がないということ。
ケースペンダントを作る時に調べた限りでは、技術が進んだからやっと加工ができるようになったが、取り出すことも、切削することももの凄く難しい金属だったはず。
ましてや途轍もない精度が求められる医療器具なんて、絶対に無理だろう。
しかし……医療器具って少なくても、四十種類くらいあるんじゃなかったっけ?
注射針、ピンセット、メスとか鉗子とか、縫い針とか。
それ全部チタンで作るとなると……確かに他ではできないだろう。
「父さん、受けてもいいかな? あの金属なら、錆山の石からいくらでも取り出せる」
「加工はできるのか?」
「手伝ってもらえれば、多分」
「うむ、おまえが決めたのなら、手伝ってやる。だが……見本がいるな」
マリティエラさんには、必要な全ての器具を全部持ってきてもらうことにした。
完品があるなら【文字魔法】の『複製』で、急ぎの分は作れるだろう。
ただ【文字魔法】以外の方法では、今後も作り続ける加工技術の確立は難しそうだ。
「マリティエラさん、この素材だと他では、全く修理や再加工はできないかもしれない。うちでも、駄目になったら取り替える……ってことになるかもしれないから高く付くけどいいかな?」
「構わない。それで助かる人が増えるなら」
即答だな。
医者の鑑だなぁ。
翌日、器具を持ってきてくれたのは……午後だった。
また迷っていたらしい。
納品は絶対に、俺が持っていこう。
器具の種類は、思っていたより随分と少なかった。
そんなにたくさんの道具を必要としていないのは【医療魔法】があるからだろう。
止血とか縫合などの決まった手順の作業なら、魔法で格段に精度と速度が上がるので、器具の数は少なくていいようだ。
それでも、器具そのものの精度は高くなくてはいけない。
緑魔法系の【医療魔法】では、回復も回復速度を促進させることもできない。
あくまで、医療技術のサポート魔法なのだ。
材料は昨日のうちに、充分な量を取り出してある。
見本の器具のサイズを測り、父さんに精密画を描いてもらい、その道具の名前の一覧を作った。
そして【文字魔法】を書いた紙の上に材料を載せ、複製を作っていく。
だが、これで終わりではない。
見本の物は完品ではあるが、新品ではないのだ。
刃の部分の加工や、研磨なども魔法を駆使して仕上げていく。
確かに【文字魔法】がなければ、これの加工はかなり大変だろう。
全ての品の希望数量を仕上げるのに、三日もかかってしまった。
父さんも俺も、流石にここまで気を使う製品は初めてだったのである。
必要な魔法も付与して、全部完了したのは四日目の午後だった。
それでもマリティエラさんは、こんなに早く仕上がると思っていなかったのか、大変感激してくれた。
納品に行った時に、わざわざジュースまでご馳走してくれたほどだ。
リンゴ味で美味しかった……今度うちでもジュース作ってみてもいいかもしれない。でも、果実は高いからなぁ。
そして日本の器具を参考にした鉗子、
あちらの最先端の器具には敵わないけど、少しくらいは使い勝手が良くなったらいいなと思ったんだ。
後日、その患者の手術と治療が無事に終わり、アレルギー反応も出なかったという連絡をもらって、俺と父さんはもの凄くほっとしたのである。
初めて作る物なのに、命が掛かっているものなんて責任重大すぎるよ。
「ああいうのは、荷が重過ぎるぜ……他の医者からの依頼は、受けねぇからな」
なんて、珍しいことを言う父さんは初めてだったが、俺も同感である。
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