第61話 石工工房

 タセリームさんが戻って来て、やっと本来の話に入った。

「基本の意匠はこれらの組み合わせで作って下さい。もう少ししたら別のものも考えます」

 歯車二種・羅針盤・工具三種。


「女性向けは、花の意匠にしています」

 桜二種・すずらん・スミレ・ひまわり。

 どれも、百科事典やらなんやらからトレスした。


「こういう模様を入れてもいいと思いますので、それはお任せします」

 星・トランプのマークなども見せる。


「うん、うん、これの組み合わせか……うん、いいねっ!」

「ちなみに、俺のは歯車と桜の組み合わせです」

「おおおーーっ! これ、いいねぇ! 綺麗だなぁ!」

 なんでもいいって言うなぁ……信頼度が下がってきたぞ。


 父さんのは黒と金基調で作ったけど、俺のはスカイブルーと鈍色。

 桜は表面の硝子に透かしのように入れているだけ色はなく、メインは歯車。


 作り方の手順を書いた羊皮紙を、タセリームさんに渡す。

 俺の紙でなく羊皮紙だと、たとえ万年筆で書いても空中文字以外では全く魔法が発動しないのが不思議だ。


「それと……金属部分の加工のこともあるので、一日で作れるのは十個が限界ですから」

「うーん……うんっ、それでいいよ!」

「じゃあ、契約書に書いておきますね」


「よっし! じゃあ、石工工房にいこうか!」

「……だと思いました……」

 絶対に今度……なんて事にならなくて、そのまま研修突入だろうなーって。

 タセリームさん、勢いで動く人なんだよなぁ……


 案内された石工工房は、以前父さんとも来たレンドルクスさんの工房だった。

 見本を見せつつ、五人の職人さん達に手順を説明する。


「こんな細かい物をひとつずつ埋め込んでいくのかよ……」

 うん、面倒ですよね。

 俺だって【複合魔法】無かったら、やりたくないっす。


「光を反射させると……確かにこうした方が、輝きがいいな」

 そう。

 できあがり重視で、量産は考えていない作りだからね!


「覆い硝子は……色硝子と二重になってて、内側だけ削ってるのか? それで透けて……」

 切り子細工の感じでね! と言っても、こちらでは馴染みの無いやり方ですよね。


「こっちの透かしは別の技法かよ……! なんて細かさだ」

 黒曜石の透かしは、マジ頑張ったからね!


「……タクト、おまえうちの工房に来ねぇか?」

「謹んでお断りいたします」

「こんだけできるって事は【加工魔法】と『石工技能』があるだろ? おまえなら一流……いや、達人になれる!」

「俺は魔法師なので、無理です」

 俺は就職活動に来たんじゃないよ、レンドルクスさん。


「それで、できあがった物の裏に、俺がこの印をつけて『補強・強化』の魔法を付与して入れ物の台にはめ込んだらできあがりです」

 俺のブランドマークは、フラクトゥーア書体の『T』一文字にした。


「へぇ……これも、意匠のひとつになるね……」

「え?」

「だって、綺麗な形じゃないか。これがキラキラしていたら、女の子達も喜ぶんじゃないかなぁ」


 そういえばハイブランドのロゴって、パターンになっててバッグとかに並んでいたよな……

 だからって、賛成はできないよ。

 タセリームさんの感性は『珍品好き』な気がするし。


 それに、売れなかったらマジで立ち直れなくなりそうだから、止めて欲しい……

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